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月夜の代行者  作者: うた
第二章
38/330

38 闇より暗い黒

「ハナさん、大丈夫?」

 タエは、稔明としあきも一緒に背に乗せ飛ぶハナに声をかける。

「背中の一部だけ干渉してるから、大丈夫」

 タエはホッとしながら後ろを見た。タエの肩を持ってガタガタ震えている。稔明はタエに掴まろうとして、すり抜けた拍子に一度落ちそうになったので、タエも肩だけ現世に干渉し、稔明が落ちないようにしている。

(確かに力を使うから、少し疲れるかな)

 すぐに回復できる疲労感なので、タエの方も心配はない。

「まぁ、私も最初はちょっと怖かったけど、慣れるでしょ?」

「だ、だめだめだめ! 高い所無理っ」

 稔明は高所恐怖症だった。しかし、歩きでは時間がかかるので、飛ぶのが一番。ハナもなるべく低く飛んでいるのだが、それでもダメらしい。

「変な黒い気配はするけど、うまくつかめないな……」

 タエが京の町を見下ろしつぶやく。ハナも頷いた。

「うん。消えたり、現れたり――っ!?」

「行こう、ハナさん!」

 二人は黒い気配が強くなったのを感じ、急いで向かう。稔明も感じた。

「気分が悪くなるな……」



「ハナ、タエ!」

渓水けいすい様、白千はくせん様!」

 気配が強くなった場所へ着くと、人型の高龗神タカオカミノカミの式神渓水が、短刀を地面に突き立てていた。そこは八坂やさか神社の裏にある丸山まるやま公園。奥まった、人気のない場所だった。その側に蛇の式神白千がいる。

とらえたぞ」

 短刀は、夜の闇より黒いものを刺している。それは力が強いらしく、渓水の腕も刀もぎちぎちと震えていた。

「これはただの地中ではない。空間をじ曲げ、別の場所に繋がっている」

 二人の式が力をめる。黒い空間が少し大きくなった。

「既に一人、引きずり込まれたぞ。気配を感じさせず、一瞬じゃった。通路を確保するから、頼んだぞ!」

 白千の体も白く光る。ぎゅんっ、とまた黒い空間が穴になった。

「ここは穴を開け続けておく。必ず戻って来い」

 あるはずのない空間の裂け目をこじ開けるには、相当の力がいる。式神二人の力でやっとだ。それをいとも簡単に行ってしまう妖怪とは、タエ達三人に緊張が走った。それでも、行かなくては。

「行こう、ハナさん、安倍くん!」

「うん」

「わ、わかった」

 三人は穴に入り、とにかく真っ直ぐ進んでいった。



「暗くて何も見えない。二人とも、ちゃんといる?」

 隣にいるはずのハナと稔明に声をかけた。確認していないと、はぐれても分からない。

「いるよ」

「これ、使えるかな」

 ごそごそと稔明は肩にかけていた鞄を探り、目当ての物を取り出した。


 ぽう。


「! 明るい!」

 ハナが声を上げた。稔明の手には札が。それが光っているのだ。

「安倍くん、すごい! 連れてきてよかったぁ」

 タエが褒めると、いきなり得意気になる稔明。

「こっ、これくらい簡単やし。術の基本やからね」

 へへん、と胸を張る。

「ここはただの暗闇じゃない。夜目やめかへんから、本当に助かった。安倍くん、ここから先は、自分を守る事だけに集中して」

「え?」

 タエを見れば、真剣な目つきでこちらを見ている。

「行方不明者が見つかってないって事は、もう手遅れになってる可能性が高い。ひどい状況を、見るかもしれない。何が起こっても不思議じゃないの。安倍くんが壊れたら、淳明あつあきさんに申し訳が立たない。血の臭いがしたら、何も見ずに、すぐに戻って」

「わ、分かった。花村さんは、そういうの、見慣れてんの?」

「妖怪細切れにしてるしね。見学は、また別の日でもできるし――はっ」

 タエとハナが何者かの接近に気付き、前に出た。


 がきんっ!


