22 雷の獣
京都市から北東の位置にある、鬼門の近くに来た。山の頂上には、比叡山延暦寺が見える。いよいよ雲行きも怪しくなり、空がゴロゴロ言っている。どうやら、地上に渦巻く禍々しい気配が、雨雲を呼び寄せているようだった。
「何回もここには来た事あるけど、そんな奴らがいるって分からなかった。妖怪って、こんなに隠れるのがうまいの?」
タエがハナに聞いた。彼女もうーんと眉を寄せる。
「そこが厄介なのよね。弱ってる時に、私達に見つかれば終わりだから、隠れるのも必死。上級の妖怪ほど、気配を消すのがうまいわ」
「困るなぁ。……あれ」
タエが何かに気付く。代行者モードの時は、視力も格段にあがり、暗闇でも良く見える。比叡山の麓の辺りで何かが見えた。
「誰だろ。逃げてる人影!」
タエが指を差した方へ、ハナも急降下。木々の間から飛び出してきた影を、タエは受け止めた。
「木霊!?」
腕の中にいたのは、木の精霊、木霊だった。体長は二十センチばかりの小さな人型で、緑の着物を着た、ふんわり穏やかな性格の精霊だ。ケガを治す力に長けている。その木霊は、震えていた。
「た、助けて……」
「どうしたの?」
「あいつらが、仲間を――」
言い掛けた所で、ハナが大きく飛び退いた。茂みの中から、何かが飛び出して来たのだ。それは、ぐるる、と唸り、大きな牙をむきだして、涎をだらだら垂らしていた。大きさはトラくらいありそうで、でかい。白を基調とした毛に、黒い毛が縞模様を描いていた。黒い瘴気が周りに漂っている。
「ホワイトタイガー? こいつが、例の三匹?」
「でしょうね」
「こいつです! 仲間が喰われて、次は私――」
「高い木を伝って、鞍馬山の方へ逃げな。高様が保護してくれる」
「ありがとう、ございます」
タエが後ろ手で、木霊を逃がす。そして、晶華を抜いた。
「俺の獲物。邪魔すんじゃねぇ、代行者」
「悪いけど、黒い煙もくもく出してる奴を、見逃すわけにはいかない」
ハナが堂々と告げる。
「無礼な口を叩くな。我は白虎なるぞ」
「白虎は神。お前と一緒にするな」
ハナも巨大化し、牙をむく。周りにも目を光らせた。
「後二匹いる。気を付けて」
「分かってる」
タエも警戒した。辺り一帯、邪悪な気配が立ち込め、うまく気配が掴めない。それでも、視線を感じる。相手も出方を探っているようだ。
(出てくる瞬間。気配も強くなる。瘴気に惑わされるな)
心の中で、冷静に思考を巡らせる。一瞬でも気を緩めれば、喉笛を噛まれるだろう。タエも経験値を上げてきたが、今までにない緊張感があった。
たんっ!
「!」
軽い足音が小さく聞こえたと思った途端、雷獣がタエの目の前にいた。タエは持ち前の反射神経で避け、晶華を閃かせる。前足を斬りつけると、雷獣はよろめきながら着地した。
タエはそのチャンスを逃さない。一足で距離を詰め、首を狙う。
(いける!)
力を籠め、刃が首に届く寸前。
ドドオォン!!
「ああっ!」
落雷だ。タエの全身に電流が流れ、チリチリ毛先が焦げる音がした。目の前にいた雷獣は、体勢を崩したタエの頭を噛み砕こうと、大きな口を開けてくる。寸での所で体を捻り、転がりながら後退した。
「お姉ちゃん!」
睨み合いをしていたハナが呼んだ。
「いいねぇ。派手にいくかあっ!!」
ハナの前にいた雷獣も雷をハナへと落とす。飛び退くと、ハナがいた場所が黒々と焼けていた。
「“龍爪”、“龍尾”。仕留める!」
掛け声と共に、ハナの手足の爪に水が纏わりつき、大きな鍵爪に変化した。二本の尾も水を纏う。龍の鱗が反ったような形で、強固、長くなった。
ぽつ。雨が落ちてきた。
「おらあっ!」
タエが気合の声と共に、雷獣と対峙する。高龗神の加護のおかげで髪の毛先を焦がすくらいで助かったが、落雷を受けた衝撃は大きかった。それでも止まれば体を引き裂かれる。タエは決して止まることなく、動き続けた。
ドオンッ!
