表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月夜の代行者  作者: うた
第二章
42/330

42 祟り神になるきっかけ

 もう力を使い果たしたタエは、せきに手を貸してもらい、彼が開けた穴から脱出する。隣に立つ釋は、タエがここにいる驚きもあるが、変わらない笑顔を向けていた。夜でも分かる真っ赤な髪の毛と着物は、やはりよく目立つ。

「よお。久しぶりやな」

「うん。お疲れ様。ここ、どこ?」

「和歌山と奈良の県境の山の上」

 釋の言葉に、目が点になる。

「は? え、そんな所まで来たん!?」

 タエは開いた口が塞がらない。そんな様子を見て、今度は釋が問う番だ。

「で、お前は何でこんな所におるん?」


 タエは全てを説明した。ニュースで報道されている行方不明事件の犯人が、たたがみと一緒に女性を誘拐した事。ストーキングをしていた女性を誤って殺し、その復活の為に女性の命を使っていた事。タエ達が祟り神の作った空間の穴を使って洞窟に辿り着き、倒した事の顛末てんまつまで、全て。


「なるほどね。そりゃ、外側から穴開けようとしても無理やったわけか」

 釋はふむ、と納得していた。

「釋は何でここに? 管轄から離れてるけど」

「タエに会いに」

「なんでやねん。私がここにいてめっちゃ驚いてたやん」

 普通にボケとツッコミ。ふっと緊張がほぐれる。タエの肩の力が、良い意味で抜けた。

「はは。実は、熊野本宮くまのほんぐう家津美御子大神ケツミミコノオオカミ様に頼まれたんよ」

「け、けつ?」

 一回では聞き取れない名前だった。タエの頭の中に描かれたものは、失礼すぎて口にはできない。

「家津美御子大神様。別名、素戔嗚尊スサノオノミコト殿って言った方が早いか?」

「あ、素戔嗚尊なら分かる」

 ヤマタノオロチ退治のヒーローだ。

「熊野本宮では、家津美御子大神様が正式名称や。周りの県で、代行者を持ってる神様の名前は、ちゃんと覚えときや」

「分かりました」

 タエは素直に頷いた。確かに、大阪の代行者である釋とも、こうして交流している。これから長く仕事をしていくと、他の代行者とも関わる事があるだろう。覚えておかなくては、失礼にあたる。


「で、和歌山は今、代行者がいいひんねん。選定中や」

「うわぁ。タイミング悪い」

「やろ? 行方不明事件は、ここにまつられてた神が関わってる事も、和歌山の神達は、最初から分かっとった。せやから、俺に声がかかって追っとったんや。神出鬼没で厄介やった。気配を追ってもすぐ消えてまうしな。実際、大阪も一人さらわれとるから、イライラしたわ」

 釋は腕組みをした。

「県内で祟り神が出たってなると、神の世界では大失態や。内々(うちうち)おさめようとしたんやけど、奴は人間を巻き込み異空間に逃げ込んだ。神力しんりきの結界同然のそれは、外から破るのは無理やったし。奴が京都に入ったから、追うのはお前らに任せて、俺は奴が祀られてたやしろを調べる事にしたってわけ」

 タエも事の経緯が分かった。点と点が繋がっていく。

「行方不明になった人達が、この地下にいるって分かって、穴を開けたんやね」

「まぁ、賭けやったけどな。灯台下暗とうだいもとくらしって言うやろ? それでも、奴が生きてる間は、この土、少しも掘れへんかった。タエとハナが倒したんやな。強くなったやん」

 タエの頭をわしゃわしゃでる。釋にはよく頭を撫でられる。照れ臭いが、認めてくれたようで、嬉しかった。

「必死に鍛錬したしね。晴明神社の陰陽師にも助けてもらったから、皆で勝ったの」

「がんばったなぁ。掘って何もなかったら、京都に行くつもりやったんや」

「そっか」

 釋が穴をのぞく。

「どうするかな。俺らが触れるより、警察に知らせるか?」

「京都は、晴明神社が警察と連携を取る事があるって聞いたけど、和歌山でもあるの?」

「そらあるで。人間の常識では解明できひん事件もあるしな。おおやけになってへんだけや。ほんなら、熊野本宮に知らせるか。タエは京都に戻るか?」

 タエは首を横に振った。

「犠牲になった人達を、家に帰すって約束したの。ちゃんと、ここから救い出されるのを見たい。熊野の神様に、高龗神タカオカミノカミ様へ私はここにいるって連絡を取ってもらえると、ありがたいんですけど」

「了解」

 釋が背を向けたので、タエは呼び止めた。

「あの! ここの神様が、なんで祟り神になったのかは、分かってるの?」

 タエの問いに、釋は振り向いた。その顔は、悲しそうに見えた。

「自分の神聖な土地がこんな状態やったら、悲観して、人間に恨みを抱いてもおかしくないわな」

「え……?」


 タエが周りを見回した。今までは状況把握で、よく見ていなかったが、その光景を見て、タエも心が痛くなった。

 ゴミ、タイヤ、テレビ、冷蔵庫。他にも大型の不要な物が、大量に不法投棄されている。登山客がゴミを捨てていくというレベルを遥かに超えたゴミ達は、わざとここに車で捨てに来なければ無理な量と大きさだ。

「そんな……」

 あの祟り神が、まだ神様だった時。この光景を毎日見て、どんな気持ちだったか。人が参拝さんぱいに来ない代わりに、来るのは大量のゴミを運ぶ人間達。ここに神様がいる事を知らず、知っていても無視して、信仰もないまま土足で踏み荒らされた。

「ひどすぎる……」

 涙がにじんだ。どれほど辛かったろう。悲しかったろう。あの祟り神が、全てにおいて「どうでもいい」と言っていた理由が、分かった気がした。

(人には何も価値がないと言ってた。価値のない者は、自分が手を下す価値もない。だからあの人を巻き込んで、人が人を殺す姿を傍観ぼうかんしてたんだ)

 女性をさらうのは祟り神がやっていた。人を自由に自分のテリトリーに引きずり込む事で、多少のらしはしていたかもしれない。

 拳を握るタエの前に来て、釋はもう一度タエの頭にぽんと手を置く。

「そう思ってくれる奴がいるだけで、少しはあの神も救われるかもな」

「釋も同じように思ってるでしょ。でも私、その神様、無にかえしたんですけど」

 タエの正直な言葉に、釋は眉を寄せて苦笑する。

「暴走した奴は、誰かが止めてやらんとな。お前らがやった事は、何も間違ってない」

「うん。ありがと」

「じゃ、ここで待っとけよ。すぐ戻る」

 釋がとん、と地面を軽く蹴ると、姿が見えなくなった。実力者である釋すら取り逃がした祟り神を、よく自分達が倒せたものだ。タエは実感していた。


 ふう、と呼吸を整えると、穴に向かって声をかける。

「今、警察を呼んでます。家に戻るまで、もうちょっと待ってくださいね」

 そして、そでをまくり、ふん、と意気込んだ。

「よし。やりますか!」


読んでいただき、ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