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月夜の代行者  作者: うた
第二章
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31 転校生

 タエが代行者になり、半年以上が過ぎた。黒鉄くろがねとの勝負は、ほぼ毎日続いている。今夜も、二人の刀がぶつかり合い、激しさが増していた。


「っく!」

 杉の木の枝伝いに攻防を重ねたが、黒鉄に押され、木から落とされる。しかし、難なく着地。タエが黒鉄の位置を確認すると、目の前におり、刀を振り下ろそうとしていた。

 刀が当たる寸前、体をわずかにずらして刀に当たらないよう避け、素早く跳躍する。空振りとなった黒鉄の刃は、空を斬った。タエは再び杉の枝に飛び乗った。

羽手裏剣はねしゅりけん

 彼の羽が何枚も飛んでくる。ある程度距離を空けていても、この手裏剣は力を落とす事無く飛んできた。それは今までの勝負で学んでおり、タエは刀で全てを叩き落とす。黒鉄はすぐさまタエの所まで飛び、今度は近距離攻撃だ。連続で突きを繰り出す黒鉄。タエは晶華しょうかを刀のままで何とかかわし、後ろに飛び退く。その体勢のまま、今度は弓に形状を変え、水の矢を十本出現させ、一気に放つ。黒鉄はそれらも全て斬って捨てたが、木に一瞬隠れたタエが再び目の前に現れると、彼女は置いておいた最後の一本を不意打ちで放った。

「っ」

 しゅっ。

 黒鉄の右肩の着物がかすり、少し破れてしまった。

「っしゃあ!」

 タエは歓喜の声を上げながら着地した。黒鉄も同じく、側に着地する。二人とも、息を上げている。

「だいぶ腕を上げたな」

「黒鉄さんのおかげです!」

「ならば――」

 黒鉄は刀を収め、タエに拳を向けた。タエも同じく晶華をさやに戻して、彼の突きを素手で払う。今度は体術だ。上段、中段、下段の突きの他にも、蹴り技も繰り出される。彼は肉弾戦にも長けており、手加減もしない。そんな勝負をほぼ毎日繰り返していたおかげで、タエの戦闘力は格段に上がっていた。

 山から太陽が顔を出す頃、二人は開けた場所で息を切らしていた。黒鉄は腰を下ろし、息を整える。タエは大の字に倒れて、ぜいぜい呼吸をしていた。ここから美しい日の出が見える。

「また、勝てなかった……ぜい」

 全力で戦い続けたので、なかなか通常の呼吸に戻らない。体が酸素を欲していた。黒鉄がそれを見て、左手でタエの頭をでる。

「いや。最初の頃に比べれば、別人のようだ」

「ほんと、ですか?」

 ぽんぽんと優しく撫でられるので、少しくすぐったい。

「ああ。俺を叩きのめすと豪語していたな」

 くっと笑う。黒鉄の表情も、随分柔らかくなった。心を開いてくれたと、タエは嬉しくなる。

「今でもその気ですよ。次こそは」

「いや。もう十分だろう」

「へ?」

 タエは理解できなかった。まだ自分は何も出来ていない。戸惑うタエを見て、黒鉄は着物をまくって、腕を見せた。黒い羽毛がこんもりと腫れている。うっすら見える肌が赤くなっていた。