「なっ、何!?」

 稔明は突然の事にびくついている。

「その光の札、多めに出して。周りを照らして、早く!」

 タエが声を上げた。稔明はタエの背中しか見えない。光に晶華しょうかが照らされ、刀身がぎらりと反射した。ごくりと生唾を飲む。急いで鞄を探った。

「光で私達の位置がバレた? いや、こんな空間を作るんだから、視覚で見てるわけじゃないな」

 ハナは周りを警戒している。

「そう思う。動きが早い。安倍、早く!」

 焦って呼び捨てにしてしまった。

「光よっ」

 稔明が叫び、札を放つ。光が溢れ、奥まで見えるようになった。


「きゃあああああぁ!!」


 女性の悲鳴が奥から聞こえ、タエとハナが駆け出した。空間は一本道のように前へと続いていたが、奥が曲がっている。ここからでは見えない。稔明も光の札を数枚残し、後はタエ達の前を照らせと命令しながら、二人を追った。

「速い……。なんて身体能力。札が追いつかないぞ」

 全力で札を飛ばすも、二人の助けになっているか分からない。タエとハナは曲がり角を既に曲がっており、稔明も自分の札の光だけが頼りだった。黒い通路から、どんどん岩肌が見え、洞窟のようになっている。



「安倍くん、戻って!」

「え?」

 タエの声が離れて聞こえた。しかし、稔明にはうまく聞き取れなかったのだ。緊張して感覚がにぶり、反応が送れた。追いつく頃には、刀が金属に当たるような音が響いていた。そして明るい場所になったそこには、目を覆いたくなる光景があった。タエの忠告を忘れて、しっかり見てしまった。

「うっ!」

 稔明は口を押さえる。鼻が曲がりそうなほどの血の臭い。壁に飛び散った血の跡。折り重なった女性の遺体。しかし、一人だけ壁にはりつけにされている女性がいた。その下に、うずくまり震えている人が。やはり女性だ。

「女、ばっかり……」

「稔明!」

 いつの間にか、ハナが目の前にいた。奥を見ないようさえぎるように立っている。その口には、震えている女性が。ハナが助け出したのだ。その人は、肩にケガをして、血を流していた。

「お前は、見ない方が良い。陰陽師の仕事は、ここまでしないだろう?」

「そ、れは……」

 吐き気がして、うまく言葉が出て来ない。涙目になる。確かに、父親から受けた教えは、霊視、透視により依頼者の思いから真実を見る事。悪霊退治をする事もある。しかし、殺しの現場を押さえろとまでは言われていない。そうなる場合、事前に警察にも伝え、連携を取るのだと聞いた。

 魔界の入り口もあると言われる古都京都。説明の出来ない事件もあるので、昔から晴明神社は警察とも繋がりがあった。もちろん、不正には加担しない。

「こんな場面を見せて、すまなかった。この人を連れて、外に出て。淳明に連絡すれば、どうすればいいか指示を出してくれる」


「やめろ、やめろおお! その女、よこせええ!!」


 タエが相手をしているのも人間らしい。稔明が声のした方を見れば、目つきは尋常ではないが、姿は人間に見えた。

「安倍くんっ、その人頼んだよ!」

 タエも晶華で対応しながら叫んだ。退魔について、先輩のタエとハナの言う事は聞かなくては。

「分かった。すぐ戻る!」

 彼が見えなくなり、タエはふぅ、と息を吐いた。

「さすがに人を斬る所は、見せたくないもんねぇ」


 女性を背負って来た道を戻る稔明。と、横から風がそよいだ。

「え?」

 横は一面壁だ。穴が開いているわけでもない。それなのに何故、と稔明が視線を向ければ、鼻先がとがり、白く大きい目をした何かが、向かってくる。

 細く鋭い爪が稔明の顔に触れる前に、ハナの大きな爪がそいつを弾いた。爪と尻尾が強化され、尖っている。こちらは明らかに人ではなく妖怪で、小柄な体形だ。髪の毛を振り乱し、大きく開かれた口は小さく鋭い歯が沢山ある。頭が大きく、胴が小さい。ボロボロの着物を着ている。

