25 一騎打ち
「ちょっ、まっ――!」
タエが止めるも、がきんと刃は交わった。タエも晶華を抜き、受け止めたのだ。黒鉄の力が強く、タエは後ろにじりじりと押される。後ろには、ハナ達がいた。
(こっちにいちゃダメだっ)
タエが刀を押して弾き、走り出し、ハナから離れた。黒鉄も翼を羽ばたかせ、タエを追う。
タエが振り返る時には、黒鉄がすぐ後ろで刀を振り下ろそうとしていた。
(速いっ!)
体を咄嗟に反らせる。タエの鼻先を刀が掠めた。一瞬遅れれば、間違いなく斬られていた。体をひねり、黒鉄から距離を取ろうと後ろに飛び退く。その間に晶華を弓に変え、打てるだけの矢を一気に打ち込んだ。黒鉄は冷静に、十数本の水の矢を斬った。一本も当たっていない。
「それなりに応用は効くか」
「黒鉄さんっ、どうして……」
「どうして?」
タエには戦う理由はない。今日初めて会った鴉天狗で、助けてもらった。刀を向けられる覚えはない。そして、タエは一つ違和感を感じていた。
(黒鉄さんからは、殺気を感じないのに――)
また距離を詰められる。刀に戻した晶華でとにかく身を守っていた。離れてもすぐに詰められ、打ち込まれる。
「お、ねえちゃ……」
ハナが動こうと手足をばたつかせた。タエの所へ行こうと必死だ。
「馬鹿野郎! まだ動けるわけねぇだろ、じっとしてろ」
トカゲがハナを抑えつける。
「真面目に戦え。お前がその気なら、まず相棒から消してやろうか?」
「!?」
ハナはまだ治療中だ。あの状態で戦えるわけがない。タエの目つきが変わった事に気付くと、黒鉄はにやりと笑った。
「それでいい」
「ハナさん達には、手出しさせない!」
タエも本気で斬り込む。上段、中段、下段と攻撃パターンを変え、体術も使い、足を払って黒鉄の体勢を崩すと致命傷にならない場所を斬りつけた。しかし、これも防がれる。
「お前の実力は、この程度か」
黒鉄が勢いを増した。タエの反射速度も上がっていた。普通の妖怪なら、追いつけない速度だ。それでも、鴉天狗の一族には敵わないのか。刀を左右に振られ、攻撃に転じることが出来なくなったタエ。構えもぐらついた。
「しまっ――」
ざくっ。
「……」
仰向けに倒れたタエの顔のすぐ左横に、黒鉄の刀がずぶりと刺さっている。刀身には、戸惑う色を浮かべた自分の顔が映っていた。右肩を押さえつけられ、身動きがとれない。黒鉄に見下ろされていた。その後ろには、星空が見える。
「今、お前は死んだぞ」
「!」
黒鉄が本気でタエを殺そうとしていれば、確実にやられていた。その事実に、全身が震えだす。
「俺の刀があと少しずれていれば、お前の心臓に突き刺さっていた。相棒を孤独にする所だった」
黒鉄の低い声しか、タエの耳には入って来ない。視界の端で、ハナが自分を呼んでいるようだが、聞こえない。目の前にある鋭い目から、視線を外せない。
「タエ、お前は弱い」
どくっ。
心臓が、大きく鳴った。
「弱ければ死ぬ。この地は妖がはびこる地。他の場所では、それでやっていけるかもしれんが、ここ京の地では通用しない。強い奴はいくらでもいるのだからな。それ以上の力が望めなければ、代行者を辞めろ。そんな者に、その仕事が務まるはずもない」
黒鉄がゆっくりと上体を起こし、タエから離れた。刀も鞘に納められる。
「さっさと楽になれ。弱い代行者など、ここにはいらん」
それだけ言うと、黒鉄は大きな翼を広げ、飛び立つ。鞍馬山へと帰ったのだ。タエはまだ動けずにいた。空をぼんやりと眺め、涙が一筋、頬を伝った。
「お姉ちゃんっ」
「はっ」
だいぶ声が出るようになったハナが、タエを呼んだ。その声でタエは我に返る。ようやく手に力が入るようになり、ゆっくり体を起こした。
「大丈夫か?」
トカゲがタエの所に来た。気遣ってくれているらしい。
「ありがと。トカゲさん、優しいね」
涙を拭いながら、無理に笑って見せた。全く大丈夫じゃないとバレバレだが、トカゲはそれ以上話題にしなかった。タエにはそれが有りがたかった。
「俺の名は白露だ。ハナの傷は治したが、ゆっくりさせた方がいい。神社へ戻るぞ」
見れば、ハナがしっかりと起きていて、タエを見つめている。木霊達も笑顔だ。ハナが助かったとホッとすると、堪えていた涙も一気に流れた。勢いで、白露に抱き着く。
「はぁ!?」
白露は驚き過ぎて、頓狂な声を出した。
「ありがとうございます。白露様……」
「ああ」
なんとか足を踏ん張り、立ち上がるタエ。木霊達にも礼を言い、泥だらけになってしまった着物を手に、白露の助けも借りて、ハナと一緒に神社へ戻ったのだが、この時の事をタエはあまり覚えていない。
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