43 宮司と警察
がこんっ。どさ。
「ふぅ」
タエが額に滲んだ汗を拭う。そして、体を伸ばし、腰を叩いた。
「こんなもんでしょ」
満足気に目の前の光景を眺める。すると、タエの着物をくいくいと引っ張られた。誰だと見て見れば、白い綿毛に目と短い手足が生えた妖怪と、木霊がいた。しゃがみこんで目線を合わせる。
「なぁに?」
「プイッ」
綿毛の子は喋れないらしい。プイプイと可愛い声で鳴く。その手には名刺ほどの小さなカードを持っていた。タエに差し出し、渡そうとしているようだ。受け取り、カードを見た。
「土木建設会社の社員証?」
それは、会社の名前と持ち主の名前、所属部署、肩書が書いてある社員証だった。はっと気付く。
「もしかして、この人がゴミを持ってきた犯人!?」
綿毛の妖怪と木霊が頷いた。
「まだ何人かいますが、その人間はよくここに来て、いろいろ置いて行くのです。それを落として行ったので、私達が拾いました」
二人は悲しそうに視線を落とす。
「あの方は、この山を守る神様で、私達は犯人を懲らしめてやろうと言ったのですが……。やっても無駄だと、諦めてしまいまして」
涙ながらに木霊が説明してくれる。社員証に貼られた写真は、小太りで坊主刈り、目が吊り上がった、人相の悪い奴だった。数ある犯人の一人だが、こんな人間のせいで、山に住む尊い魂達を悲しませ、神様が祟り神に堕ちたのだ。タエも怒り、握った拳が熱くなる。それでも冷静に務め、握った手を開き、綿毛の妖怪と木霊の頭を優しく撫でた。
「分かった。知らせてくれて、ありがとう。この問題は人間の問題やしね。ちゃんと解決できるように、頑張るよ」
二人は少し、笑ってくれた。そして山に帰っていく。遠くから、パトカーのサイレンの音が、少しずつ近付いて来るのが分かった。
「な、なんだぁ!?」
パトカーに乗る警察官が、各々声を上げた。彼らが驚いたのは、山道の脇にキレイに並べられた不法投棄のゴミだったのだ。
「不法投棄の情報、上がってたか?」
「いえ。この道は、地元の人間くらいしか山頂まで来ませんね。そこまで整備されてませんし。ハイキングコースは別にありますから」
「調べる必要があるな。にしても、キレイに置いてあるねぇ。車一台通れる幅を確保してくれて。見てくれって、言ってるみたいだ」
細い山道を、パトカーが走ってき、止まった。アスファルトの道路はここまで。あとは不安定な山道が上に続いているが、危険な為、ここで停車する事になった。後ろに数台のパトカーが続く。最後尾の車両は、大型の遺体搬送車だ。
「ここですか? 宮司」
「そうです。あ、おられますね」
先頭車から出てきた、警官の制服ではない普通の服装の人物。熊野本宮の宮司だ。釋から連絡を受けた家津美御子大神は、彼の使いの八咫烏を使い宮司に伝達。そして警察に連絡を取り、ここまで来たのだった。宮司がいると確認したのは八咫烏だ。社まで案内をする役目を受けている。
「ここから登ります」
「分かりました」
八咫烏の後を追い、宮司が警官を案内する。彼らは行方不明になっている女性達を発見したと連絡を受け、その犯人の一人が山の守り神であると聞き、半信半疑だった。しかし、昔から妖怪絡みでの事件があった事も事実。和歌山県警では、熊野本宮の宮司から連絡が来たら、万全の体勢で協力する事と、警察官の新人研修で習う。そして、決して口外してはならないとお達しが出ている。
「あの、本当に行方不明者がここにいるんですかねぇ? 最近の奈良と大阪の不明者も一緒だって」
新人警官が、眠い目をこすりつつ、先輩に話しかけた。夜中の山登りほど怖い事はない。明かりを照らしていても、少し離れれば真っ暗闇。恐怖で身が縮まる。
「確かに、妖怪とか出そうな雰囲気ですけど」
「お前、今回初めてだっけ。宮司が言うんだから、間違いないだろ。京都の晴明神社の宮司とも確認取ったらしいし。あの人は、あの世とこの世を繋ぐ窓口なんだってよ」
「窓口……」
宮司の後ろ姿がぼんやりと見えた。袴姿を見慣れているだけに、山登り用に私服を着ている彼は、少し違和感がある。
「詳しい事は知らんが、神様側も俺達を頼る事があるって聞けば、なんか胸張れねぇか?」
「まぁ、確かに。神様かぁ。本当にいるんですね。悪い事って、出来ないですねぇ」
「そういう事」
登り始めて三十分が経った頃、山の山頂に到着した。八咫烏は社の屋根に着地する。その傍らには、釋とタエがいた。宮司が二人を見て、深く礼をする。
「連絡、ありがとうございます」
「ご苦労さん。祟り神を滅したのは、この子だ。京都の代行者、タエと言う」
「は、初めまして」
ぺこりと頭を下げた。そんなタエに、宮司ももう一度礼をした。
「頭をお上げ下さい。今回の事件、解決に導いていただき、ありがとうございます」
