42 祟り神になるきっかけ
もう力を使い果たしたタエは、釋に手を貸してもらい、彼が開けた穴から脱出する。隣に立つ釋は、タエがここにいる驚きもあるが、変わらない笑顔を向けていた。夜でも分かる真っ赤な髪の毛と着物は、やはりよく目立つ。
「よお。久しぶりやな」
「うん。お疲れ様。ここ、どこ?」
「和歌山と奈良の県境の山の上」
釋の言葉に、目が点になる。
「は? え、そんな所まで来たん!?」
タエは開いた口が塞がらない。そんな様子を見て、今度は釋が問う番だ。
「で、お前は何でこんな所におるん?」
タエは全てを説明した。ニュースで報道されている行方不明事件の犯人が、祟り神と一緒に女性を誘拐した事。ストーキングをしていた女性を誤って殺し、その復活の為に女性の命を使っていた事。タエ達が祟り神の作った空間の穴を使って洞窟に辿り着き、倒した事の顛末まで、全て。
「なるほどね。そりゃ、外側から穴開けようとしても無理やったわけか」
釋はふむ、と納得していた。
「釋は何でここに? 管轄から離れてるけど」
「タエに会いに」
「なんでやねん。私がここにいてめっちゃ驚いてたやん」
普通にボケとツッコミ。ふっと緊張がほぐれる。タエの肩の力が、良い意味で抜けた。
「はは。実は、熊野本宮の家津美御子大神様に頼まれたんよ」
「け、けつ?」
一回では聞き取れない名前だった。タエの頭の中に描かれたものは、失礼すぎて口にはできない。
「家津美御子大神様。別名、素戔嗚尊殿って言った方が早いか?」
「あ、素戔嗚尊なら分かる」
ヤマタノオロチ退治のヒーローだ。
「熊野本宮では、家津美御子大神様が正式名称や。周りの県で、代行者を持ってる神様の名前は、ちゃんと覚えときや」
「分かりました」
タエは素直に頷いた。確かに、大阪の代行者である釋とも、こうして交流している。これから長く仕事をしていくと、他の代行者とも関わる事があるだろう。覚えておかなくては、失礼にあたる。
「で、和歌山は今、代行者がいいひんねん。選定中や」
「うわぁ。タイミング悪い」
「やろ? 行方不明事件は、ここに祀られてた神が関わってる事も、和歌山の神達は、最初から分かっとった。せやから、俺に声がかかって追っとったんや。神出鬼没で厄介やった。気配を追ってもすぐ消えてまうしな。実際、大阪も一人さらわれとるから、イライラしたわ」
釋は腕組みをした。
「県内で祟り神が出たってなると、神の世界では大失態や。内々で収めようとしたんやけど、奴は人間を巻き込み異空間に逃げ込んだ。神力の結界同然のそれは、外から破るのは無理やったし。奴が京都に入ったから、追うのはお前らに任せて、俺は奴が祀られてた社を調べる事にしたってわけ」
タエも事の経緯が分かった。点と点が繋がっていく。
「行方不明になった人達が、この地下にいるって分かって、穴を開けたんやね」
「まぁ、賭けやったけどな。灯台下暗しって言うやろ? それでも、奴が生きてる間は、この土、少しも掘れへんかった。タエとハナが倒したんやな。強くなったやん」
タエの頭をわしゃわしゃ撫でる。釋にはよく頭を撫でられる。照れ臭いが、認めてくれたようで、嬉しかった。
「必死に鍛錬したしね。晴明神社の陰陽師にも助けてもらったから、皆で勝ったの」
「がんばったなぁ。掘って何もなかったら、京都に行くつもりやったんや」
「そっか」
釋が穴を覗く。
「どうするかな。俺らが触れるより、警察に知らせるか?」
「京都は、晴明神社が警察と連携を取る事があるって聞いたけど、和歌山でもあるの?」
「そらあるで。人間の常識では解明できひん事件もあるしな。公になってへんだけや。ほんなら、熊野本宮に知らせるか。タエは京都に戻るか?」
タエは首を横に振った。
「犠牲になった人達を、家に帰すって約束したの。ちゃんと、ここから救い出されるのを見たい。熊野の神様に、高龗神様へ私はここにいるって連絡を取ってもらえると、ありがたいんですけど」
「了解」
釋が背を向けたので、タエは呼び止めた。
「あの! ここの神様が、なんで祟り神になったのかは、分かってるの?」
タエの問いに、釋は振り向いた。その顔は、悲しそうに見えた。
「自分の神聖な土地がこんな状態やったら、悲観して、人間に恨みを抱いてもおかしくないわな」
「え……?」
タエが周りを見回した。今までは状況把握で、よく見ていなかったが、その光景を見て、タエも心が痛くなった。
ゴミ、タイヤ、テレビ、冷蔵庫。他にも大型の不要な物が、大量に不法投棄されている。登山客がゴミを捨てていくというレベルを遥かに超えたゴミ達は、わざとここに車で捨てに来なければ無理な量と大きさだ。
「そんな……」
あの祟り神が、まだ神様だった時。この光景を毎日見て、どんな気持ちだったか。人が参拝に来ない代わりに、来るのは大量のゴミを運ぶ人間達。ここに神様がいる事を知らず、知っていても無視して、信仰もないまま土足で踏み荒らされた。
「ひどすぎる……」
涙が滲んだ。どれほど辛かったろう。悲しかったろう。あの祟り神が、全てにおいて「どうでもいい」と言っていた理由が、分かった気がした。
(人には何も価値がないと言ってた。価値のない者は、自分が手を下す価値もない。だからあの人を巻き込んで、人が人を殺す姿を傍観してたんだ)
女性をさらうのは祟り神がやっていた。人を自由に自分のテリトリーに引きずり込む事で、多少の憂さ晴らしはしていたかもしれない。
拳を握るタエの前に来て、釋はもう一度タエの頭にぽんと手を置く。
「そう思ってくれる奴がいるだけで、少しはあの神も救われるかもな」
「釋も同じように思ってるでしょ。でも私、その神様、無に還したんですけど」
タエの正直な言葉に、釋は眉を寄せて苦笑する。
「暴走した奴は、誰かが止めてやらんとな。お前らがやった事は、何も間違ってない」
「うん。ありがと」
「じゃ、ここで待っとけよ。すぐ戻る」
釋がとん、と地面を軽く蹴ると、姿が見えなくなった。実力者である釋すら取り逃がした祟り神を、よく自分達が倒せたものだ。タエは実感していた。
ふう、と呼吸を整えると、穴に向かって声をかける。
「今、警察を呼んでます。家に戻るまで、もうちょっと待ってくださいね」
そして、袖をまくり、ふん、と意気込んだ。
「よし。やりますか!」
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