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月夜の代行者  作者: うた
第二章
36/330

36 新たな情報

 稔明としあきは、もう秘密の修行をしなくなった。父親の淳明あつあきが、後継ぎとしての教育を始めたのだ。安倍家の歴史や陰陽師としての力の使い方をもう一度学び直し、そこから術の精度を上げていく。タエ達の鍛錬と同じだ。


 ある日、休日に何故か嫌な予感がして河原を歩いていると、予感は的中した。河原の隅っこで、稔明と紗楽しゃらくが話している現場を目撃したのだ。慌てて駆け寄る。

「ちょっと! 安倍くんに変な事吹き込むのやめなっ」

「は、花村さん」

 稔明が驚いて声を上げた。紗楽は相変わらず、飄々(ひょうひょう)としている。

「信用ないですねぇ」

「ないよ!」

 即答。紗楽もあらら、と眉を寄せた。

「安倍くん、あんまり真剣に話聞いたらあかんよ。痛い目に合う確率高いんやから。この幽霊、人が困るのを見るのが大好きなんやからね!」

 まだ修行中の稔明を、紗楽のお遊びに付き合わせるなど、難易度が高すぎる。妖怪の中に放り込まれかねない。

「やだねぇ、タエちゃん。あたしだって、そこまで酷い事しやせんよー」

 キセルを出して吸い始める。煙が風に乗ってゆらゆら揺れている。

「新米陰陽師くんに、警告をしてあげてたんです」

「警告?」

 怪訝けげんそうに紗楽を見た。彼は目を細くして笑みを浮かべる。

「最近、聞きません? 京都近辺で行方不明者の話」


 タエと稔明が顔を合わせる。ニュースで聞いた事があった。大阪、奈良、和歌山で何人か行方不明になっていると。どの人も手掛かりがなく、警察も捜索に困難を極めているらしい。


「情報屋。あんたが知ってるって事は、妖怪絡みなのか?」

 稔明が核心を突くと、紗楽は笑みを深くして頷いた。

「よほど注意しながら移動してるみたいでしてね。そろそろ高龗神タカオカミノカミ様の式も気付くでしょうが、そいつ、京へ入ったようでして。ここでまた人間を調達して、滋賀にでも移動する気でしょう」

「調達って、人を使って何する気なの……」

 もう最悪の事態しか思い浮かばない。

「さあてね。あたしには分かりやせん。だから、新米くんに気を付けろってね。下手に首を突っ込むと、神隠しに遭いますよ」




「神隠し、ねぇ」

 河原からの帰り道。タエと稔明は並んで河川敷を歩いていた。

「花村さんは調査するんだな」

「そりゃ、これ以上被害を出さないようにしないと。でも紗楽の奴、そこまで情報ばらいて、首を突っ込んでくれって言ってるようなもんやんか」

 また紗楽の思うように動かされてしまいそうで、タエは居心地の良いものではなかったが、稔明は違った。

「でも、先に言ってくれると助かる。けっこう頼りになるんじゃ?」

「頼りにはならない!」

 苦虫を嚙み潰したような顔で、タエは稔明を見た。

「まずい状況になったら、すーぐ逃げるし、影から私達が苦戦してる姿を見て楽しんでんの」

 ありとあらゆる困難をうまくかわして、高みの見物をしている紗楽。タエとは根本的に合わない。

「とにかく、話は聞いても、あまり本気にしない方がいいから。全部真に受けてたら体がもたへんよ」

「了解。気を付けてな」

「!」

 気遣った言葉をかけられ、タエは目を丸くした。

「ありがとう。安倍くん、良い奴やね」

「なっ!」

 褒められると照れる彼。顔がみるみる赤くなる。

「おっもしろー♪」

「わ、笑うなよ」

 タエが笑うと、稔明はもっと赤くなった。隠し事なく、向き合える相手がいるというのは、とても気が楽だと、タエは感じていた。

「あ、そうだ。聞きたい事があったんだった」

「俺に? 何」

「今、どこに住んでんの?」

「え……」

 稔明の表情が変わる。

(しまった。まずかったかな)

 聞いてはいけなかったかと心配になったが、稔明は口を開いた。

「高校の近く」

「へえ。神社の辺りに住んでると思ってたから、こっちの学校に通うには遠いなって」

 何か事情がありそうだと悟り、それ以上は聞くのをやめた。

「友達も出来て良かったね。楽しそうにしてるし」

「花村さんのおかげでね」

「はい?」

 何故自分が出てくるのかと、タエは首をひねった。

「気付いてるだろ? いつも夜にしか出て来ない妖怪が、朝からいるって」

「あ……」

 ずっと不思議だった事だ。

「あれ、皆俺を狙ってるんだ」

「え」

 強い風が吹いた。タエと稔明の髪を乱す。彼の長い前髪が、顔の半分を隠している。

「魔除けは持ってるから、直接襲ってくる事はないけど、皆、俺を襲う隙をうかがってる」

「何で狙われてんの?」

「霊力が強いから」

 稔明が拳を握る。人とは違う力を持つ事は、他者から見れば魅力的かもしれない。しかし、当の本人が、同じように感じているとは一概には言えない。タエが見た稔明は、明らかに嫌がっていた。

