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月夜の代行者  作者: うた
第三章
199/330

195 またね

ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます!

「タエ」


 高龗神達は、聖域の中心の庭で二人が来るのを待っている。そこへ向かう中、竜杏がタエに話しかけた。まだしっかり手は握っている。羽織の下に、カバンを肩から下げているタエ。タイムスリップした時と同じだ。重い。

「俺は、タエとハナ殿の為に、戦うから」

「竜杏……?」

 タエが彼を見上げる。ずっと見てきた横顔。最初は無愛想で、全然笑わなかった竜杏。今では、それが嘘のように、感情表現が豊だ。タエを見てくれるその顔は、優しい。

「俺が代行者を引き受けた、一番の理由だから。京を守るって事も大事だけど、根底にある気持ちは、忘れないようにするよ」

 タエは、ぎゅっと握る手に力を入れた。

「うん。それで良いよ。私も、ハナさんを一人にしないって気持ちが一番やったから。戦う理由は、それで十分なんやよ。ありがとう、竜杏」

 笑い合う。高龗神達が見えて来た。



「もう良いのか?」

 高龗神が腕を組んでいた。ハナと煉も一緒にいる。地面には魔法陣が敷いてあり、もう光っている。水面のような陣の中に、細い龍がゆったり美しい波紋を描き、泳いでいた。奥には祭壇があり、御神酒と榊、蝋燭が祀ってあった。その両側に、渓水と白露がいる。

「はい」

 竜杏が返事をした。

「高様。これが竜杏の髪の毛です」

 タエが紙に包まれた例の髪の毛を差し出した。

「これで、肉体の記憶は手に入れた。未来で待っておれ」

「はい!」

 タエは頷いた。そして、辺りをきょろきょろ見回す。

「白千様は、まだなんですね」

 戻っていたら、ここで怒られてから帰るかもしれないと、少々びくびくしていたのだ。

「あやつも、仕事はきっちりする奴じゃからな。ちゃんと全てを見届けてから、戻ってくるじゃろう」

「あの、戻ってからも言いますけど、白千様にありがとうと、すみませんでしたを、お伝えください」

「ああ。分かった」

 高龗神は笑っていた。


「さて、竜杏の晴れ姿を見ていくか?」


 タエとハナは、すぐさま反応した。

「いいんですか!?」

 タエとハナの目は輝いて、加えてハナは尻尾をぶんぶん振っている。タエのお尻にもご機嫌な尻尾が見えそうだ。

「竜杏を代行者にした後、二人を元の時代に還す。良いな?」

 心臓が、どくんと鳴った。少し、痛い。

「はい」

 タエとハナは、しっかりと返事をした。


「ハナ殿」

 竜杏は、ハナの前に膝を付く。頭から背中をなでる。ふわふわの触り心地は、初めて触れた時と変わらない。

「とりあえず、触り納めか」

 わしゃわしゃと触り続ける竜杏。名残惜しいみたいだ。

「世話になったよ。本当に、ありがとう」

「こちらこそ。楽しい時だったわ。代行者の仕事、頑張ってね」

 最後にぎゅうっとハナを抱きしめた。

「ああ。未来でまた会えたら、よろしくね」

「うん」

 ハナも竜杏の肩に顎を置き、頬ずりをした。くすぐったくて、嬉しくて、竜杏はもう一度ぎゅっとすると、体を離した。


「煉ちゃん」

「ん?」

 タエは煉の側に来る。煉は、タエの顔を見てホッとしていた。

「顔の火傷、消えて良かった」

「火傷したのは魂やったしね。もう治ったから、気にしんといて」

 そして、煉の頭をなでた。

「竜杏を、よろしくね。でも、危ない時は、逃げていいから。勝つ為に逃げる事は、弱い事じゃないからね」

 タエの想いがよく分かるので、煉もきりっと眉を上げて、頷いた。

「分かった。竜杏は、俺がしっかり面倒みるからな!」

「うん!」

 タエと煉が笑い合った。ハナと竜杏も彼らを見て微笑んでいる。



「別れは済んだか? じゃあ竜杏、いくぞ!」


 高龗神が右手を持ち上げ、人差し指を竜杏に向けた。そして、竜杏の額に当たると、彼の体が光り輝く。あっという間に光は強くなり、次の瞬間には、消えた。

「……?」

 竜杏は、眩しくて目を瞑っていた。ゆっくり視界が開けると、タエ達が自分をじっと見つめている。瞳が、キラキラしている。

「――かっこいい!!」

 タエが吠えた。

「え?」

 竜杏は、自分の手を見ると、手の甲に籠手が装着されていた。

「まぁ、見て見ろ。“水鏡”」

 高龗神が空中に鏡を呼び出した。その姿見は、竜杏の全身をくっきり映し出していた。



 一番上の着物はベスト状で、薄緑の生地に金糸で見事な龍と水の波紋の刺繍が施されている。その下は白地の着物で、長袖には袂がなく、その袖の上には、肘から先に籠手が装備されていた。そして、赤く細い帯でウエストを締めている。襟を重ねず真っ直ぐ下に下ろしたベストの下半身部分は膝下までの長さ。白の着物の下部分は太ももまでの丈で、そのまま着流し、黒のズボンを穿き、すね当ても装備している。

