44 学校にて
翌朝。
「花村さん、おはよ」
学校の昇降口で、上履きに履き替えていたタエの後ろから、声がした。
「安倍くん、おはよ」
稔明は周りをきょろきょろ見回す。誰を探しているのか、すぐに分かる。
「涼香ちゃんは日直やから、今日はもう教室にいるよ。昨日はお疲れ様。涼香ちゃんを送ってくれて、ありがとうね」
考えを読まれてしまった気恥ずかしさから、頭をぽり、とかく。
「いや、俺は後ろにいただけだったし。花村さんこそ。ちゃんと戻れたか、心配した」
異空間の中で別れた為、稔明にタエがその後どうなったのか、知る由もなかった。今朝、普通に登校する姿を見て、ホッとしたのだ。
「ありがとね。でも、安倍くんに助けてもらったのは事実やよ。明かりがなかったら、洞窟を把握できひんかったし、苦戦してた。涼香ちゃんも守ってもらったし」
タエの言葉に、稔明は驚いていた。
「俺、力になれた?」
笑顔で頷くタエ。
「当たり前やん! あの後はね、大阪の代行者に助けてもらって、洞窟から出たよ。それから熊野本宮の神様と宮司さんに連絡を取って、警察が来て、被害者の四人が救い出されるのを見届けた。ハナさんが迎えに来てくれて、戻ったの」
朝のニュースで速報が流れた。四人の行方不明者が発見されたニュースだ。全員死亡が確認され、家族の元に無言の帰宅をした事。晴明神社に依頼に来た岩本真紀の家族には、淳明が直接連絡を入れ、居場所が分かったので、和歌山県警が捜索をする旨を伝えていた。稔明も、その電話を後ろで聞いていたので、タエが無事だった事も分かり、胸をなでおろした。犯人の男は捜査中で、詳しい事は、事実が判明次第、発表するという事になっている。報道陣用に辻褄が合うよう、多少情報操作されるという。祟り神が関わっていたなど、今の世の中では信じる人はいないからだ。本当の事実を知っているのは、ごくわずか。
「あんなに戦えるなんて、思わなかった」
今思い出しても、タエの戦いぶりに感心する。
「そりゃあ、地獄の鍛錬したからねぇ。強くて当たり前の世界やから、必死やよ。こうやって、普通に学校に来て、普通の時間を過ごすとホッとするんよ。平和でいいなぁって」
タエは軽く言うが、それがどれほど辛く大変かを、稔明はちゃんと理解していた。とてつもない努力をしたのだと、素直に思う。それ故、平和を噛み締めるのも、頷ける。
「本当すごいよ。俺、修行がんばる」
「うん、がんばれ。共闘する日が来るかもしれへんしね」
「共闘……」
タエと肩を並べて、共に戦えるのだろうか。父親の淳明は、何度かタエと共闘したと話を聞いた事があった。稔明は心臓がどくんと跳ねる。
(俺も、父さんと同じようになれるのかな)
ぎゅっと拳を握った。
「俺も、強くなる」
「おう!」
にっと笑い合う。もう教室まで来た。まだ授業まで時間があるので、クラスメイトはほとんどいない。教室も静かだ。
「タエ、安倍くん、おはよー」
涼香が教室からひょっこり顔を出して、美人な笑顔を炸裂させた。稔明には破壊力抜群だ。
「おはよー」
「おっ、おは……、お、おっ」
「そこまで?」
タエはもう呆れている。挨拶が出来ないほど緊張するのだろうか。稔明の、さっきまでの自然な姿はどこへ行ったのか、背筋がぴんと伸びたまま、固まっている。涼香は、稔明が挨拶をしようとしているのだと分かっているので、くすりと笑う。
「お二人さん、仲良いね。一緒に来たなんて」
「下で会ったの。まぁ、マブダチよね」
ね、と顔を見る。稔明も頷いた。
「う、うん」
「そっかぁ。なんか、タエを取られた感じやけどねー」
冗談めかして話す涼香。言いながら日直の日誌を書きだした。その後ろ姿を見て、タエと稔明はまずい、と顔をしかめる。こっそり廊下に出て、小声でひそひそ。
「変な誤解をしだしたよ。ちゃんと女の子と話しなよ」
「話したくても、うまく声が出なくて」
「私と話してるし、いい加減いけるやろ?」
「花村さんは別格なの」
「女と人間、否定してましたもんね」
「ごめんて。あの……花村さんに相談が」
「何?」
じろり、と稔明を見れば、彼はタエを拝むように手を合わせている。
「頼むよ。宮路さんとうまくいくように、協力して」
「はあ!?」
大声になった。涼香が何だと振り向いたが、何でもないと手を振った。
「何で私が」
「頼むって! 彼女は俺の運命の人なんだ」
「はあ!?」
二度目の大声。
「占星術でも出てるんだよ。間違いない! たのむよぉ~」
最後はすがりつかれてしまった。彼の人間性は、大体分かっている。一言で言えば良い奴だ。裏表もない、真っ直ぐな人間だ。涼香と縁を結んで欲しいと、頼んできた輩は今まで何人もいた。それは全て断ってきた。
稔明に協力してもいいが、大事なのは涼香の気持ちだ。タエにとっては、それが一番だった。
「まぁ、仲良くなりたかったら、私を利用していいよ。とりあえず、あんたはまず、女子と普通に話せるようになりな」
「!!」
稔明の顔がぱあっと晴れた。見た事のない笑顔だったので、タエも面食らってしまう。
「ありがとー!!」
「抱き着くな、おバカっ! 誤解されるでしょっっ」
その素直さを、涼香にも見せろと思ったタエだった。
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