31 転校生
タエが代行者になり、半年以上が過ぎた。黒鉄との勝負は、ほぼ毎日続いている。今夜も、二人の刀がぶつかり合い、激しさが増していた。
「っく!」
杉の木の枝伝いに攻防を重ねたが、黒鉄に押され、木から落とされる。しかし、難なく着地。タエが黒鉄の位置を確認すると、目の前におり、刀を振り下ろそうとしていた。
刀が当たる寸前、体をわずかにずらして刀に当たらないよう避け、素早く跳躍する。空振りとなった黒鉄の刃は、空を斬った。タエは再び杉の枝に飛び乗った。
「羽手裏剣」
彼の羽が何枚も飛んでくる。ある程度距離を空けていても、この手裏剣は力を落とす事無く飛んできた。それは今までの勝負で学んでおり、タエは刀で全てを叩き落とす。黒鉄はすぐさまタエの所まで飛び、今度は近距離攻撃だ。連続で突きを繰り出す黒鉄。タエは晶華を刀のままで何とかかわし、後ろに飛び退く。その体勢のまま、今度は弓に形状を変え、水の矢を十本出現させ、一気に放つ。黒鉄はそれらも全て斬って捨てたが、木に一瞬隠れたタエが再び目の前に現れると、彼女は置いておいた最後の一本を不意打ちで放った。
「っ」
しゅっ。
黒鉄の右肩の着物がかすり、少し破れてしまった。
「っしゃあ!」
タエは歓喜の声を上げながら着地した。黒鉄も同じく、側に着地する。二人とも、息を上げている。
「だいぶ腕を上げたな」
「黒鉄さんのおかげです!」
「ならば――」
黒鉄は刀を収め、タエに拳を向けた。タエも同じく晶華を鞘に戻して、彼の突きを素手で払う。今度は体術だ。上段、中段、下段の突きの他にも、蹴り技も繰り出される。彼は肉弾戦にも長けており、手加減もしない。そんな勝負をほぼ毎日繰り返していたおかげで、タエの戦闘力は格段に上がっていた。
山から太陽が顔を出す頃、二人は開けた場所で息を切らしていた。黒鉄は腰を下ろし、息を整える。タエは大の字に倒れて、ぜいぜい呼吸をしていた。ここから美しい日の出が見える。
「また、勝てなかった……ぜい」
全力で戦い続けたので、なかなか通常の呼吸に戻らない。体が酸素を欲していた。黒鉄がそれを見て、左手でタエの頭を撫でる。
「いや。最初の頃に比べれば、別人のようだ」
「ほんと、ですか?」
ぽんぽんと優しく撫でられるので、少しくすぐったい。
「ああ。俺を叩きのめすと豪語していたな」
くっと笑う。黒鉄の表情も、随分柔らかくなった。心を開いてくれたと、タエは嬉しくなる。
「今でもその気ですよ。次こそは」
「いや。もう十分だろう」
「へ?」
タエは理解できなかった。まだ自分は何も出来ていない。戸惑うタエを見て、黒鉄は着物をまくって、腕を見せた。黒い羽毛がこんもりと腫れている。うっすら見える肌が赤くなっていた。
「お前の突きを受けて、このざまだ。まだ若干、痺れている。反対に、お前は無傷。俺にここまで傷を与えられたなら、合格だろう」
「え、でも……」
タエが起き上がる。勢いよく動いたせいで、一瞬頭がくらっとなったが、なんとか堪えた。
「まだ叩きのめすまでは――」
黒鉄の手が、タエの頬に触れた。驚いて、声が出なくなる。
「タエ、強くなったな。道場破りは、成功したぞ。勝負は、お前の勝ちだ」
そう言うと、黒鉄は立ち上がり、屋敷へ戻ろうと背を向けた。タエはそれをじっと見ている。ふと、立ち止まり、顔だけこちらに向けた。
「鴉の力が必要な時は、いつでも俺に言え。お前の頼みなら、聞いてやってもいい」
この山を守る事しか興味がないと言っていた彼の言葉に、タエは感極まってしまい、涙が溢れた。
「あ、ありがとうございますっ! 今まで、ありがとう、ございましたぁ!!」
満足そうに右手を挙げて応えると、黒鉄は朝の清々しい大空へと飛び立った。
「牛若丸。どうじゃ、勝負は?」
神社に戻ると、高龗神が声をかけた。タエは首を傾げるが、すぐに合点がいく。
「ああ! 牛若丸も鞍馬の鴉天狗に修行してもらったんでしたっけ。あれ、本当だったんですね」
「まぁな」
高龗神が伝説を認めた。これはこれで大スクープだと思う。タエはそんな事を思いつつ、先ほどの事を話した。
「あの黒鉄がタエに心を許したとはな! ここ数年で一番の珍事じゃ」
彼女は、本気で驚いていた。
「気に入られたのぉ」
「弟子みたいな感覚ですかね。黒鉄さん、かっこいいし、嬉しいです」
「良かったね、お姉ちゃん」
ハナも嬉しそうだ。彼女も高龗神の式神に修行を付けてもらい、聖獣のレベルが上がっていた。式神達も、ハナの上達ぶりに感心している。
「二人とも、前よりも頼もしくなったな。今まで以上に安心して、仕事を任せられる。これからも、よろしく頼むぞ」
「はい!」
二人の声がハミングした。
代行者の仕事も順調。学校生活も三学期を終え、新しい学年に変わる。タエは高校二年生になった。
「タエー、また一緒のクラスだ! よろしくね」
クラス替えの掲示板を見た涼香が、真っ先にかけてくる。タエも涼香に抱き着いた。
「良かったぁ。こちらこそ、よろしくー!」
一緒に新しいクラスに入る。初めての人もたくさんいる。一人だったら、心細かっただろう。一年の時に同じクラスだった人も何人かいるので、ホッとした。
「ほら、席つけよー」
新しい先生。若くて、かっこいい部類に入る男性教諭だ。
「このクラスの担任になった、林田です。担当は数学。よろしくな」
にかっと笑う姿に、クラスの女子が黄色い声を上げた。最近の若手の教師は、生徒になめられる傾向で、先生いびりやらがあると聞いた事があるが、この先生は体格もよく、明るい。男子生徒からも人気がある。タエも、話しやすそうな先生でよかったと、胸をなでおろした。
「今から皆に自己紹介をしてもらうんだが、その前に、転校生を紹介する」
入っておいでと声をかけられると、がらり、と遠慮がちに扉が開き、男子生徒が入って来た。黒い眼鏡をかけて、伏し目がち。前髪が目にかかって邪魔そうだ。根暗そうという印象ではないが、物静かな感じ。身長も高くもなく、低くもなく。可もなく、不可もなく。特に変わった所もなさそうな、普通の男の子だった。
その男の子が、スッと視線を上げ、目の前に座る、クラスメイト達を見た。
そして、視線が一点に集中する。
「え?」
タエと目が合った。その目は、何かを探るような視線だと感じた。どうしたらいいのか考えあぐねていると、視線が外される。
「君から自己紹介してもらおうか」
先生に声をかけられ、はい、と頷いた。
「安倍稔明です。よろしくお願いします」
そう名乗り、ぺこりと頭を下げた。拍手が起こるが、タエの胸中はざわざわと騒がしい。
(何だったんだろう。今の……)
こうして、新学期が始まった。
新章に入りました。
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