「早く行け!」

 ハナが妖怪と対峙たいじしながら叫んだ。稔明も我に返り、必死に足を動かした。


(いつも遠巻きに見ていただけの妖怪……。本気で死ぬと思った。遠くの悪霊を狙うだけじゃ分からなかった。花村さん達、あんなのと毎日戦ってるなんて――)


 襲ってくる恐怖は尋常ではない。一度止まれば、もう前に進めないと分かっていた稔明は、足を動かす事だけに集中し、出口を目指す。




「あっ!」

 妖怪は、ハナの爪を避け、壁をすり抜けていった。

「あの子を追った? どうも違う……」

 耳をそばだて、聞こえる音、気配を一つも漏らすまいと神経を研ぎ澄ませる。ぴくり、と耳が反応した。

「気配が遠ざかる。まさか!」

 ハナが出口へと走り出した。




「ぜい、はぁ……」


「お、安倍家の息子!」

 白千と渓水が広げ続ける出入口に、稔明が戻って来たのだ。白千が彼を呼んだ。

「連れ去られた娘だな」

 渓水も確認するが、空間を開ける事に手一杯で、手を貸してやれない。稔明がなんとか穴から女性を出す。彼女は気を失っていた。

「父さん、丸山公園に大至急来て! 警察に連絡してもらわないと」

 稔明が札を出し、言霊ことだまめる。すると札は鳥になり、父親がいる神社へと、まっすぐ飛んで行った。

「中はどうなっている?」

 渓水が尋ねた。

「男の人と妖怪がいて、二人が相手をしています。それから、……死体も」

 式神二人の顔が歪む。

「やはり」

「生かしておく方がまれじゃからな」

 想像していた通り、最悪の事態だった。

「俺の力で明かりをともしてるので、戻ります!」

「気を付けろ」

「はい!」

 正直、戻りたくない。怖くてたまらない。稔明はそう思っていた。それでもまた戻る気持ちになったのは、タエとハナが戦っているからだ。いまこの空間から出れば、稔明の力は札に届かなくなり、明かりは一斉に消えるだろう。暗闇の中でタエ達を戦わせるわけにはいかないと、その思いだけで引き返す。

(見殺しにしちゃ、絶対ダメだ!)

 街灯が等間隔で道を照らしているように、ほの白い札の明かりが行き先を告げる。心臓の鼓動が激しい。耳のすぐ側で鳴っているようだと、稔明は思った。


「稔明、どいて!」

「ハナ様?」

 正面からハナが走って来た。式二人も、どうしたとうかがう。

「あの妖怪、外に出た! 別の人間をさらう気かも!!」

「な!?」

 ハナは壁から空間の外には出られない。なので、出口まで全力で走って来たのだ。外に出て、妖怪の行方を追う事はかなり難しいが、やるしかなかった。



 ひゅっ。



「!?」

 空間がざわついた。ハナ達が振り返る。今いる出口から十数メートル先に、妖怪の気配が戻ったのだ。稔明の明かりのおかげで影が見える。壁に別空間の通路を繋げ、入って来た所だ。

「人影だ! 誰か、また!?」

 稔明が驚愕した。この数分、数秒の間でまた一人さらって来るとは。ハナが、くん、と匂いを嗅ぐと、そんな、と声を上げた。


「この匂い……涼香りょうかちゃん!!」

「え、ええぇ!?」




 妖怪に抱えられていたのは、バイト帰りの涼香だった。


読んでいただき、ありがとうございます!

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