41 祟り神
「どうでもいい。どうでもいい。人など、どうなろうとどうでもいい。滅んでしまえ。滅んで……」
祟り神は体を半分にされ、力が弱っていた。それでも言霊の呪いは強力だ。口から黒い煙が吐き出され、洞窟の空気を重くしている。
「龍登滝!」
ハナはもう一度技を出し、祟り神に攻撃した。それでもまた全てを溶解することが出来ない。黒い煙が祟り神の体を覆い、水龍の力を受け流したようだ。
「これが、神の力」
悔し気に眉間にしわを寄せた。
タエも復活した男の対応に追われていた。何度斬っても起き上がる。斬らなければこちらがやられるのだが、タエは怒りが込み上げていた。
「この人の魂も体も、どうでもいいっていうのか……。何度斬らせる!」
無理やり回復させられ、無理やり戦わされ、何度も斬られる。男のした事は許せない。しかし、もう魂を失った体を好き勝手に使われるという所は、男が哀れに思えてならない。
がきんっ。
晶華を掴んだ男の手。ざくりと斬れた。もう流れる血もない。怪力でタエを壁に叩きつける。
「ぐっ!」
「花村さん!!」
今まで以上の力とスピードで押して来たので、対応が遅れてしまった。稔明も思わずタエの名を叫ぶ。このまま攻撃を受けるのかとタエは身構えた。が、男の体は全く違う行動に出た。
真っ直ぐに、祟り神の元へ走っていく。
「ハナさん! まずい!」
タエがめり込んだ壁から這い出る。背中がじんじん痛むが、気にしていられない。ハナは祟り神を引き裂かんと、爪と尻尾の攻撃を続けていた。祟り神はハナの攻撃をかわしつつ、男の方へと飛んでいく。
「くっ」
ハナも祟り神の思惑を理解し、尻尾を伸ばして体を突き刺そうとしたが、足を貫いただけで、本体は男の体に届いてしまった。
「な、なんだ……?」
稔明は祟り神が男の体に入っていく所を、顔を真っ青にしながら見つめていた。結界がぴしりと音を立てる。洞窟の空気が重さを増し、結界を押し潰そうとしているようだった。
「最後の札だ」
鞄に残っていた札六枚全て出し、五芒星と中心に置いて、結界を強化した。途端に、体がぐらりと傾く。頭を振って意識を保ち、体勢を戻す。
(こんなに力を使うのは初めてだ……。でも、やらなきゃ。花村さん達が戦ってる。俺は自分と、宮路さんを、守らなきゃ……)
稔明の腕の中で気を失っている涼香を見る。彼女が起きていなくて、本当に良かったと思った。こんなおぞましい現場を見せるわけにはいかないからだ。
(知らない方が幸せな事もある。このまま、何も知らないまま、家に帰してあげるんだ!)
「今しかないっ。晶華!」
タエが愛刀の名を呼ぶ。五本の晶華が祟り神の周りに現れ、地面に突き立った。五芒星を描き、結界を張る。
祟り神は男の体を自分の物とするべく、一体化を図っていた。新たな器を手に入れた祟り神が、次にどんな力を出すかなど、想像するだけでも恐ろしい。
「完全になる前に、早く!」
ハナも見守る事しか出来ない。
「無に還れ。龍聖――!?」
後は結界を圧縮して、消滅させるだけだった。しかし、結界がいきなり波打ったのだ。不安定になる晶華の結界を、タエは必死に維持させる。
祟り神と一体化した体から、どんどん黒い煙が出てくるのだ。それは結界を押し広げ、中から破裂させようとしているようだった。
「ちっ、力が戻った!」
タエが持つ晶華がカタカタと震える。ここで弾かれれば、結界の中から祟り神が飛び出し、今度こそ現世に呪いを吐き出すかもしれない。
「お姉ちゃん!」
「花村さん!!」
ハナと稔明がタエを呼ぶ。結界の中にいても、力の流れが外に伝わっており、風が起こり渦巻き始めた。タエは立っているので精一杯。
「諦めるな、負けるなっ!」
足を踏ん張り、自分に言い聞かせる。ここで自分が負けてしまえば、祟り神は現世に出る。今までは何故か無気力だった。それが救いだった。自分の暇つぶしだと男を利用し、人をおもちゃにして眺めていた。しかし、今の祟り神は違う。現世でも通用する人間の体を手に入れ、融合し、力が増した。こうなれば、人への攻撃性が増してもおかしくはない。地上で呪いを吐き出せば、とんでもない事になる。
(今まで何の為に修行してきた。こんな時の為だろうが!)