「ちっ」
晶華が届きそうになると落雷がタエを襲う。残った一匹が、どこからか様子を伺い、仲間を助けている。それが煩わしかった。きっと、ハナの事も見ていて雷を落とすタイミングを計っているだろう。
(隠れてる一匹が邪魔だ)
タエは茂みに突っ込んでいく。雷獣は、迷うことなくタエを追う。木々が密集する場所は、大きい体の雷獣には通りにくいものであったが、力任せに突き進んで来た。
「いた!」
高所から三匹目の雷獣を捕捉し、晶華を構える。
「晶華!」
タエの声に反応して、五本の晶華が現れ、地面に突き刺さった。
しかし。
ドドン!
「くそっ」
結界の中に閉じ込めようとしたのだが、結界用の晶華を落雷で散らされてしまう。力を行使できず、呼び出された晶華は消えてしまった。
「てめぇほどの奴に、やられるかよぉ!!」
雷獣が二匹同時にタエに向かってくる。タエは、晶華を前に突き出し、力を込めた。すると、今まで刀の形をしていた晶華が弓を象る。水から出来た矢を二本つがえると、間を置かずに射た。
「!?」
雷獣達は、タエが矢を射ると思わず、反応が遅れた。避けようとするが、一匹は腹をかすり、一匹は左前足の付け根に刺さった。
「あぐぁ……!」
足に刺さった雷獣は、高龗神の力が籠められた矢のせいで、苦悶の表情になり、タエから距離を取る。タエがこの雷獣へとダッシュ。もう一匹が木の陰に隠れた。隠れた雷獣の視界から、自分が見えなくなったと確認すると、タエは体を低くして刀に戻した晶華を振った。
「ぎゃあっ!」
ハナは雷獣の爪を折った。彼女の鍵爪は、雷獣のものより大きい。雷獣も雷の力を爪に籠めていたが、ハナの爪の方が強かった。爪での攻防で、雷獣の黒い爪が二本ばきりと折れたのだ。
しかし、水は雷を通す。ハナの爪を通して体内に電流が流れ、ビリビリと感電していたが、負けるわけにはいかないと、根性で踏ん張っていた。
(普通に戦っても強い。相性の悪い鴉天狗が、手こずったのも頷けるわ)
ハナのヒゲからバチっと放電される。背中の毛が逆立ち、足が震えていた。
「俺に、勝てると思うなよぉ!」
「はっ」
感電したせいで足が動かなかった。雷獣はハナの首に喰らい付いたのだ。
「ああっ!」
思わず痛みに叫んでしまった。ぐっと力を入れられると、肩の骨が折れ、血が噴き出す。首の骨は折られないよう、ハナも必死に力を入れた。
そして追い打ちをかけるように、ハナの首に噛み付いたまま、雷を落とす。雷獣は雷に打たれても平気なので、ダメージを受けたのは、ハナだけ。高龗神の加護を受けていても、雷の直接攻撃は加護の力を突き抜けてくる。
「うぅ……」
(私の体を中から焼くつもりだ……)
ハナの体が燃えるように熱くなる。ハナも初めて命の危機を感じた。
(ここで……こんな所で、負けてたまるか)
過酷な仕事である代行者になる誘いを、迷うことなく承諾したタエが脳裏に浮かんだ。
(私を一人にしない為に、お姉ちゃんは一緒に戦う事を選んでくれた。私が……お姉ちゃんを、一人にさせていいはずない!)
感電してうまく動かない口を、ゆっくり開く。そして、渾身の力を籠めて、雷獣の肩に噛み付いた。ハナは首を噛みたかったが、口が届くのが肩だった。雷獣の骨がミシッと鳴る。
「なっ」
ハナの反攻に、雷獣も驚いた。
「代行者、なめるなよ」
お互いに動く事が出来ない状況。落雷でハナを焼きにかかる雷獣と、一撃に全てを掛けようとするハナ。次の一瞬で、勝負がつく。
タエは雷獣の首に晶華を食い込ませた。このまま一気に振り切れば、両断できる。そう思うタエの後ろから、急速にもう一匹の雷獣が迫って来た。
「があああっ!!」
吠えながら雷を放電させた爪を、タエに向ける。タエはまだ首を落としていないので焦る中、爪は近付いてくる。ここで動けば、斬るのも、避けるのもどちらも中途半端になってしまう。
(まずい!)
タエは襲ってくる痛みに耐える覚悟をした。
ごぅっ。
「!?」
タエの周りに突風が突然吹き荒れる。タエは何が起こったのか分からない。目を瞑ってしまったタエの隙を付き、首が三分の一ほど斬れた雷獣は、命からがら晶華から逃れた。タエに爪を向けていた雷獣は、その突風で飛ばされ、木に体を打ち付けられる。
「ぐあっ。……貴様ぁ」
雷獣が苦々しく顔を歪めた。タエは思いがけない来訪者に、目を丸くした。
「あ、あなたは……」
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