表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月夜の代行者  作者: うた
第一章 契約・修行
28/330

28 手合わせ

 キンッ!


 互いの刀が交差し、弾く音が山に響く。タエと黒鉄くろがねは、杉の大木を攻撃や防御に利用しながら、真剣勝負をしていた。

「っりゃあ!」

 タエが上段から晶華しょうかを思い切り振り下ろす。黒鉄はたやすく受け止めたが、ひざがぐっと軋んだ。

「攻撃の重みはあるか」

 ぎちぎちとつばぜり合いになる。タエも全力で押しているのだが、やはり大きな体で、男性の力には勝てないようだった。足を踏ん張っても後ろに押される。

(力の真向勝負じゃ勝てない。だったら……)

 刀を左へ弾く。と同時に右へ飛び、杉を踏み台にして黒鉄に斬りかかった。木がバネのようになり、スピードが上がる。彼もタエが突っ込んでくるのをひらりとかわしたが、かわされるのは、タエも承知の上。黒鉄の足元に着地すると、素早く体を回転させ、足払いをかけた。

「っく」

 黒鉄の体がぐらりと揺れる。そのチャンスを逃さなかった。タエは晶華を逆手に持ち、拳を腹に一発、胸に一発、そしてみぞおちを狙って蹴りをお見舞いした。

「お姉ちゃん、すごいっ!!」

 ハナも思わず声を上げる。

 体勢を立て直される前に決着を付けねばと、蹴った勢いに乗せて体をひねり、逆手に持っていた晶華を、そのまま振り抜き黒鉄の首を狙ったタエ。もちろん本気で斬るつもりはない。寸での所で止めるつもりだった。止められるか、正直自信はなかったが、黒鉄の頑丈さを信じていた。


 がきんっ!


「!」

 晶華の動きが止まる。黒鉄の首に触れる直前で、刀が動かなくなったのだ。タエが止めたものではない。危険を察知し、タエが飛び退く。

「体術に切り替えるとは。面白い戦い方をする」

 黒鉄が自らの刀で晶華を止めたのだ。片足を後ろに下げ、上体を支えている。

「突きと蹴りが、利いてない」

 しっかりと攻撃は入っていた。それでも、目の前にいる鴉天狗からすてんぐは、少しも痛がる様子はない。

「多少は響いたが、俺に痛手を与えるには、まだ力が弱いな」

「えぇ……」

 がっかり。タエは肩を落とした。しかし、と彼は続ける。

「俺の足を払って、体勢を崩した事は褒めてやる」

「! 本当ですか」

 タエは、昨日倒され、泥まみれにされた借りを、少しは返せたかもしれないと、素直に喜んだ。

「その程度で喜んでどうする。最初はふざけた事を言う奴だと思ったが、お前の覚悟は理解した」

 黒鉄が刀を構える。隙がない。目つきも変わり、タエと本気で向かい合ってくれている。彼がまとうオーラが揺らめき、闘気が見えるようだ。

「え、これが本気……?」

 タエの顔が引きつる。黒鉄がにやりと笑った。

「本気の覚悟に本気で応えてやらねば、失礼だろう」

 気持ちが引き締まる。タエも晶華をしっかりと構え、体を低くした。大柄の相手は、ちょこまか動き回る相手はやりにくいはず。タエのすばしっこさを武器にして、隙を作り、一発でも打ち込みたい。

「行くぞ」


「!?」


 見えなかった。昨日、戦った時よりも速かった。タエが黒鉄をとらえたのは、眼前に刀が迫っている時だった。咄嗟とっさにしゃがみこみ、回避する。下段の構えより低くなったタエの体。そのまま黒鉄の後ろに回り込み、背中を狙った。

「遅い!」

 彼は横目でタエの位置を確認し、腕を背中に回して刀で受け止める。

(剣さばきが異常すぎるっっ)

 黒鉄と距離を取ったが、彼はたった一歩ですぐ前まで迫ってくる。

「さっきまでの威勢はどうした」


 黒鉄は本当に容赦ようしゃなかった。立て続けに打ち込まれ、それを受け止めかわす事しか出来ない。気迫と力で押され、後退している。

(これじゃあ、昨日と一緒だ!)