「いえいえっ、仕事ですから」
一通り挨拶を済ませ、警察官も一同、社に手を合わせた。宮司が振り返り、警官に言う。
「それでは、そこの穴の中におられますので、よろしくお願いします」
「はい」
明かりを灯し、穴を確認する。釋が開けた穴は大人が軽く通れる大きさだったので、はしごを用意し、降りる準備を始めた。
「暗いから気を付けろよ」
「降りるぞー」
「後で調査するから、現場を踏み荒らすなよ」
「了解ー」
「う……。血の臭いか?」
数人が順番に降りていく。その場を指揮している警部さんが、その様子を見て、周りを見回す。
「この周り、草が全然生えてないな。道中は獣道だったのに」
彼は違和感を覚えていた。
「それは、ここが不法投棄のゴミの山だったからです」
「え?」
警部が宮司を見た。彼が答えを知っている。タエに聞いたのだ。
「ここに来る時に見た、あのゴミが、全てここにあったのだそうです。その様子にこの社に祀られていた神様が心を痛め、祟り神になってしまった」
大量のゴミが並んでいた所を見た。相当の量だった。それが、ここにあったとなると、普通に考えても許されるものではない。
「その犯人も調査します」
「一人は特定できているようですよ」
「え?」
警部は驚いていた。はい、と彼に手渡す。
「この社員証が、ゴミと一緒に落ちていたそうです。ここに住む者達が、保管してくれていました」
社員証を見た警部は頷くと、証拠を入れるジップロックに入れ、ポケットに入れた。
「必ず、罪を問います」
「よろしくお願いします」
「で、あのゴミの山は、一体誰があそこに?」
「祟り神を滅した、神の御使いです」
「じゃあ、その方が人間の犯人も見てるんですね。特徴を聞いてもらっても?」
「分かりました」
タエは男の名前も住所も知らないが、体形や話を聞いた事等、覚えている事は全て宮司に話した。宮司もメモを取る。警察官達からは、宮司が社の方を向いて独り言を言っているようにしか見えないが、確かにそこに神と関わる者がいるのだと理解すると、やたら緊張しだした。
「いました。遺体発見、発見!」
穴の中に入った警官の声で、場は騒然となった。明かりを下ろし、袋を持った警官達が入っていく。彼女達をやっと外に出してやれる。
「やっとやね。よかった」
タエも側でホッとする。
「これで一件落着か。長かったなぁ」
釋も安心したようだ。タエは、あっ、と声を出した。
「釋、大坂の仕事はいいの?」
「ここに来るまでにある程度は始末してきた。まぁ、そろそろ行くけどな。ここでの俺の仕事は終わったし」
「そっか」
「それにしても、あのゴミを全部下に下ろしたん、ようやったな!」
釋が笑っていた。タエは胸を張る。
「ここで作業するのに邪魔でしょ? それに、この社の前から、少しでも早くどけてあげたかったし」
「そっか。ええ奴やなぁ!」
「ひぇ!?」
ぎゅむっと釋はタエをハグした。力が強すぎて、抱きしめると言うより、締め上げている。タエの体がギシギシ言った。
「ギブ……、ぐるじ……」
「おぅ、すまんすまん」
宮司はそんな二人を見て、少し驚きながらも、ふっと微笑んだ。
長い柄の大刀を肩に担ぎ、釋が空を見る。
「そんじゃ、俺は戻るわ。タエの迎えもそろそろ来るやろ。宮司、後は頼んだ」
「ご苦労様でした」
「釋、お疲れ様!」
跳躍して空に飛びあがる。そんな彼にタエは腕を振って別れを告げ、宮司も見送った。
「おねーーちゃーーん!!」
「ん?」
釋が帰った方向とは別の所から声が聞こえてきた。タエが空を見ると、ハナが猛スピードで飛んでくる。前に八咫烏が飛んでいるので、案内してもらったようだ。
「ハナさ――」
「おねぃちゃんっっ!!」
どーんと体当たり。タエは体力を回復中なので、受け止めきれずハナの下敷きになった。
「あーんっ、よかったよぉ。見つかったぁー」
巨大化したままのしかかられたので、今度は圧迫感が凄まじい。
「ハナさ……どいて……」
「ああっ、ごめん、お姉ちゃん!」
ハナは巨大化を解除し、普通の大きさに戻る。タエはぜいぜい呼吸していた。
「代行者様、こちらは?」
宮司が問うと、タエは紹介した。
「私の相棒、ハナです。この子も一緒に代行者をしています」
「代行者が一人じゃないとは、高龗神様はすごいですね」
そうこうしているうちに、警察官が大きな袋を乗せた担架を引き上げた。犠牲者の一人だ。そして次々と同じ担架が運び出された。
一緒に白い人魂も穴から出てくる。四つ。彼女達だ。人魂はタエとハナの前でふわりと漂う。
「よかったね。これで家族に会えるよ」
「次こそ、幸せになって」
タエとハナが言葉を送る。そうして、魂はそれぞれの体と一緒に車に乗り、家族の元へ帰って行く。供養、浄化され、天に還るのだ。
