30 会議
「あー、今年もこの時期が来たかぁ」
高龗神が伸びをした。今はまだ日が出ている時間なので、聖域には彼女とハナの二人だけ。式神がたまに通り過ぎるが、彼女の仕事の補佐をしている為、忙しく各地に散っている。式達は、京都の各神社を周り、異常がないかを確認し、高龗神に伝達事項がないかを聞いて回っている。邪悪な妖怪が昼間でも出ていれば、見つけ次第倒しているが、滅多にない。なので、ハナも昼間は待機中なのだ。
高龗神は今、仕事の文机の上にある巻物とにらめっこしていた。貴船神社は縁結びの神様で有名だが、そちらは結社にいる磐長姫命が中心となっていた。高龗神は水の神様という事で、水に関係する職業の人達に信仰されている。本殿で絵馬を書かなくても、参拝をすると、彼女の元に絵馬の形で願いが届くという仕組みだ。その願いを叶えるかどうかは、彼女次第だが。
その絵馬は、彼女の横に山積みになり、文机の上にもいくらか散らばっている。
「ハナー、絵馬を種類ごとに分けてくれ」
「はい」
昼間のハナの仕事は、高龗神の手伝い。真に心のこもった願い、防火祈願、水関係の職業の願い、それ以外の内容の願いだ。
「“恋人ができますように”? これは磐長姫様行きね」
磐長姫行きの箱に入れる。
「“水道料金が下がりますように”? これは自治体が決める事でしょ」
以外の願いの箱にIN。
「“テストで百点取れますように”? それは自分で努力するしかないでしょ。菅原様の所で願って下さい」
以外願い行き。これを一つ一つ見ていくのは大変だが、それが仕事。人々の様々な願いが、高龗神の肩に乗っているのだ。人の心に触れられる事は、とても尊いと思う。その手伝いが出来る事は、ハナにとっても嬉しい事だった。
「お姉ちゃんの願いの絵馬、見たかったな」
ぽつりと呟いた。高龗神がハナの頭を優しく撫でる。
「願いが叶えば、絵馬も消えてしまうからの。タエの絵馬は前に話した事があったな」
「はい。すごく輝いてたって」
ハナの病気が治らないと悟り、タエが高龗神に託した一つの願い。それは、自分の利益を顧みず、心からハナを想っての願いだからこそ、光り輝いていたと、高龗神はハナに話していた。
「あれを見て、タエとハナに目を付けたんじゃったな」
「お姉ちゃんを巻き込みたくなくて、最初は反発しちゃいましたけど、今となっては、感謝してます。また会えたし、一緒に戦える」
一人ではないという所が、一番大きい。ハナにとって、タエは頼りになる姉なのだ。
「そうじゃろ? もっと感謝しろ」
高龗神はにやにやしながら、ハナの肉球をぷにぷにした。彼女も肉球の柔らかさが好きらしい。ハナも笑って両手を差し出した。
「そういえば、この季節って、神在祭の時期ですね。巻物は、そのお知らせですか?」
「ああ。またハナに留守を頼む事になる」
貴船神社の留守番は、今年で二回目だ。
「はい。式様もいらっしゃるし、お姉ちゃんもいるので、安心して行ってください」
「ああ。頼むな」
神在祭。
毎年、旧暦十月に全国の神様が出雲大社に集結し、人の運命や縁結びについてを会議する行事の事だ。今の暦では十一月ごろだ。その他にも、来年の天候や五穀豊穣など、様々な事を話し合う。一か月にも及ぶ会議なので、神様も大変だ。和暦で十月を“神無月”と言うが、神様がいない月だからこう言う。一方、出雲がある島根県では、神様がたくさんいるので“神在月”と言う。
「では、行ってくる」
数日後、出雲大社からの迎えが来て、高龗神は出雲へと向かう。時間は夜。タエも一緒にお見送りだ。
「行ってらっしゃいませ」
二体の人型の式神は彼女に着いて行き、神社に残るのは三体。同じく人の姿をした式、白蛇、白トカゲの白露だ。タエは白露以外、初めて会う式だった。
「タエ、ハナ、お前達の仕事は変わらんからな。しっかりこの地を守れ」
「はい」
「お気を付けて!」
ハナ、タエが頷いた。高龗神も頷き返し、出雲大社の使いと共に消えた。
「よぉ、タエ」
白露が気さくに声をかけてくれた。
「白露様、お疲れ様です!」
「黒鉄と決闘してるんだって? 頑張れよ」
応援してもらえると、素直に嬉しい。タエも、はいと元気に頷いた。
「お初にお目にかかる。私は渓水と言う。高龗神様の仕事の代行は、私がする事になった」
人の姿をした式は、自己紹介をした。色白で容姿端麗、とても真面目そうな方だが、髪が背中まで長いので、男性か女性か分からない、中性的な方だった。声は男性寄りだ。
「わしは白千じゃ」
蛇の式も名乗った。とても大きく長い白蛇で、五メートルはありそうだ。サイズが大きめのニシキヘビのようだとタエは思った。現世の蛇だと怖くて驚くが、この白千はとても神聖な気配を出しているので、全く怖くない。すんなりと受け入れられた。
「花村タエです。よろしくお願いします」
高龗神がいない間、この五人でここを守る。式はそれぞれの仕事に戻り、ハナとタエも通常通りの仕事に向かった。
一か月経ち、十一月末。高龗神が帰ってくる日になった。
神社の留守番は、問題なく終わり、式神とタエとハナ、全員でお迎えだ。
「さぁて、今年はどうなるか。賭けるか?」
彼女の戻りを待つ間、白露が口を開いた。
(賭け?)