「お前の突きを受けて、このざまだ。まだ若干じゃっかんしびれている。反対に、お前は無傷。俺にここまで傷を与えられたなら、合格だろう」

「え、でも……」

 タエが起き上がる。勢いよく動いたせいで、一瞬頭がくらっとなったが、なんとか堪えた。

「まだ叩きのめすまでは――」

 黒鉄の手が、タエの頬に触れた。驚いて、声が出なくなる。

「タエ、強くなったな。道場破りは、成功したぞ。勝負は、お前の勝ちだ」

 そう言うと、黒鉄は立ち上がり、屋敷へ戻ろうと背を向けた。タエはそれをじっと見ている。ふと、立ち止まり、顔だけこちらに向けた。

からすの力が必要な時は、いつでも俺に言え。お前の頼みなら、聞いてやってもいい」

 この山を守る事しか興味がないと言っていた彼の言葉に、タエは感極まってしまい、涙が溢れた。

「あ、ありがとうございますっ! 今まで、ありがとう、ございましたぁ!!」

 満足そうに右手を挙げて応えると、黒鉄は朝の清々しい大空へと飛び立った。



牛若丸うしわかまる。どうじゃ、勝負は?」

 神社に戻ると、高龗神タカオカミノカミが声をかけた。タエは首をかしげるが、すぐに合点がいく。

「ああ! 牛若丸も鞍馬くらま鴉天狗からすてんぐに修行してもらったんでしたっけ。あれ、本当だったんですね」

「まぁな」

 高龗神が伝説を認めた。これはこれで大スクープだと思う。タエはそんな事を思いつつ、先ほどの事を話した。

「あの黒鉄がタエに心を許したとはな! ここ数年で一番の珍事ちんじじゃ」

 彼女は、本気で驚いていた。

「気に入られたのぉ」

「弟子みたいな感覚ですかね。黒鉄さん、かっこいいし、嬉しいです」

「良かったね、お姉ちゃん」

 ハナも嬉しそうだ。彼女も高龗神の式神しきがみに修行を付けてもらい、聖獣のレベルが上がっていた。式神達も、ハナの上達ぶりに感心している。

「二人とも、前よりも頼もしくなったな。今まで以上に安心して、仕事を任せられる。これからも、よろしく頼むぞ」

「はい!」

 二人の声がハミングした。




 代行者の仕事も順調。学校生活も三学期を終え、新しい学年に変わる。タエは高校二年生になった。

「タエー、また一緒のクラスだ! よろしくね」

 クラス替えの掲示板を見た涼香りょうかが、真っ先にかけてくる。タエも涼香に抱き着いた。

「良かったぁ。こちらこそ、よろしくー!」

 一緒に新しいクラスに入る。初めての人もたくさんいる。一人だったら、心細かっただろう。一年の時に同じクラスだった人も何人かいるので、ホッとした。

「ほら、席つけよー」

 新しい先生。若くて、かっこいい部類に入る男性教諭だ。

「このクラスの担任になった、林田です。担当は数学。よろしくな」

 にかっと笑う姿に、クラスの女子が黄色い声を上げた。最近の若手の教師は、生徒になめられる傾向で、先生いびりやらがあると聞いた事があるが、この先生は体格もよく、明るい。男子生徒からも人気がある。タエも、話しやすそうな先生でよかったと、胸をなでおろした。

「今から皆に自己紹介をしてもらうんだが、その前に、転校生を紹介する」

 入っておいでと声をかけられると、がらり、と遠慮がちに扉が開き、男子生徒が入って来た。黒い眼鏡をかけて、伏し目がち。前髪が目にかかって邪魔そうだ。根暗そうという印象ではないが、物静かな感じ。身長も高くもなく、低くもなく。可もなく、不可もなく。特に変わった所もなさそうな、普通の男の子だった。

 その男の子が、スッと視線を上げ、目の前に座る、クラスメイト達を見た。


 そして、視線が一点に集中する。


「え?」


 タエと目が合った。その目は、何かを探るような視線だと感じた。どうしたらいいのか考えあぐねていると、視線が外される。

「君から自己紹介してもらおうか」

 先生に声をかけられ、はい、と頷いた。



安倍稔明あべとしあきです。よろしくお願いします」



 そう名乗り、ぺこりと頭を下げた。拍手が起こるが、タエの胸中はざわざわと騒がしい。

(何だったんだろう。今の……)


 こうして、新学期が始まった。


新章に入りました。

読んでいただき、ありがとうございます!

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