「警部、鑑識はどうしましょう」
鑑識官の一人が問うた。
「穴ん中は全部見たか?」
「はい。落ちていた布の破片は、回収済みです。写真も撮りました。ただ、暗くて」
「明るくなるまで待った方がいいだろう。遺品や髪の毛が、まだあるかもしれんしな」
「はい」
「もう犯人はこの世にいねぇんだ。話によると、遺体もねぇ。行方不明者の遺体以外、何もなかっただろ。とりあえず、夜が明け次第、鑑識作業と調査に入る。それから聞いた話も合わせて男を特定して、被疑者死亡で書類送検だな。状況を聞く限り、この結末しかなかったようだが、生きたまま逮捕出来なかったのが悔しいねぇ」
警部が悔しそうに言った。
「お姉ちゃん、そろそろ行く?」
「うん。ちゃんと見届けたし」
搬送車は先に署に戻って行った。タエとハナはそれを見送り、宮司の元へ。
「宮司さん、私達も戻ります」
「代行者様、ありがとうございました。ここは私達が責任を以て処理します。もちろん不法投棄の件も」
「よろしくお願いします!」
タエはハナの背に乗り、飛び上がる。宮司が手を振ってくれたので、振り返した。タエ達が帰ると聞いた警部や警察官達も、空を見上げ、皆が敬礼してくれた。
「うわぁ! 私達に敬礼してる! すごいね」
「初めて見た……」
「京の代行者」
「?」
タエとハナが飛んでいると、呼ばれたので振り返る。すると、がっちりした体格で白い着物をゆるりと纏った人物が空中に浮いていたのだ。かなりの長身で、彫りも深く、端正な顔立ちをしている男性だった。
「我は家津美御子大神と言う」
「えぇ!?」
「熊野本宮の主祭神様ですね。お初にお目にかかります。京は高龗神の眷属、ハナと申します」
「タ、タエとも、申します」
慌てふためくタエに対して、至極冷静なハナ。彼の事を知っていたらしい。
「今回の件、礼を言う」
「とんでもありません。仕事ですから」
タエが恐れ多いと首を横に振った。
「あやつが祟り神になったのは、我の責任だ。もっと気にかけておれば、救えたかもしれなかった」
家津美御子大神の顔に、後悔の念が見える。
(あの神様、誰にも相談しなかったんだ……)
一人で全てを抱え込んでしまった、かの神に、タエは表情を曇らせた。そして、ぐっと眉を吊り上げ、口を開く。
「がんばりましょう! 熊野の神様!!」
「……は?」
家津美御子大神は、タエの言葉に目をぱちくりした。ハナもぎょっとしている。
「もうあんな可哀想な神様が出ないように。仕事が忙しいのは、高様を見ているので分かります。でも、もっと連携して、皆でお互い協力し合って、がんばりましょう!!」
高龗神がいつも式を放って、京都の隅から隅まで、土地と神社を見て回っている。異常があれば自分達が赴く。彼女も忙しい中、たくさんのものを守ろうと力を尽くしている。それは小さな社の神様も含め、一つも漏らさずだ。
そんなタエの気持ちを汲み取り、家津美御子大神は口の端を上げた。眉は困ったように寄せている。
「代行者に諭されるとはな」
「はっ、すすす、すいませんっ。分かったような口を――」
「いや、その通りだ。我もそなたの上司を見習わなくてはな」
素戔嗚尊と言うと、荒々しく怖いイメージがあるが、目の前にいる神様は、とても慈悲深い眼差しに、優しい声色だ。これが本当の彼の姿なのだと、タエは感じた。
「戻って休め。今宵は、誠に感謝している」
「はい!」
「それでは、失礼します」
タエとハナが礼をし、京都へ向かって再び進む。それを見送りながら、家津美御子大神はぽつりと呟いた。
「高龗神、良い代行者を持ったな」
「お姉ちゃん、家津美御子大神様やよ。ちゃんと覚えてね。“熊野の神様”って言った時は、終わったと思ったよ」
ヒヤヒヤしたと、ハナは長く息を吐いた。
「絶対噛む自信があったの! それこそ終わりやよ」
「滑舌練習、しといて」
「はーい。あっ、安倍くんと涼香ちゃんは大丈夫やった? さらわれた人も」
思い出した。ハナは笑顔で頷く。
「うん。淳明と稔明が付き添って、目が覚めた涼香ちゃんを送って行った。最初に助けた人は、警察に送ってもらったよ。渓水様と白千様と私は、一緒に神社に戻って、お姉ちゃんの居場所の連絡が来るのを待ったの」
ハナは心配でならなかったが、高龗神が必ず連絡が来るから待てと言われ、じりじりとした気持ちで待ったと言う。
「そっかぁ。ありがとね。大変だったけど、事件が終わってよかったね」
「うん。疲れたでしょ? 神社に着くまでゆっくりして」
「やったね。今日はこれで終わり?」
ハナの目がキランと光る。
「んなわけないでしょ。体力が回復したら、夜明けまで通常のお仕事ですっ!」
「おぅっ、ブラック企業!?」
いやぁ、長くなりました。
読んでいただき、ありがとうございました!