ハナとの地獄の鍛錬、黒鉄との勝負を思い出す。協力してくれた妖怪達。皆、タエの為に力を貸してくれたのだ。
「晶華、私達は強くなった。私達は、祟り神なんかに、絶対負けない!!」
ぐっと柄を握る。晶華の震えが治まった。タエの言葉に応えるように、晶華の刀身が光りだす。すると、結界の五本の晶華も光が強くなった。
「龍聖浄!!」
タエの叫びが貴船の源流の神水を呼ぶ。いつもより水流が強く、結界の中に激流が生まれ、祟り神を飲み込んだ。黒い煙も神水がかき消し、祟り神の体を砕いていく。そのまま結界は収縮し、一本の巨大な晶華となった。刀身の部分に、祟り神が見える。神水の威力で体の再生が追いつかないようだ。ぼろぼろと崩れる様子が見て取れた。そして、晶華は水へと変化し、圧縮しながら消えた。辺りに飛び散る水滴が、洞窟を浄化する。
「終わった……」
タエが、がくりと膝を付く。はあはあと息を切らし、肩を上下させていた。力をほとんど使い、立てない。
「花村さん、良かった」
稔明も安堵している。結界を解くと、彼も疲れて呼吸が荒かった。タエ達はお互いの顔を見て、無事を確認し、ほっと息をつく。
ぐにゃり、と黒い空間が歪みだした。ハナが一早く気付く。
「空間が閉じる! 早く出ないと閉じ込められるわ!!」
ここは祟り神が作った空間。力の源が消えた今、この空間を維持する力はどこにもないのだ。タエはがたつく膝を叩いて、立ち上がり、稔明と涼香の所へ来る。
「ハナさん、二人を乗せて、出口に急いで」
現世に干渉し、涼香を起こす。稔明も手伝った。
「俺、宮路さんをおぶって走れるよ」
「ダメ。力を使って疲れてるでしょ。ハナさんに乗った方が早い。お願い。涼香ちゃんを、無事に家に帰してあげて」
「稔明、乗れ。それから涼香ちゃんを」
「分かった」
ハナも干渉し、稔明を乗せる。タエがてきぱき動き、涼香を稔明の前に座らせた。
「しっかり支えて。頼んだよ」
「花村さんは!?」
「私は、あの人達を家に帰すって約束した。この洞窟は異空間じゃないから、穴を開ければどこかに出られるよ。ハナさん、行って!」
ハナはタエを置いて行く事をためらったが、選択肢は一つしかなかった。
「お姉ちゃん、必ず迎えに行くから!」
タエが小さくなる。その姿に声をかけた。
「うん。お願いね」
笑顔で二人と一匹を見送った。黒い空間が小さくなる。無事抜けられる事を祈りながら、タエは晶華を構えた。この洞窟は、水が上からぽたぽた落ちている所がある。上に向けて全力で力を放てば、地上に出られるはず。稔明の札の明かりが消えかける中、集中した。
「ああああっ!!」
今ある力、全てを出して天井を突こうと、跳躍した途端、天井がいきなり崩落した。タエは落ちてくる岩にぶつかりそうになったが、なんとか避けて着地する。
「な、なに!?」
がらがらと大きな音を立てて、岩が山積みになった。犠牲になった四人が、巻き込まれなかったのが奇跡だ。何が起きたのか分からないまま、上を見れば、ぽっかり穴が開き、夜空があった。星がキラキラ輝いて見える。
「んー? なんや? 誰かおんのか?」
聞き覚えのある声がした。タエが目を凝らすと、穴からひょっこり誰かが覗き込んでいる。夜目が利くタエにははっきり見えた。驚きと喜びで、声も大きくなる。
「せ、釋!!」
「その声、タエ?」
まさかの人物。釋が上にいたのだ。
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