45 体育祭準備
五月も下旬に差し掛かる頃。タエ達が通う高校では、体育祭が一学期に行われる。中間試験が終わると同時に、準備にかかる。そちらに浮かれ、試験勉強が疎かになりそうだが、そこは先生方のやり方が一枚上手であった。中間試験で追試になった人数が、体育祭の得点に影響するのだ。一人に付き一点減点。たかが一点。されど一点だ。過去には、その一点により、大どんでん返しがあったという話があり、全校生徒は必死に勉強する事になる。もちろん、追試の最低ラインは若干高めに設定される。
この高校は、イベントに力を入れている。勉強ばかりをやらせてもしんどいだけだ。学ぶ時はしっかり学び、楽しむ時はしっかり楽しむ。それがこの学校のモットーである。そのやり方は周りに知れ渡っており、通いたいと思う中学生が多い。公立高校ながら、競争率が他の高校よりも高い。生徒達もノリノリで、この時だけは団結力が半端ない。
「今年は青組だ」
「がんばろうね」
タエ達のクラスも、意気込んでいる。一学年は八クラスあるので、二クラスずつ四チームに分かれる。今は出場競技を決めている所だ。
「この学校って、体育祭とかすごいって聞いたけど、そんなにすごいの?」
稔明は今年が初参加。皆が熱くなっているので、どこも同じだろうと首を傾げていた。
「とっしー、ここのイベントなめたらあかんで」
仲の良いクラスメイトが答える。
「普通の競技とちょっと違うんだなぁ」
「へぇ」
「体育祭、二日あるからなぁ。一人当たりの出る種目も多いし、早いもん勝ち」
「え、二日もあんの!?」
驚く稔明。
「一学期の一大イベントやからな。校長がポケットマネーで優勝チームにご褒美くれるから、皆、それで必死なのもあんの」
「ポ、ポケットマネー」
「去年は何やったっけ? あぁ、フルーツバイキング。各教室に持ってきてくれて、羨ましかったなぁ」
「すご……」
校長の熱の入れようも本気らしい。
「俺、玉入れ出たーい!」
「俺も、俺も!」
やたら玉入れが男子に人気だ。玉入れは普通、ボールをかごに投げ入れる競技のはず。
「そんなにやりたいもん?」
稔明は分からなかった。
「タエ、二人三脚出よ」
「いいよ」
中には普通の競技もある。無難にこなしたい女子達は、普通の競技に出ている。それでも、ムカデ競争、パン食い競争、大玉転がしなど、まだまだ参加種目が沢山あった。
「リレーは、全員の五十メートル走の記録から選定して決めます」
記録重視。立候補は受け付けないらしい。勝ちにこだわる故、体育委員もガチだ。
「まだ決まってない人は、種目表を置いておくから各自記入してください。今日決めなくちゃいけないのは、一日目のトリ競技、“侍無双”に出てくれる人です。誰か立候補いる?」
「侍無双?」
ゲームにありそうな名前だ。初めて聞く競技なので、稔明は疑問だらけ。
「背中と両肩、両足首にカラーカプセル付けて、割り合うんよ。剣道部の見せ場ってやつ。これがやりたくて、うちの高校入る奴もいるし、剣道部が人気な理由」
この高校は剣道や運動部が強い事でも有名だ。現在の主将は沖田総一と言い、家が代々剣道の師範をしている道場の息子で、立ち居振る舞いも、顔もかっこいいと、女子から凄まじい人気がある。
「剣……。花村さん、戦えるでしょ?」
「は!?」
いきなり聞こえた声に、タエの声が裏返る。クラスの全員がタエを見た。
「花村、剣道部やったっけ?」
担任がタエに問うた。
「違いますっ。剣なんて握った事ないですぅ」
ははは、と笑って誤魔化す。稔明をキッと睨んだ。実は、タエの後ろの席が稔明だった。
「安倍家の後継ぎさんよ。余計な事言わんといてくれます?」
「神社の事は内緒にして。勝ちにこだわるなら、花村さんが適役だろ?」
小声でバチバチ火花が散っている。
「生身の体の時は、普通の女の子なの。あの力は出ぇへんのっ」
「何何? 花村さん、とっしーと仲良いの?」
稔明の友達もタエに話しかけた。あまり男子と話さないタエは、少し緊張する。
「まぁね。友達です」
「でも学年から各色三人ずつ出るだろ? あっちのクラスが何人出るかやな。聞いてくる!」
フットワークの軽いクラスメイト。そしてすぐに戻って来た。
「五組は出る人いいひんて。こっちから三人出してくれってさ」
嫌な予感。
「立候補は?」
担任の声に、クラスがしん、と静まり返った。正直、この競技はやる方はしんどくて、見ている方が楽しいのだ。残念な事に、タエのクラスに剣道部員はいない。同じチームの五組にもいなかったようだ。
「花村、さすがに女子に本気で向かってくる奴はいないはずだから、人数合わせで、名前出しとくか? 怖かったら当日棄権でいいし」
「え゛」
それはそれで後味が悪い気がするが。全員の視線が痛い。タエは、はぁ、と息を吐くと、渋々頷いた。
「名前だけね……」
「ありがとう、花村さん」
体育委員が出場表に名前を書く。
「だったら、安倍くんも道連れで出しますっ」
「ええぇ!?」
タエの言葉に、クラスがわっとなった。
「タエ、安倍くん、大丈夫?」
さすがに涼香が心配する。
「まぁ、何とかなるでしょ」
タエは顔が引きつっていた。
(どうなるやら……)
一度も妖怪・霊が出て来なかったのは初めてです。
次は出すつもりです。
読んでいただき、ありがとうございました!