27 道場破り
タエとハナはある場所を目指して、山の中を歩いている。
「お姉ちゃん、本気なんやね」
ハナはタエを見上げた。うんと頷くタエ。
「きっとこれが、次のステップなんやと思う。もう一段、強くなる為の」
ハナとの地獄の鍛錬は、身についている。基礎は十分過ぎるほどやった。そこから応用に変える術も身につけた。次は、今ある技術をもっと磨き、高める鍛錬が必要だと、タエは気付いたのだ。
「道場破り!?」
今より少し前。高龗神とハナは、目を丸くした。
「道場は、ないかもしれないですけど。黒鉄さんに負けたままではいられません。弱いって言われたままじゃ、やっぱり悔しいです。次は、私が行って、黒鉄さんを叩きのめしたいですっ!」
タエの決意表明に、高龗神はにっと笑った。
「やはり、お前は面白いのぉ」
「え、そうですかね?」
笑わせるつもりで言った覚えはないのだが。タエは少し恥ずかしくなった。
「馬鹿にしているのではない。タエは決してここで折れる奴ではないと、信じておった。鴉天狗の住処は、この神殿の奥にある道を真っ直ぐ行け。そうすれば見えてくる。思うようにしてみろ。あの堅物を叩きのめしてこい!」
「が、がんばりますっ」
上司に後押しされると、恐縮してしまう。しかも、やはり自分はとんでもない事を言ったのだと、今更ながら思ってしまい、黒鉄のイラつく視線を想像して背筋が冷たくなった。
ハナにも一緒に来てもらう事になり、二人で鞍馬山の夜道を歩いているのだ。様々な妖の気配がする。聖域なので邪悪な気配はないが、とても不思議な感覚だ。空気は澄み渡り、体が軽く感じる。感覚も、研ぎ澄まされそうだ。
「あ、あれかな」
遠くに門が見えた。とても大きい。道はその門へ続くものと、枝分かれして別の所へ行くものになっていた。
「真っ直ぐ行けば、見えてくるって言ってたから、あれやね」
ハナも同意する。近付けば近付くほど、門は巨大だった。
「歴史の古い一族か。すごいな」
圧倒される。門とその奥にちらりと見える屋敷の大きさで、鴉天狗の一族の大きさを垣間見る事ができる。タエの決意もしぼんでしまいそうになるが、首を振って余計な雑念を払い、大きく息をすると、拳を握り、門を叩いた。
「夜分遅くにすみません! 代行者のタエと言います。黒鉄さんはいらっしゃいますか?」
大声を張り上げる。あんまりしつこく門を叩くと怒られそうなので、しばらく待った。
「静かやね」
しんと静まり返る。もう一度呼ぼうかと思った時、すぐ後ろから声がした。
「何の用だ」
「うぎゃあっ!」
思ってもいない方角から声がしたので、タエとハナは可愛くない叫び声をあげ、門にへばりついた。呼ばれた黒鉄は、眉を寄せる。
「これくらい、気配で気付け」
「けっ、気配消してたじゃないですかっっ」
「心臓に悪い……」
まだバックバック心臓が暴れている。何とか落ち着け、タエとハナは冷静さを取り戻した。
「それで、俺に用か? 代行者を辞める覚悟でもしたのか」
「辞めませんっ」
「……ほう」
黒鉄の目を真っ直ぐ見据え、タエははっきりと言った。彼も昨夜のタエと雰囲気が違う事に気付く。瞳に力があった。
「辞めない覚悟を決めました! 黒鉄さんに弱いって言われないように、強くなります」
「どう強くなるのだ?」
タエはびしっと、人差し指を黒鉄に突きつける。
「黒鉄さんに勝負を挑みます。あなたより強くなって、叩きのめします!」
「たたき、のめ……ぶ」
黒鉄は思わず口を覆って、横を向いてしまった。肩がわずかに揺れている。
「え、笑ってます? えと、道場破りって言った方が良かったですかね」
タエは場違いな事を言ったかと、不安になった。ハナは、予想外な展開に、目が点になっていた。彼はふざけるなと、怒ると思ったのだ。黒鉄は深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。
「いや。お前は予想の斜め上をいくのだな。俺を越えるか。面白い。やってみろ」
黒鉄が一歩、タエへと近付いた。身長差がありありの二人。思い切り見上げる形になったタエ。それでも、要求を受け入れてもらえたので、笑顔になる。
「ありがとうございます! じゃあ、今から一戦目、お願い出来ますか?」
「良いだろう。ちなみにうちに道場はない。この山全てが修練場となる。本気で斬り込んで来い」
黒鉄が刀をすらりと抜いた。彼の刀は通常のものより刀身が長い。身長に合わせて長さを調節したのか、とてもしっくりくるとタエは思った。タエも晶華を抜く。
「もう、無様な姿は見せません」
門から離れ、二人が間合いを取り、相手の出方を見る。凛と張りつめた空気。ハナはヒゲがピリピリとしたが、不快ではなかった。純粋に、二人の戦いを見たいと思う自分がいる事に気付く。
「俺を退屈させるなよ」
「がんばります。お願いします!」
「いざ、参る」
タエと黒鉄が、同時に踏み込んだ。
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