28 手合わせ
キンッ!
互いの刀が交差し、弾く音が山に響く。タエと黒鉄は、杉の大木を攻撃や防御に利用しながら、真剣勝負をしていた。
「っりゃあ!」
タエが上段から晶華を思い切り振り下ろす。黒鉄はたやすく受け止めたが、膝がぐっと軋んだ。
「攻撃の重みはあるか」
ぎちぎちとつばぜり合いになる。タエも全力で押しているのだが、やはり大きな体で、男性の力には勝てないようだった。足を踏ん張っても後ろに押される。
(力の真向勝負じゃ勝てない。だったら……)
刀を左へ弾く。と同時に右へ飛び、杉を踏み台にして黒鉄に斬りかかった。木がバネのようになり、スピードが上がる。彼もタエが突っ込んでくるのをひらりとかわしたが、かわされるのは、タエも承知の上。黒鉄の足元に着地すると、素早く体を回転させ、足払いをかけた。
「っく」
黒鉄の体がぐらりと揺れる。そのチャンスを逃さなかった。タエは晶華を逆手に持ち、拳を腹に一発、胸に一発、そしてみぞおちを狙って蹴りをお見舞いした。
「お姉ちゃん、すごいっ!!」
ハナも思わず声を上げる。
体勢を立て直される前に決着を付けねばと、蹴った勢いに乗せて体をひねり、逆手に持っていた晶華を、そのまま振り抜き黒鉄の首を狙ったタエ。もちろん本気で斬るつもりはない。寸での所で止めるつもりだった。止められるか、正直自信はなかったが、黒鉄の頑丈さを信じていた。
がきんっ!
「!」
晶華の動きが止まる。黒鉄の首に触れる直前で、刀が動かなくなったのだ。タエが止めたものではない。危険を察知し、タエが飛び退く。
「体術に切り替えるとは。面白い戦い方をする」
黒鉄が自らの刀で晶華を止めたのだ。片足を後ろに下げ、上体を支えている。
「突きと蹴りが、利いてない」
しっかりと攻撃は入っていた。それでも、目の前にいる鴉天狗は、少しも痛がる様子はない。
「多少は響いたが、俺に痛手を与えるには、まだ力が弱いな」
「えぇ……」
がっかり。タエは肩を落とした。しかし、と彼は続ける。
「俺の足を払って、体勢を崩した事は褒めてやる」
「! 本当ですか」
タエは、昨日倒され、泥まみれにされた借りを、少しは返せたかもしれないと、素直に喜んだ。
「その程度で喜んでどうする。最初はふざけた事を言う奴だと思ったが、お前の覚悟は理解した」
黒鉄が刀を構える。隙がない。目つきも変わり、タエと本気で向かい合ってくれている。彼が纏うオーラが揺らめき、闘気が見えるようだ。
「え、これが本気……?」
タエの顔が引きつる。黒鉄がにやりと笑った。
「本気の覚悟に本気で応えてやらねば、失礼だろう」
気持ちが引き締まる。タエも晶華をしっかりと構え、体を低くした。大柄の相手は、ちょこまか動き回る相手はやりにくいはず。タエのすばしっこさを武器にして、隙を作り、一発でも打ち込みたい。
「行くぞ」
「!?」
見えなかった。昨日、戦った時よりも速かった。タエが黒鉄を捉えたのは、眼前に刀が迫っている時だった。咄嗟にしゃがみこみ、回避する。下段の構えより低くなったタエの体。そのまま黒鉄の後ろに回り込み、背中を狙った。
「遅い!」
彼は横目でタエの位置を確認し、腕を背中に回して刀で受け止める。
(剣さばきが異常すぎるっっ)
黒鉄と距離を取ったが、彼はたった一歩ですぐ前まで迫ってくる。
「さっきまでの威勢はどうした」
黒鉄は本当に容赦なかった。立て続けに打ち込まれ、それを受け止めかわす事しか出来ない。気迫と力で押され、後退している。
(これじゃあ、昨日と一緒だ!)
結末は簡単に想像できる。それは嫌だった。どうにか打開策をと考えるが、何も浮かばない。がつ、と足が何かに当たった。
(! これだ!)
タエは足に力を入れて踏ん張りながら、思い切り足元にあった拳ほどの石を黒鉄へ蹴り飛ばした。それは彼の横っ腹に見事命中。
「!」
驚いた黒鉄は、わずかに剣先がぶれた。その瞬間を見逃さない。
「だありゃあああっ!」
「ちっ」
タエは晶華を突き出した。どうせ彼は防いでくるだろう。それでも、着物を少しでも斬れれば良いと思っていた。
が。
「ああぁ!?」
ずべしょ。
気合の声から間抜けな声に変わったタエ。前日の雨で地面がまだぬかるんでいる場所があったらしい。そこに足を取られ、タエは見事にすっころんだ。今日はお腹が泥だらけになってしまった。
「あ?」
黒鉄の動きも止まる。
「え?」
ハナは肩ががくっとなった。
「……」
タエは動かなかった。否、動こうとしなかった。
「おい」
「……はい」
「何故起きない?」
突っ伏したまま動かないタエを見下ろし、黒鉄がふぅ、と息を吐いた。
「その、恥ずかしくて……」
ちん、と刀を鞘に納める音がした。タエの腕を掴んで、ぐいと引っ張る。
「ずっとそのままでいるつもりか。起きろ」
「うぅ」
渋々顔を上げると、顔も着物も泥だらけ。額は地面でぶつけて赤くなっていた。こんな姿を見れば、戦う気も失せる。黒鉄は苦笑していた。
「今夜はもう戻れ。ひどい顔だぞ」
オブラートに包まれない、ど直球の言葉。タエはあまりの恥ずかしさに涙が出そうだった。黒鉄は、自分の着物の袖でタエの顔を拭いてやる。
「わぷ。い、いいでふ。汚れますよ」
「気にするな」
ある程度の泥を落としてもらい、タエは礼を言った。
「ありがとう、ございました。もう終わりですか?」
「ああ。早く戻って、間抜けな顔を洗え」
「はぁ、かすりもしなかった」
叩きのめすと大見得を切ったが、この結果は痛すぎる。タエは肩を落としたが、黒鉄は首を横に振った。
「最後は正直まずいと思った。石を蹴ってくるとは思わなかったからな。あらゆる可能性を考え、最後まで諦めない姿勢は評価している」
「本当ですか!?」
「う……」
しゃべり過ぎたかと、黒鉄は目を逸らした。それでもタエはふにゃりと顔を緩めている。
「もう気は済んだだろう。ではな」
「あのっ、明日もお願いします!」
屋敷に戻ろうと踵を返した黒鉄に、タエが声をかけた。ぴたりと止まり、振り返る。
「明日も……?」
「私の目標は、黒鉄さんに勝つ事ですから。勝てるまで、毎日お願いします」
目を見開き、タエを見る。決して諦めない、強い光がその瞳には宿っていた。少し、口の端が緩む。
「俺がいる時は、相手をしてやる」
タエも笑顔になった。
「ありがとうございます!」
タエはハナと一緒に貴船神社の神殿へ戻って行った。それを、黒鉄は高い杉の木から見ていた。
「本当に、おかしな娘だ」
鴉天狗に協力を求める事はあっても、叩きのめしに来た代行者はそうそういない。
「あ、いたな。昔、一人」
決闘して、友となった代行者を思い出した。上を見上げる。夜ももうすぐ終わり。空が白んできていた。
「全て、繋がっている――か」
黒鉄の呟きは、まだ肌寒い風に掻き消えた。
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