35 朝デート?
「花村さん。昨日は、悪かった」
「別にいいよ。敵じゃないって分かったし。高様も納得したし」
「高様?」
「私が仕えてる貴船の神様。高龗神様の事」
現在、朝。昨夜は稔明のカミングアウトの後、詳しい話は朝にしようとなったのだ。タエとハナは仕事中だったので、あまり時間を割けなかった。稔明の修行も昨日はそれで終了。タエは涼香と登校する事になっていたので、涼香が家から出てくる前に少し話そうとなった。タエはいつもより三十分早く家を出た事になる。早起きしたので、ものすごく眠い。タエの自宅近所にある公園で話している。
「で? 晴明神社の後を継ぐのは、長男の丈明さんって聞いたけど」
父親から直接聞いたのは二週間くらい前だ。その間に何があったのやら。稔明は困ったように、眉間にしわを寄せた。
「最初は皆そのつもりだったよ。兄さんも了承してたけど、どうしても警察官になりたいから、勉強に集中させてくれって、辞退したんだ」
「へぇ、警察官」
「悪霊から人を守るのも大事なのは分かってるけど、自分は犯罪から人を守りたいんだって。ずっと警官が夢だったから、諦めたくないって」
「丈明さん、すごいね! かっこいい」
「え?」
タエが丈明を褒めだしたので、稔明は拍子抜けした。
「退魔の仕事を推してくると思ったけど」
「なんで? 形は違っても、人を守りたいって気持ちは一緒やん。さすがやなぁ。確かに、警察官の制服、似合いそうやわ!」
「会った事、あんの?」
稔明は、父親が丈明に見学させていた事を知らなかったのだ。
「うん。安倍くんのお父さんの仕事を見学しに来てたんよ。退魔の仕事をしてると、代行者と関わる事もあるし。紹介してくれた」
「へえ……」
「そっか。だから次男の安倍くんが後継ぎになったのか。で、あの河原で修行してたってわけ?」
「ああ」
「お父さん、知ってんの?」
ぎくり、まずい顔をしたので、タエはやっぱり、と腕を組んだ。
「無許可で町の悪霊に手ぇ出して、反撃されたらどうするつもりやったんよ」
「結果オーライだろ」
「そういう事ちゃうの! 妖怪もちょっかい出してきたら、喰われてたよ? 私もそんな事知らんし、何かあっても、助けに行けるとは言えへんよ」
「う……」
さすがに言い返せず、口ごもる。
「危ない事はやめとき。お父さんだって、安倍くんに後継ぎとして勉強させなあかん事、ちゃんと考えてると思うよ。焦らずちゃんと教えてもらい」
「……分かった」
素直に頷いた。
「じゃあ、花村さんの事も教えてよ。生きてる人間が代行者って、どういう事? 死んだ人間の魂から選ばれるって聞いたけど?」
「ああ、それ。皆驚くなぁ。高様は、縛られない方なのよ。私とハナさんの絆を気に入って、代行者に勧誘したの」
「ハナって、あの犬?」
「うん。元はうちで飼ってた犬やったの。一昨年亡くなったんやけど、また再会できて良かったわ」
にこやかに話すタエを見て、稔明は驚いていた。
「何で、笑えんの?」
「ん?」
タエは稔明を見た。彼の目は動揺している。
「代行者は、神の眷属やろ? 死んだらもう生まれ変われない。人の世界にも戻れない。魂が消滅するまで、永遠に戦い続けなきゃいけないんだぞ? 負ける事は許されないって――」
「確かにね。負けたら終わり。生きてる間に負けたら、この体も終わり」
右手を上げる。手を握ったり、開いたりする。
「分かってるよ。危険な命のやり取りをしてる事くらい。やらなきゃ、やられる。斬らなきゃ、斬られる」
「……辛いやろ」
「辛くないよ」
「!?」
即答で返される。稔明がタエを見れば、彼女は笑っていた。
「ハナさん一人で戦わせる方が、もっと辛い。一人より二人でしょ? 私が力になれるなら、ならないと。負けないくらい強くなれば、魂は消えへんのやから」
にっと笑うタエには迷いがない。
「強いのか?」
「それなりに強くなってると思うよ。鴉天狗さんにも認めてもらえたし。次はやっぱりボロ勝ちしたいな!」
鴉天狗の噂は、安倍家にも伝わっている。力が強く一族優先で、他者とあまり交流を持たないと言われる鴉天狗に認められるとは。目の前にいる女子高生がその代行者だとは、あまりにギャップが激しすぎて理解に苦しむ。
「本当に代行者なんだな……。着物姿見たし、頭では分かってるけど、やっぱり信じられない」
「あっ、もう涼香ちゃんが出てくる時間だ!」
タエが時計を見て慌てだす。
「み、宮路さん!?」
稔明も何故か慌てる。
「一緒に行こうか?」
「え!? いや、その」
「はっきりせぃ! 行くぞ!」
稔明の腕をひっぱり、家の方へと向かう。涼香の家の前に差し掛かると、ちょうど出てきた所だった。
「涼香ちゃん、おはよー」
「あ、タエ、おは……あれ、安倍くん?」
「う、あ……じ、じゃあ!」
意外な組み合わせに、涼香は首を傾げた。稔明は涼香と目が合うと、眼鏡に手をかけ、俯いてそのまま走って行ってしまった。顔は真っ赤だ。
「どうしたの?」
「挨拶したくても、恥ずかしくてできひんかったんちゃいますか?」
「何それ?」
物凄いスピードで走っていく稔明の後ろ姿を、二人が見ていた。そのタエの視界に、ちらほら入る、妖怪の姿。通行人に危害を加えるわけでもなさそうなので、タエは睨むだけに止める。妖怪達も、しばらくすると消えてしまった。
(太陽の下に出てくるわけでもないのかな。変なの)
「ねぇ、安倍くんて、家この近くなん?」
「へ? さあ」
「仲良く歩いてたんじゃないの?」
「仲良かった?」
「安倍くん、ずるずる引きずってたやん」
「それ、仲良いって言う?」
タエの言葉に、涼香は笑い出した。
「あはは、ごめんごめん。でも、引きずれるくらいの仲なんでしょ? 何? 朝からデート? 私、邪魔やった?」
にやにやしている。タエは渋い顔をした。
「デートちゃうよ。実は安倍くん、私の知り合いやったの。だからちょこっと話をしてて」
そこで気付いた。
(あれ? 家って晴明神社の近くやろ? なんでこんな離れた所にいるんかな)
次はその事も聞いてみようと思ったタエだった。
「ふぅん」
まだ信じてなさそうな目つきの涼香。稔明の本音が分かっていない彼女なので、タエはちゃんと否定しておいてあげた。
「安倍くんの好きなタイプは、私ではありませんので」
「え、もう好きな人いんの?」
「さあね。本人に聞いてみたら?」
女子の大好物な恋の話をしつつ、学校に向かう。他愛もない会話が、とても楽しい。タエは、涼香との変わらないこの距離にホッとしつつ、彼女に感謝していた。
「っへぶしっ」
「ははっ。とっしー、きたねぇ」
「誰かが噂してたりして」
「ははは、まさか」
いきなりくしゃみが出た稔明。“とっしー”と呼ばれるまでになっている。友人にからかわれ、鼻をすすった。
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