32 神社の宮司
夜の京都は、今日も騒がしい。
「逃げるな!」
タエは一匹の悪霊を追っていた。なかなかに恨みの強い奴で、妖怪よりも姿がホラー映画のアレなので、物凄く不気味だ。髪の毛が異常に長い女となれば、恐怖も増す。しかし、そんな悪霊にも恐れず向かい合えるのは、代行者という力を持っているが故だろう。今回の女の霊は、逃げ足が速かった。だが、タエに追われて逃げられるはずがない。
たんっ。
タエが高く跳躍し、悪霊に追いつくと、晶華の刃を峰に返した。
「でぇりゃあ!」
野球のバッターが思い切りバットを振るように、晶華を悪霊の腹にめりこませ、地面に叩きつけた。地面に這いつくばると、周りに青白い光が灯る。そして次の瞬間、五芒星の結界の中に閉じ込められる。これはタエが張ったものではない。
「恨みを捨て、天へ行きなさい。誰も傷付けていない事が救いだ。まだ間に合う」
男性の声がした。タエも着地し、声がした方を見る。四十代後半くらいの男性だ。神社の宮司の恰好をしている。印を組み、気合を入れると、結界が光りだし、悪霊の黒い影が消える。そこから本来の女性の姿が出てくると、ぺこりと一度礼をして、姿が消えた。除霊ではなく、浄霊に成功したらしい。
「代行者様、ありがとうございます」
彼はタエに礼を述べた。
「いえ。仕事ですから」
今回、高龗神に依頼が来たのだ。神社でお祓いの依頼があったのだが、悪霊の逃げ足が速く、捕まえられないので力を貸して欲しいと。そこでタエが任命されたのだ。
「晴明神社の裏の仕事も、大変ですね」
「私も大分、衰えました。退魔の仕事は息子に任せて、もう神社の仕事に専念するつもりなのです」
彼は安倍淳明。京都では有名な晴明神社の宮司だ。安倍晴明の末裔で、陰陽師の力も受け継いでいる。しかし近年、その血も薄れ、力も弱くなっているらしい。
陰陽師としての退魔の仕事は、あまり知られていないが、霊関係で困った人が訪れると話を聞き、解決に力を貸すという裏の顔を持つ。今夜も依頼者に憑りついた女性の悪霊を剥がす依頼を受けたのだ。こういう時、タエは討伐対象を横取りしない。助けてあげなさいと高龗神に命じられれば、きちんとそれに従う。それが、代行者のルールなのだ。
「そうですか。お疲れ様でした。何度か一緒に戦えて、良かったです」
「お礼を言うのはこちらです。尊い代行者様と関われて、幸せでした。息子はまだまだ半人前ですので、何かと迷惑をかけるかと思いますが、あなた様からも厳しく指導していただけると幸いです」
彼には二人息子がいるのだという。継がせるなら長男だろう。
「えっと、後任は長男さん、ですよね?」
一応確認を取る。淳明は頷いた。
「丈明です。一度会った事がありましたね」
彼は、いずれ継ぐであろう仕事がどんなものか、長男に見学させていた。その時にタエも会っている。真面目そうで、きりっとした顔つきの、男前だった。
「丈明さんなら、安心ですね! 私も、共闘が楽しみです」
挨拶をして、タエは通常の仕事に戻る。そして、ふと思った事があった。
「安倍……、いや、まさかね」
先日の転校生を思い出した。タエが通う高校は、晴明神社からだと遠過ぎる。偶然の一致かと、タエはそれ以上考えないようにした。
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