 そして、後頭部の髪の毛の一束が長く伸び、ポニーテールのようにくくられている。腰の辺りまで揺れて、龍の尻尾のようだ。



「色は違うけど、お姉ちゃんの着物の形と似てるね」

 ハナが素直な感想を言った。タエはぶんぶん首を縦に振っている。

「写真撮りたい! けど映らないんだよなぁ。残念!!」

 目に焼き付けようと、ガン見している。

「やっぱり緑は竜杏の色だな。似合ってる」

 煉も頷いていると、右腕が突然光りだし、熱くなった。

「何だぁ!?」

 光が消えると、二の腕に、金の環がはめられたのだ。煉は驚いている。見れば、竜杏の右二の腕にも同じ環が。

「二人の絆の証じゃ。絆がある限り、その環が消える事はない」

 高龗神の言葉に、タエとハナは顔を見合わせた。未来でも、煉はずっとその環を着けていた。主がいなくなった場合、残された者は解き放たれる。自由の身になれるのだ。しかし、竜杏が消滅しても、彼はずっと煉のままでいた。それだけ、竜杏を想っている事が窺い知れる。

「二人の関係、最高やね」

「うん」

 金の環を互いに見せ合って喜ぶ二人を見ながら、タエとハナは顔を綻ばせた。


「竜杏、愛刀の名は決めたか?」


 高龗神が聞いてきた。そういえば、竜杏の着物や装備は完璧だが、肝心の刀がどこにもない。

「はい。決めました」

 竜杏は、迷いのない目を向けている。

「ならば、呼んでみろ。刀が答えてくれれば、そなたの前に現れる」

 一同、固唾を飲んで見守った。


白桜はくおう!」


 竜杏が呼んだ。すると、彼の目の前に光が現れ、刀の形を成していく。竜杏が両手を出すと、ゆっくりと降下し、その手に収まった。鞘と柄は白く、銀の竜が彫られ青い石が埋め込まれている。そして鍔は、銀の繊細な装飾がされており、そこに桜の花びら一枚の形が入っていた。

「白い桜か。なぜその名にしたんじゃ?」

 高龗神の純粋な質問に、竜杏は少し頬が赤くなる。

「……タエとハナ殿に関わる事を、名前にしようと……」

 あまり深くつっこまれると、照れてしまう。ハナが、そうかと声を上げた。

「桜はお姉ちゃんが好きな花だもんね。で、私は白?」

「白い犬だし、その毛並みが好きだから」

 竜杏の言葉に、ハナの尻尾は元気に振られる。余程嬉しかったらしい。

「ありがとう、竜杏。刀も私のと似てるね」

 ずっと共に戦ってきた妖刀は、新しい名前と姿を得て、輝いていた。

「夫婦は似るものじゃからな」

 そして、高龗神はタエとハナに向き直った。


「それでは、そなたらをもう元の時代に還さねばならん。同じ時に、違う時代の代行者が存在しては、ならんからの」


「はい」

 二人は魔法陣の中に入る。タエはカバンの紐をぎゅっと握った。

「今日まで、代行者の代理、ご苦労であった」

 渓水が声をかけてくれた。白露も頷いている。

「いえ。とても勉強になりました」

 タエとハナはそう答え、礼をする。高龗神が魔法陣の側まで来ると、その隣に、竜杏と煉が並んだ。


 タエと竜杏は見つめ合う。


 何かを言わなければならないが、うまく言葉が出て来ない。魔法陣が強く光りだした。

「タエ、ハナ! 会えて良かったぞ」

 高龗神が美しい笑顔を見せてくれた。

「じゃあな」

 煉が手を振ってくれる。

「ええ。未来でね! 高様、ありがとうございました!」

 ハナが大声を上げた。


(涙はいらない。未来で会えるから。だったら……)


「高様、お世話になりました。竜杏、煉ちゃん!」

 タエの声に、二人と目が合う。



「またね!!」



 最高の笑顔を見せた。煉も手を振ってくれ、竜杏は、微笑んでくれた。


「ああ。またね」




 彼らの姿が光に掻き消える。タエとハナの視界は、再び真っ白になった。


読んでいただき、ありがとうございました!

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