 結末は簡単に想像できる。それは嫌だった。どうにか打開策だかいさくをと考えるが、何も浮かばない。がつ、と足が何かに当たった。

(! これだ!)

 タエは足に力を入れて踏ん張りながら、思い切り足元にあった拳ほどの石を黒鉄へ蹴り飛ばした。それは彼の横っ腹に見事命中。

「!」

 驚いた黒鉄は、わずかに剣先がぶれた。その瞬間を見逃さない。

「だありゃあああっ!」

「ちっ」

 タエは晶華を突き出した。どうせ彼は防いでくるだろう。それでも、着物を少しでも斬れれば良いと思っていた。


 が。


「ああぁ!?」


 ずべしょ。


 気合の声から間抜けな声に変わったタエ。前日の雨で地面がまだぬかるんでいる場所があったらしい。そこに足を取られ、タエは見事にすっころんだ。今日はお腹が泥だらけになってしまった。


「あ?」

 黒鉄の動きも止まる。


「え?」

 ハナは肩ががくっとなった。


「……」

 タエは動かなかった。いな、動こうとしなかった。

「おい」

「……はい」

「何故起きない?」

 突っ伏したまま動かないタエを見下ろし、黒鉄がふぅ、と息を吐いた。

「その、恥ずかしくて……」

 ちん、と刀をさやおさめる音がした。タエの腕を掴んで、ぐいと引っ張る。

「ずっとそのままでいるつもりか。起きろ」

「うぅ」

 渋々顔を上げると、顔も着物も泥だらけ。額は地面でぶつけて赤くなっていた。こんな姿を見れば、戦う気も失せる。黒鉄は苦笑していた。

「今夜はもう戻れ。ひどい顔だぞ」

 オブラートに包まれない、ど直球の言葉。タエはあまりの恥ずかしさに涙が出そうだった。黒鉄は、自分の着物の袖でタエの顔を拭いてやる。

「わぷ。い、いいでふ。汚れますよ」

「気にするな」

 ある程度の泥を落としてもらい、タエは礼を言った。

「ありがとう、ございました。もう終わりですか?」

「ああ。早く戻って、間抜けな顔を洗え」

「はぁ、かすりもしなかった」

 叩きのめすと大見得おおみえを切ったが、この結果は痛すぎる。タエは肩を落としたが、黒鉄は首を横に振った。

「最後は正直まずいと思った。石を蹴ってくるとは思わなかったからな。あらゆる可能性を考え、最後まで諦めない姿勢は評価している」

「本当ですか!?」

「う……」

 しゃべり過ぎたかと、黒鉄は目を逸らした。それでもタエはふにゃりと顔を緩めている。


「もう気は済んだだろう。ではな」


「あのっ、明日もお願いします!」

 屋敷に戻ろうときびすを返した黒鉄に、タエが声をかけた。ぴたりと止まり、振り返る。

「明日も……?」

「私の目標は、黒鉄さんに勝つ事ですから。勝てるまで、毎日お願いします」

 目を見開き、タエを見る。決して諦めない、強い光がその瞳には宿っていた。少し、口の端が緩む。

「俺がいる時は、相手をしてやる」

 タエも笑顔になった。

「ありがとうございます!」




 タエはハナと一緒に貴船きふね神社の神殿へ戻って行った。それを、黒鉄は高い杉の木から見ていた。

「本当に、おかしな娘だ」

 鴉天狗に協力を求める事はあっても、叩きのめしに来た代行者はそうそういない。

「あ、いたな。昔、一人」

 決闘して、友となった代行者を思い出した。上を見上げる。夜ももうすぐ終わり。空が白んできていた。


「全て、繋がっている――か」


 黒鉄の呟きは、まだ肌寒い風に掻き消えた。


読んでいただき、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