04 契約
「お姉ちゃん、断ってもいいんやよ……。いや、断って!」
「ハナさん……」
ハナはタエにこの仕事をやらせたくないらしい。
「代行者の仕事は、私一人でもやれます」
「え、ハナさん、代行者なん?」
「前の代行者が倒されて、私に声がかかったの。お姉ちゃん達の世界を守れればいいと思って、引き受けた。でも、高様の本当の目的は、別の所にあった。お姉ちゃんを引き込むつもりだったの」
「人聞き悪い言い方じゃのぉ。人ではないが」
高龗神は腕組みをした。しかし、ハナの言葉を否定しない。
「そなたらの絆、気に入った。信頼、自己犠牲、互いが互いを想い、その種族を越えた心。悪霊共に対抗する、最高の強みじゃ。戦闘力だけでは、決して埋める事ができん特別な力」
「聞いちゃダメ!」
ハナが首を振った。
「眷属の契約をすれば、お姉ちゃんは輪廻の輪から外れて、死んだら魂のふるさとには帰れない。それに、その魂が戦いに負けて消滅する時まで、永遠にこの地を守る為に戦い続けなあかんのやよ! そんな事、させられへん!」
「ハナさん……」
ハナの言い分はよく分かった。契約した後、どうなるのかも。
「でも、ハナさんもそうなんでしょ? 輪廻の輪から外れて、永遠に戦い続けなあかん運命なんでしょ?」
「私は納得して契約した。後で高様の企みに気付いたけど、お姉ちゃんを契約させなければいいと思って……」
「わしはおぬしら二人が揃って、初めて最強になると思うておるぞ?」
にやりと笑う。彼女はタエを引き込む事を諦めていないのだ。
「やめてください! お姉ちゃんは普通に生きて、天寿を全うして欲しいんです」
「ハナ、決めるのはそなたの姉じゃ。おぬしではない」
気付いたように黙るハナ。高龗神の目が、真剣だったからだ。相手は契約主。ハナの主だ。そこは主従の関係。逆らえるはずがなかった。
「さぁ、わしの願いを聞いてもらえるじゃろうか?」
願いと言うが、命令にしか聞こえない。考える時間を下さいとも言えない。今、決めなければいけないのだ。イエスか、ノーか。
「具体的な事を聞いても良いですか? もし、契約したら、その仕事は何時ごろにするんでしょう……。私、学校もあるし……」
「悪霊共は夜に活動する。そなたの現世での生活には、支障は来さん。そなたが眠りについたら、ハナが体から魂を抜き、代行者としての仕事をすることになる。いわば、今の状態じゃな。今、そなたの体は家で寝とるじゃろう」
「え、そうなんですか?」
「意識を内側に集中してみろ。寝床で眠るそなたが見えるはずじゃ」
言われた通りにしてみる。自分の体はどうなっているのだろうと意識してみた。すると、自分の部屋で、布団に横たわっている姿が見えた。
他に聞く事はないかと、必死に頭をフル回転させる。後から聞いていませんでしたという事では手遅れなのだ。ちゃんと自分も納得した上で、答えを出さなければいけない。
「あ、あと、私はちゃんと人並みの生活が出来るんでしょうか?」
「人並み、とは?」
「学校を卒業したら、働いて、結婚とかもしたいし……。おばあちゃんに、なれますか?」
高龗神はくすりと笑った。
「人の寿命はそれぞれじゃ。そなたの運命がおばあちゃんまでしっかりあるならば、それは叶えられるじゃろう。わしはそなたの睡眠の間、代行者として仕事をしてもらえればそれで良い。現世の生活に干渉したり、邪魔したり、壊したりするつもりはない。そこは安心してほしい」
「そうですか」
ホッとした。実生活全てを、代行者として生きなければいけないわけではないのだ。
そこでふと思った事。
(いやいや、さすがにそれを神様に言うなんて……。契約する前に消されるんじゃ――)
「ほう、神に報酬を要求するか」
「な゛っ!! なななんで……」
「神様の前で隠し事なんて、出来ないよ」
やれやれ、とばかりにため息をつくハナ。
「だ、だって……、実生活でもバイトとか、やりたいなぁと思ってるけど……。命がけの仕事がボランティアってさぁ……」
ぼそぼそとハナに話す。ハナは今までの緊迫した空気はどこへいったのかと、つい笑ってしまった。それを見て、高龗神も笑いだす。
「そんな事を言う者は初めてじゃ。おぬし、なかなか大物じゃのぉ」
「す、すいません……」
恥ずかしすぎて、顔を上げられない。
「恥ずべき事ではない。確かに、命がけの仕事に報酬が発生しないのは納得いかんな。その気持ち、分からんでもない。会社の給料が上がりますようにと、願っていく参拝者も多いのが実情じゃ」
そうじゃな、と考え、一つ提案してきた。
「給料は1ヶ月ごと、最初じゃから基本給五万円。それと倒した悪霊のレベルに応じて、1体いくらと出来高制。その合計を支払うということにするのはどうじゃ?」
「基本給五万!?」
十六歳のバイト料にしては良いお値段。それプラス悪霊を倒せば倒すほど上乗せされていくという、とても魅力的な報酬だ。
「現世の税徴収にひっかからないようにして下さいね」
ハナがしっかりと釘を刺した。
「お、詳しいな」
「天界での知り合いに、税務署の職員さん家で飼われていた方がいたので。ボーダーコリーです」
「その辺は任せておけ。非課税にしておく」
なんだかすごい事になってしまった。これがアメと鞭というのだろうか。
「さぁ、どうする?」
高龗神が確認した。
「私が引き受けなかったら、ハナさんは一人で戦い続けるんですよね?」
「そうじゃ。永遠にな」
「私は、ハナさんと一緒に戦えますか?」
「お姉ちゃん!」
ハナがたまらず声を上げた。
「ハナさんの足を引っ張らずに、出来ますか?」
「それはそなたの努力次第。じゃが、わしはそなたとハナだから声をかけた。務めを果たせんと思う者に、最初から勧誘などせん」
タエが、高龗神の顔を見た。彼女はとても優しい表情をしていた。
「ハナの為に、ここへ来たじゃろう? 今も覚えておる。己の願いではなく、ハナを想い願った言葉を。“苦しまずに逝けるように”。これは普通に言えたものではない。その時から、そなたは他の人間とは違うと、目をつけておったんじゃ」
少し、目の前が明るくなったような気がした。やはり自分の想いは、しっかりと届いていたのだ。それを、目の前にいる神様はちゃんと聞いてくれた。
(よかった……。ハナさんは、ちゃんと神様の加護を受けてたんだ。だったら――)
タエの答えは一つしかなかった。この神様に受けた恩を、返さなければ。その気持ちが分かったのか、高龗神は満足そうにまた笑った。
「やります。ハナさんと一緒に、“代行者”やります!」
「よく言った! これから頼んだぞ。タエ」
読んでいただき、ありがとうございました!!