29 それから
「タエー。噂の大先輩は負かしたの?」
朝。涼香が話しかけてきた。タエは眉を寄せて首を振ったが、カラッと明るい。
「ううん。まだ勝ててないけど、ちょっと認めてくれた感じかな。また勝負するんだ~」
「そう。無理しないで頑張んな」
「ありがとね」
真実は知らせていないが、タエのやろうとしている事を応援してくれている。彼女がもし妖怪に襲われそうになったら、必ず守ってみせると心に決めた。
「お姉ちゃん。私も、もう一度、高様の式の皆さんに修行を付けてもらう事にしたよ」
「ほんとに!?」
夜。ハナがタエに話してくれた。
「昼間に時間をもらってね。私は牙と爪、尻尾を使う戦い方だから、動物系の式様を相手にして、技の精度を上げようと思う」
「すごいっ。かっこいいよ!」
タエはハナをぎゅーっと抱きしめた。このふあふあ具合、毛並みが最高だ。
「お姉ちゃんに比べれば、私はまだまだやよ。黒鉄さんに挑んだ姿、かっこよかった。私も負けてられないって、思ったからね」
「弓とか棒術の鍛錬にも、また付き合って。一緒に頑張ろうね!」
「うん」
額を合わせて、気持ちを新たにする。
「踏み込みが甘いぞ」
「こんのっ」
黒鉄との勝負は、ほぼ毎晩続いていた。仕事終わりのわずかな時間でも、タエは投げ出す事無く通っていた。慣れとはすごいもので、徐々に黒鉄の動きも見えるようになってきた。
「見えるだけでは攻撃できんぞ。反応できる身体能力を付けろ」
「はいっ」
タエが晶華を振った。が、刀の先が杉の木に触れ、がりっと削ってしまった。
「山の木を傷付けるな。神木でなくとも、霊気を宿す、神聖な木なのだからな」
「えっ、ごめんなさい、杉の木さん」
削った木に謝るタエ。戦闘を中断して動きを止めたが、黒鉄は動きを止めない。刀を真っ直ぐに出し、タエの頭を狙って突いたが、タエは上体を後ろにのけぞらせ、見事に避けた。そのままバク転で刀から距離を取り、しゃがみ込んだまま、腕を素早く前に出す。すると、何かが黒鉄の腹目掛けて伸びてきた。
「! まだ隠し玉があったのか」
黒鉄は紙一重でかわしたが、黒く大きく、美しい羽が数枚はらりと落ちた。晶華が槍に変化し、柄が伸びたのだ。
「どんな状況でも戦えるように、いろんな戦術を学んでるんです。槍は棒術の応用です」
「面白い!」
黒鉄も楽しんでいるようで、刀で繰り出す技を、タエは槍で受け流す。力で勝てないタエは、相手の力を利用して技に転じる事で、同じ力で反撃できる事を学んだ。真っ直ぐ力技が多い男性とは反対の、柔軟な動きをするタエに、黒鉄も興味を持ち始める。
「羽手裏剣」
「えっ!? わわっ」
カカカッ! タエの足元に黒鉄の黒い羽が突き刺さった。見れば、彼の左手に、羽が数枚ある。
「しゅ、手裏剣!? 聞いてないですよっ」
「言ってないからな」
しゅばっと空間を割く音が聞こえる。それほどまでに速く羽が飛んでくるのだ。槍を回転させ、羽を落とすも、通り抜けた羽は杉の木にぶっ刺さる。
「木を傷付けちゃダメなんじゃ? 刺さってますよ」
「後で謝っておく。傷が付かないよう、全ての羽を落としてみろ」
黒鉄の両手には、大量の羽。むしったのだろうか。むしった所はハゲているのだろうか。タエはそんな事を考えたが、聞く間もない。もう全ての羽を一気に発射しようとしている。
「えぇ!!」
雨のように降り注ぐ羽手裏剣。タエの叫び声が響いたのは、言うまでもない。
そうしてタエとハナ、各々が着実に力をつけていくと、京都にはびこる妖怪、悪霊、魑魅魍魎達が、噂を始める。善良な者は、希望になると。又、邪悪な者は、厄介ごとの種だと。
「こうでなくてはな。あの二人を代行者にした意味がない」
高龗神は満足そうに神殿の欄干に腰かけ、足を組んだ。その微笑みの裏で何を考えているのかは、彼女のみぞ知る。
「面白い事に、なってきそうですねぇ」
いつもの河原で、紗楽は楽しそうにキセルを吹かせる。紫煙が空に溶けていった。
他の神社でも、タエ達に期待の目を向ける者、喜ぶ者がいる。彼らとどう関わっていくのかは、また後の話。
読んでいただき、ありがとうございました!