40 妖怪の正体
ひた……。
足音が止まり、タエが構える。タエが見たのは、ハナが追っていた小さい妖怪だ。それは、何かを引きずっている。
「なんじゃ。もう終わったか。所詮は人間じゃな」
ずるり。
「!?」
タエは目を見開いた。妖怪が引きずっていたのは、親友の涼香だったのだ。彼女は気を失っていた。それが救いだ。
「せっかく連れてきてやったのに、つまらんのぉ。なら、この女子はもういらんな」
妖怪は、指を揃えて爪を立てると、迷いなく涼香に向けて突き立てる。
ざんっ!
「……ほぅ」
妖怪が一歩引いた。涼香に爪が食い込む寸前で、タエとハナが間に入り、妖怪を退けたのだ。稔明も追いつき、涼香をずるずると後ろに下げる。
「お前、誰に手ぇ出してんだ」
タエは唸るように言った。親友に手を出されて、怒らないはずがない。
「人など、どれも同じ。価値などない。その男が懇願するので、手を貸してやっただけ。ただの暇つぶし。人がどうなろうと、どうでもよい」
妖怪の声は地の底から響くような、暗く、重い声だった。聞いていると気分が悪くなる。そんなに大きな声ではないのに、周りの岩に反響して、耳までおかしくなりそうだ。
「暇つぶしで七人を巻き込んだってこと? ちょっと、こいつ声だけで攻撃できんの!?」
タエが頭を振る。妖怪の声が、頭を鷲掴みにしているように感じる。そこでハナが気付いた。
「稔明! 自分の周りに結界を張れ! あいつの声は呪いだ。人間は命に係わる!」
「け、結界!」
ハナの言う通り、稔明と涼香の周りに結界を張った。五芒星の形に札を置き、その中心に自分達がいる。
「ほっ……。結界の中だと、体が楽になった」
稔明は驚いていた。タエとハナは、高龗神の加護があるので呪いはかからないが、二人を案じると、手放しには喜べない。
「逃がせなくなったなぁ」
「短時間で仕留めよう」
タエとハナで相談する。結界はその場から動くと効果がなくなってしまう。先に逃がしてあげたかったが、呪いの言霊を吐く妖怪が空間を支配している限り、それが難しい。それに、稔明の札で明かりを取っている。暗闇でも戦えない事はないが、異空間である以上、危険は増す。
「あいつ、何者?」
タエが晶華の柄を握り直した時だった。
「!!」
いきなり横から攻撃された。妖怪は正面にいる。誰だと見て見れば、首を斬った男が、体だけで動いているのだ。なくなった頭部から、妖怪と同じ妖気がもやのように出ていた。切断した両腕は、いつの間にか元通りに生えている。
「ちぃっ、厄介な」
動きが先ほどとは別人のようだ。反射、攻撃の速度が格段に上がっている。タエと距離を詰め、大柄な体格を生かし、太い腕を振り回すだけでも相当の破壊力。タエは晶華で腕を薙ぎ払い、体を回転させ、背中を斬りつける。
「花村さん、すごい……」
タエの戦いぶりを見て、稔明は感心してしまった。相手は首がないという事実に目を背けてしまいそうになるが、自分も同じ世界に足を突っ込む身。この戦いから逃げてはいけないと、心を強く持つ。
ハナも妖怪と戦っていた。龍爪と龍尾で強化し、素早い動きで妖怪を追い詰めていく。式神との修行の成果が出ているようで、相手の動きにしっかり着いて行ける。そして、妖怪の体に爪を食い込ませた。
どくんっ。
「な、に!?」
一瞬、ハナの視界が揺れた。眩暈ではない。妖怪の横に見た事のない人物が現れ、それが重なったのだ。戦いの思考が途切れてしまった。その隙をついて、妖怪の爪がハナの眼球を狙う。紙一重で爪を交わし、壁に逃げようとした妖怪の影を掴み、引きずり出す。
「龍登滝!!」
間髪入れず、ハナが必殺技をお見舞いした。貴船の源流の水が下から噴き上がる。それなりの広さがある場所だが、外に出る事は出来ないので、水龍は洞窟の天井で弾け消えた。
じゅうじゅうと蒸気を出しながら、妖怪はよろける。体の半分はなくなっていたが、いつもなら、水龍に喰われた時点で溶けてしまう。しかし、この妖怪は耐えたのだ。ハナの視界がまた揺れた。人の後ろに、小さな社のようなものが見えた。
「白い着物を着た、老人……? はっ」
ハナが一つの答えにたどり着いた。
「お姉ちゃん! この妖怪、元は神様だ!!」
「は!?」
男と戦い続けるタエは声が裏返った。男は斬りつけても傷がすぐに回復していた。妖怪の力で、操り人形になっているのだ。
「祟り神かよ!」
神が恨み、怨念を抱く時、その身は神の座から降ろされ、黒く醜い妖怪へと変貌する。それでも元は神なので、黒く染まった神力は強大なものとなり、発する言葉も呪いとなる。
「空間を捻じ曲げて、人を簡単にさらえる力も、神様なら納得か」
タエは言いながら、男を見た。悔しさで、顔を歪める。
「カミサマが言った、か……。本当に言ってたなんて!」
たとえ祟り神でも、神に違いはない。人を殺める話をしたなど、許されるものではなかった。
「でぇりゃああっ!!」
タエが男を両断した。怒りの一振り。二つに分かれた男の体は崩れ落ちたが、また繋がろうとしている。きりがない。
「た、祟り神を倒すなんて、出来るのか……?」
稔明が不安げにタエとハナを見る。二人は迷いのない目で、稔明を見返した。
「神の眷属である私達だからこそ、神に刃を立てられるのだ」
「私達を誰だと思ってんの」
そして二人は、自信満々に言った。
「代行者を、なめんなよ」
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