39 醜いストーカー
「お前、何故こんな事をした?」
晶華を構え、タエが冷静に問うた。目の前にいる男は、どこにでもいそうな、普通の人間だ。ぽっちゃり体形。腹が出ていて、頭髪少なめ。偏見ではないのだが、彼女いない歴イコール年齢、と言った所か。それが、四人の女性の遺体の側にいる。明らかにこの男が、女性を殺害したのだ。
「ころしてない……。俺は、殺してないっ。これは神聖な儀式だ!」
首を思い切り横に振っている。
「真紀ちゃんが悪いんだ……。俺というものがありながら、他の男を見るから!」
タエが壁に磔にされている女性を見た。他の三人には悪いが、この人だけ扱いが違う。この空間は時間が止まっているのだろうか。最初の行方不明の事件が報道されて数か月が経っている。朽ちる気配もなく、彼女は眠るようにキレイな顔をしていた。本当に美人だった。
「ストーカー、か」
「違う! 俺は彼女の彼氏なんだ! 何で他の男といるのか問いただしたら――」
「誰!? あなたなんか、知らない!」
「俺は、真紀ちゃん、君の――」
「いやっ、触らないで!!」
その一言で、自分の中の何かが切れた音がした男は、彼女を力一杯押し倒していた。ガツ、という音がすると、彼女は動かなくなる。頭から血が流れていた。
「それを、殺したって言うんだよ」
タエが真実の言葉を放つ。男は目を見開き、吠えた。
「うるせぇ! てめぇに何が分かる!!」
男がタエに掴みかかるが、タエの体術で瞬時にねじ伏せられる。足を払われ、倒れた所を腹に一発。そして晶華を首に当てられると、動けない。
「ぐ、ぅ……」
「それで、他の三人は何故殺した?」
「ま、真紀ちゃんを目覚めさせるには、似た女の魂がいるって言われたんだ」
ニュースで見た彼女達の顔。雰囲気が似ていると思ったのは、間違いではなかった。
「誰に言われた?」
「カ、カミサマ……」
「神様ぁ?」
タエの怒りが沸点に達する。男は晶華を手で握ると、斬れて血が出るのもお構いなしに、タエを振り払った。
「妖怪の入れ千恵か」
「俺の邪魔をする奴は、許さない!」
人間の力を越えた腕力で、タエに殴りかかる。タエは避けたが、男の拳に当たった壁は亀裂が入り、砕けてしまった。男の中から妖気を感じる。
「魂が合わない! しばらく動くけど、すぐまた寝ちゃうんだ。早く次を入れないと、真紀ちゃんが起きられない! お前が逃がすからああああああ!!」
「お前なんかに捕まって、利用されて、可哀想に」
メキメキと音を立て、男の腕が大きくなる。それでもタエは晶華で攻撃を受け流す。黒鉄との勝負に比べれば、天と地の差だ。無駄のない、最小限の動きでかわしている。
突っ伏して、重ねて置かれている女性達。もう動く事はない。彼女達にも人生があった。幸せになれていたはずなのに。タエは心底怒っていた。
「目的を成す為に、人を殺せなんて言う神様なんて、いねぇんだよ!!」
今度はタエが吠えた。その瞬間、男の両腕がスッパリ切断され、肘から先がなくなっている。男は痛みに絶叫した。
「痛い、痛い、いたいいいぃ」
「痛いか。そこに倒れてる人達は、もっと痛かった!」
タエが男に詰め寄る。男は恐怖を覚え、後ろに後ずさった。
「く、くるな」
「てめぇのくだらねぇ目的のせいで、この人達は人生を奪われた。その罪を背負う覚悟があんのか、ああ?」
タエは怒りで口調が荒くなる。晶華を鼻先に突きつけると、男は涙を流しながら懇願した。
「わ、わ、わるかった……。た、助けて……」
「もう無理だ。今の自分の姿を見てみろ。水鏡」
晶華で丸く円を空中に描く。すると、水が現れ、丸い形になると、ぴしりと固まり鏡になった。男の顔を写す。
「俺の、顔?」
男の額には二本の角が生えており、口からは鋭い牙が生えていた。
「人を殺せば鬼になる。妖怪に魂を乗っ取られれば、そいつの言いなりだ。本体の目的は知らないけど、体よく遊ばれただけだろう」
「あ゛、あ゛……」
男の周囲に四つの赤い炎が近付いてくる。それが人の形を成し、男の首に手をかけた。
「許さない……」
「なんで私が……」
「帰して……」
男が殺した女性達だ。怒りに燃えている。
「ひいっ! や、やめろぉ!!」
「お前さえいなければ……」
最後は、男が惚れていた岩本真紀だ。彼のせいで命を失い、恨みが強い。しかも、他の人間の魂を入れられ、弄ばれていたも同然だったのだ。
ぐっ、と女性達の手に力が入った時だった。
ざしゅ。
ごとり。
男の首が落ちた。首は、すぐに朽ち果て、塵となった。四つの人魂がふわりとタエの前に浮いている。
「あなた達まで、鬼になる必要はありません。鬼を斬るのは、私の役目。悲しみも、悔しさも分かります。ちゃんとご家族の元に、あなた達を帰します。供養してもらって、浄化して、生まれ変わって、今度こそ幸せになってください」
タエの心からの言葉が届いたのか、赤い炎のようだった魂が、徐々に白さを取り戻していく。本来の魂の色に戻り、ホッと息をついた。
一つ、気になる事があった。
「体が、塵になってない」
頭部と共に消えるはずの体が、まだ形を止めているのだ。タエはハナがいない事も含めて、まだ終わっていないと悟る。そして、邪悪な気配がこちらに向かって来ている事に気付いた。
「元凶のお出ましか」
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