タエは首を捻る。ハナを見れば、渋い顔をしていた。
「皆、同じ事を考えているだろう。賭けにならん」
「そうじゃな」
渓水、白千は無表情で答えた。分かっていないのは、タエ一人。
「ハナさん、何かあるの?」
こそっと聞いてみる。ハナはどう言おうか考えるが、一言で済ませた。
「見れば分かるよ」
貴船神社の鳥居の下の空間が、ぐにゃりと歪んだ。高龗神が戻って来たのだ。彼女の影が見え、タエはお帰りなさいと言う準備をした。
が、姿が見えた途端、言葉を失う。
「おぉ~、今かえったぞぉ~~」
連れて行った式二人に体を支えられ、ふらふらとおぼつかない足取り。高龗神は、完全に酔っ払っていた。美しい色白の肌が、赤く染まっている。アルコールのせいで体温が上がっているのだ。
「え……?」
タエは自分の目を疑うほどの光景に、信じられない思いだった。しかし、隣の四人は、はぁ、とため息をついている。
「やっぱり」
全員が呟いた。
「タエ~~。お前は、かんわいいのぉ」
式が支えているのにも関わらず、タエをぎゅむっと抱きしめた。その力が異常に強い。
「ぐ、ぐるし……、お酒臭いですよ、高様っ」
「そりゃあ、呑んどるからなぁ。飲むか?」
「未成年ですっ」
右手に持っていた酒瓶を、タエの眼前にぐいっと押し付ける。押し付けられすぎて、瓶が見えないタエだったが、酒のきつい匂いだけでくらりとなった。
「あっ、あの、これはっっ」
周りにいたメンバー全員に助けを求める。渓水が説明してくれた。
「毎年、会議が終われば宴会になる。高龗神様は飲み比べがお好きでな。周りの神々を潰れさせ、自らもべろべろに酔って帰ってくるのだ」
何故か、簡単に想像できた。ハイテンションの高龗神の周りに、酔い潰された神々が倒れ伏している光景が。
「タエ、一つ、教えといてやるぞー。“酒は飲んでも、呑まれるな”」
「そりゃ、高様の事でしょ! か、絡み酒!? 皆さん、ヘルプっ」
羽交い絞めにされているタエが救いを求めた。
「あついーー。脱いでいい?」
「ダメっっ!!」
それから、全員でタエから高龗神をはがし、何とか社の中に入れる。布団の上で大の字になって熟睡する貴船の神様に、タエは驚きながらも、ふっと笑ってしまった。
「初めて見て、びっくりしたでしょ。私も驚いた」
「あはは。でも、高様らしいね」
ハナが苦笑する。その側で、必死にじゃんけんをしている式神五人の姿が。
「何してんの?」
「今から朝まで、誰が高様の面倒を見るかの勝負」
何回かのあいこを経て、とうとう決着がついた。負けたのは渓水。この世の終わりかと思うほどの落ち込みっぷり。
「冷静沈着な渓水様が、あんなに感情を出すなんて」
「酔っ払った高様の寝相、物凄いみたいで、暴れないように内緒で結界を張ってるの。神様相手に張り続けるの、大変なんだって」
酒が入ると寝相が悪くなる高龗神。昔、部屋の襖を蹴り飛ばした事から、今のように彼女が起きるまで結界係を付けるという話になった。
こうして、渓水は高龗神の面倒を見る為残り、他のメンバーは通常の仕事に戻る事になった。タエは、神在祭から戻った上司には気を付けろと、心に刻んだ。
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