「俺は、安倍家では久しぶりに強い力を持って生まれた人間みたいで。力の強い奴を喰えば、その妖怪の能力も上がるらしい。だから、いつも狙われてる。魔除けで俺は守られるけど、俺の周りは、守られない」

「それって、周りに被害が出たの?」

 彼は頷いた。

「妖怪は俺を喰えないと分かると、周りにちょっかいを出すんだ。昼間だから力は弱まってる。だからポルターガイストくらいしか出来ないけど、クラスの皆には、それで十分だった」

 タエは理解した。どうして二年からこっちの学校へ転校してきたのか。

「学校に結界を張れたんじゃ」

「学校側が最初嫌がったんだ。父さんが入学にあたって相談したけど、信じてもらえなくて。騒動が起きて、学校もやっと動いたけど、もう遅い。気味の悪い現象は、全部俺のせいだって、学校の全員が知ったから」

(だから、学校にいられなくなったんだ……)

 そんなの辛すぎる。タエも人とは違う力を得た。しかしそれは神の力。妖怪は避ける方だ。四六時中狙われるなんて、考えるだけでもゾッとする。

「こっちの高校に来て、最初に驚いたんだ。学校の敷地に入ったら、妖怪が引いて行くんだ。空間の気配も変わったのが分かったよ。御神木ごしんぼくでもあるのかと思ったけど、なかったし不思議だった。でも、花村さんを見てすぐに理解した。神聖な力の持ち主だって。しかもかなり強い。まさか代行者だとは夢にも思わなかったけど」

 タエは思い出した。彼が初めてクラスに入って来た時、タエをじっと睨むように見ていた事を。本当は、タエの力を見抜き、驚いていたのだ。

「自覚ないですけど」

「代行者になって、神様の力を持ったんだ。花村さんが学校にいる間は、敷地に結界が張られた状態になってるみたい。だから、ポルターガイストも起きなくて、俺は普通に学校生活が送れる。夢みたいだと思ったよ。両親もびっくりしてた」

 両親と聞いて、タエは気付いた。

「お父さんに、私は生きてるって言ったの?」

「いや、実はまだ。父さんが学校を見てびっくりしたのは、俺が、花村さんが代行者だって知る前だったから。奇跡だとは言ってたけど。言うタイミングがないまま、ずるずる来てる。内緒の方がいい?」

「それは任せる。別に秘密にしてる訳じゃないけど。私も言ってないし」

「花村さんの両親は、知ってんの?」

 ぎくり。タエの肩がぴくりとあがった。

「言ってないのか」

「お父さんは、幽霊とか信じひんタイプやから。お母さんは心配かけるし、そっとしとこうかなと……」

「ふぅん。まぁ、悲しませないようにな」

「はぁい」

 随分、込み入った話ができた気がする。自分の力が、稔明の学校生活を良い方向に変えたという事実は、素直に嬉しい事だ。誰かの力になれる事は、自分もまた頑張る原動力になる。

 タエは空を仰いだ。青い空に、鳥が気持ちよく飛んでいる。春の風が心地良い。


「そんじゃ、帰ろうか。いろいろ話せて良かったね」

「俺も、話してスッキリした」

 ずっと思い悩んできたのだ。誰かに話す事で、心も軽くなる。稔明はタエに感謝していた。

「その、……どうも」

「どういたしまして。涼香りょうかちゃんに、ちゃんと挨拶できるようになんなよ」

「な、なんで宮路みやじさんが出てくんだよっ」

 涼香の名を出すと、目に見えて慌てだす。タエはそれを見るのが楽しくなっていた。クラスでも、女子とはまだ打ち解けていない彼なのだ。

「俺、女子とどう話せばいいのか分からなくて……」

「私、女子ですけど。思いっきり話してたやないの」

「ん?」

 稔明は今更気付いたのか、タエを見て、空を見上げた。そしてもう一度タエを見て、はっきり言った。



「花村さんは、女子じゃない」



 ぴき。

「お゛い゛」

 タエがキレたので、稔明は別の意味で慌てだした。

「ちがっ、誤解やって! 花村さんは神の使いだろ!? もう人じゃないだろ!?」

「性別越えて人間も否定かいっ」

「言い方間違えたぁ!!」

「許してやるから、前髪切らせろ!」

「ひぃっ」

 咄嗟に前髪を押さえる。

「つるっぱげにしてやる!」

「やめてぇぇっ」


 休日の平和な昼下がり。不穏ふおんな空気が近付く中、二人は河原でぎゃあぎゃあ楽しく騒いでいた。


読んでいただき、ありがとうございます!

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