24 龍の滝登り
「代行者、なめるなよ」
ざあざあと強い雨になり、強烈な雷も直撃している中、雷獣に喰らい付いているハナからの、強気な一言。
雷獣は、ハナがもう攻撃する力もないと思っているので、ただの強がりだと高を括っていた。ハナの首に噛み付き、もうすぐ焼け死ぬ所を見る算段だ。
ぐぐ……。
「!」
雷獣は気付いた。ハナの尻尾が、強化されたまま、元に戻っていない。肩の骨も砕かれ、血もかなりの量を失い、立っているのもやっとのはず。しかし、龍の鱗のような反り尖った尻尾の先は、雷獣を迷うことなく狙っていた。
「なっ」
どしゅっ。
声を発する間もなく、ハナの尻尾が雷獣の背に突き刺さった。勢いがあったのは最初だけで、落雷によるダメージのせいで、刺さったまま止まってしまう。
(いけ。このまま、ねじ込め!)
ゆっくりだが、確実に雷獣の体に食い込んでいく尻尾。雷獣もハナの牙で動けないので、あまりの痛みに身をよじった。雷が消え、ハナの体からは煙が上がっている。
「あああっ! 離せっ、離せぇ!!」
ハナの首から牙を抜き、叫び続ける。それでもハナは必死に喰らい付いていた。
(貴船の源流よ、私に力を!)
ハナが力を全身に籠める。
「“龍登滝”!」
ハナの周りに水が突如現れた。激しく地面に円を描き、ハナと雷獣の周りを回っている。そして、その円の内側で、下から上へ水が一気に噴き上がった。
「あぐっ!」
水流の勢いに、息が出来ない雷獣。まるで滝が、勢いそのままに逆流しているようだ。先ほどの雷獣の攻撃と同じように、術を発動しているハナにはダメージが全くない。激流の滝の中にいようと、ハナは呼吸が出来ているし、流されることもない。しっかりと地に足を付けていた。
「がぼ!?」
雷獣が驚きに目を見開いた。足元から何かが泳いでくるのが見えたのだ。それはスピードを上げて激流の下から登ってくる。その顔が見えた時には、雷獣はハナから離れ、激流に呑まれていた。
水で象られた龍が、ばくんと雷獣を一飲みにしたのだ。龍は水なので、雷獣の姿は外からでも見える。逆さの激流に乗り、龍はどんどん上昇していく。まさに、竜の滝登りだった。雷獣は、逃れられない龍の体内で浄化、溶解され、龍が空中で渦巻くと、ぱしゅっと弾けた。
雷獣が消えたので、雨もやみ、黒い雲も晴れていく。その中で、龍が弾けた水滴は、キラキラと地面に落ちていた。戦いは、終わったのだ。
タエも戻って来ていた。ちょうど龍が空へと昇っている時だ。ハナの必殺技をしっかり見るのは初めてだったので、龍の美しさに見惚れていた。が、ハナの状態を見て、血の気が引く。
「ハナさんっ!!」
「う……」
タエが駆け寄り支える。ハナは肩から血を大量に流し、その場に崩れ落ちた。ハナの体が徐々に小さくなる。巨大化が解けたのだ。タエも一緒に膝を付く。先ほどまでの雨で、地面がぐしょぐしょだが、汚れるのも気にしない。タエは自分の着物の帯をほどき、赤の着物を脱いだ。帯を地面に敷き、地面からの水をしみ込ませないよう、体が冷えないようにした。そして着物の内側で汚れていない部分を上にして広げ、ハナの傷口が泥に触れないようにして寝かせる。
「木霊っ、お願い! いたら力を貸して」
最初に逃がした木霊以外にも、まだ近くにいるかもしれない。タエが大声で助けを求める。すると、隠れて戦いを見ていた木霊が数人、出てきてくれた。ケガの部分に手をかざすと、温かい光がハナを包む。
「私達だけで、どれだけ治せるか……」
木霊の力も万能ではない。力の量には限界がある。大けがをしているハナを、完全に治せる自信がないのだ。
「それでも、出来る限り、やってみてくれる?」
「もちろんです!」
左手でハナの手を握り、右手で顔をなでる。小さくなった手や体は、冷たい。
「私の力をハナさんにあげるよ」
必死に念じてみるが、全く反応がない。タエは自分の無力さを痛感した。
(ケガを治せる力があれば……)
「死なないで。消えたらあかんよ……」
涙目で語り掛ける。ハナはわずかに目を開き、タエを見た。
「あたり、まえ……でしょ」
うんうんと頷くタエ。すると、清らかな気配が近付いてきた。タエがそちらを見れば、物凄いスピードで木々の間から飛び出して来た影が。
「!」
タエには見覚えがあった。
「あっ、あの時のトカゲ!!」
あの時とは、タエが代行者の勧誘を受けた夜、ハナを助ける為に戦った灰色の肌のトカゲの事。そのトカゲとよく似ている。大きさもコモドドラゴン級。今回は白い肌をしているが。
「あれは高龗神様が変化したもの。俺は彼女の式だ。ハナを治療しに来た」
言いながら、ハナの木霊がいる反対側に寄り添って寝そべる。
「木霊、お前達は引き続き、回復に力を注げ」
「はい」
トカゲの白い肌がぼんやりと光りだすと、ハナの苦し気な浅い呼吸が、少し楽になったように見えた。
「すごい……」
式神と木霊の力に感動して、タエが呟いた。
「トカゲは回復能力、体の再生能力に長けている。だから俺は、こういう時に駆り出されるんだ」
「ありがとうございます」
タエが素直に礼を述べる。トカゲは照れたのか、ふんと鼻を鳴らすが、真面目な顔をして、タエを見据えた。
「タエ、お前に用があるみたいだぞ」
「え?」
がさり。
音がした。そちらを振り向くと、黒く大きな影が茂みから出てきたのだ。タエは笑顔になった。
「黒鉄さん」
タエの後を追って来たようで、黒鉄は一歩、前へ出る。ハナが戦っていた場所は比較的開けた場所だ。そして、彼の手にはぎらりと光る物が。
「黒鉄、さん?」
不穏な雰囲気に、タエも笑顔が消え、立ち上がる。彼の名を呼ぶが、鋭い視線は、タエを射貫いていた。
「タエ、俺と戦え」
黒鉄が刀を閃かせ、一気にタエへ斬りかかった。
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