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月夜の代行者  作者: うた
第三章
198/330

194 たった一人を愛す

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 明るくなった竜杏の屋敷の庭。妖怪の襲撃など、まるでなかったかのように、辺りはしんと静まり返り、鳥が空を飛び出した。ゆきは立ち上がり、塀の上にいる榊の長老精霊に話しかける。

「あの、もう妖怪は来ませんか?」

「ああ……。太陽が戻れば、邪悪な者は出て来れん。皆、傷の手当は済んでおるな?」

「はい」

 重症だった者も、木霊のおかげで回復している。ゆき達の側にいる者は、二人の話を聞いていた。

「ならば、家に帰っても良いじゃろう。家を壊された者は、皆で協力して建て直すのじゃぞ?」

「はい!」

 この場にいる全員が、一丸となって、傷の手当てをし合い、励まし合った。恐怖を共に乗り越え、チームワークが生まれていた。それぞれが強く頷き合い、気持ちを一つにする。動ける者が、庭を片付け始めた。

「あの、榊様……」

「何じゃ?」

 ゆきは、不安な気持ちで口を開いた。

「御館様達は……帰って来ますよね?」

「……」

 榊の長老は口を閉ざした。竜杏の魂の気配は独特なので、この世を去った事を感じ取っていたのだ。ゆき達も、いつかは知る事。しかし、真実は自分が語るべきではないと判断した彼は、一言だけ言った。

「今は、そなた達の出来る事をしようか」

「榊様?」

 ゆきは、首を傾げた。

「兵達が戻れば分かるじゃろう。それまでは、己がすべき事をしておこう」

「そうですね。薬箱をまとめてきます!」

 元気に片付けの輪に入るゆき。後ろ姿を見ていた長老は、表情を曇らせた。その笑顔が、涙に濡れる事に、胸が締め付けられたのだ。





「う……ん」

 タエが目覚める。ここは高龗神の神殿にある一室だ。畳が部屋一面に敷かれている和室。ここで高龗神に魂を抜いてもらい、戦に赴いた。なんだか、体に戻るのが久しぶりな感じがする。それほどまでに、濃い戦いだった。

 すぐ横には、竜杏が腰を下ろし、タエを見下ろしていた。

「おはよう」

「体は寝てたもんね。おはよ」

 起き上がり、腕を回して体をほぐす。着物の上に高龗神の羽織を着ているので、聖域の中でも動く事が出来る。

「今、一瞬やけど、御屋敷の庭に、ゆきちゃん達がいた」

「ゆき達?」

 頷くタエ。

「町の人達が、避難してた。明るくなって、ホッとしてる感じやったよ。夢ってわけじゃ、なさそう」

「そうか。晴明が、ちゃんとやってくれたんだな」

 二人はホッとしたが、申し訳なさを感じていた。

「俺達が戻らないから、ゆきと佐吉は、悲しむだろうな」

「うん。でも、代行者の竜杏を見せてあげてよ。きっと驚くよ。私は、帰れなくてごめんねって、伝えてくれる? 会いたかったよって」

「ああ。ちゃんと伝えるよ」

 竜杏は、部屋を見回した。

「部屋全体に畳を敷いてるなんて、珍しいね」

「未来でも、和室はこんな感じやよ。この部屋は、お酒に酔った高様を寝かせる部屋として使ってるの」

 タエは、くすりと笑った。竜杏は、え? と片眉がぴくりと引きつった。

「高様は、お酒が大好きなの。双風道様と飲み比べをした時は、後が大変だったな。あと、年に一回ある出雲の会議の時ね。会議が終わると宴会だから、べろんべろんに酔って帰って来るんよ」

 遠い目をしたタエ。

「すんごい絡み酒で、酔った時の寝相はかなり悪いんよ。まぁ、結界を張って大変なのは式神の皆さんやから、直接の被害はないと思うけど。まぁ、がんばって」

「へ、へぇ……」

 とりあえず情報をもらったので、心の準備は出来る。竜杏はそういう時がいつか来るのだと、しっかり覚えておこうと思った。

「えっと、それから忘れないように、ちゃんと用意しておかなきゃね」

 言いながら、タエはカバンをごそごそして、紙で包まれたモノを二つ出した。

「こっちは、指輪と写真が入ってる」

 竜杏に渡すと、大事そうに懐に入れた。

「もう一つの、これは?」

「……竜杏の髪の毛」

 少し恥ずかしそうに言った。散髪した時の髪の毛。タエは大事に取っておいたのだ。

「これが、俺の体の元になるんだな」

 不思議な感じだ。そして、ふと何かを思い、タエに問う。

「ねぇ、白い紙って、まだ余ってる? 何枚か欲しいと思って」

「あるよ」

 カバンの中を探り、それを見つけた。戦いには使わないからと、カバンの中に入れていたのだ。横に置いてある巾着には、神水の小瓶だけが入っている。絶対にちぎれない紐は、平原で失くしてしまった。

 貴船の神水に浸し、乾かした白い紙。高龗神の神力が宿る紙は、十枚ほどある。それを全て竜杏に渡した。

「タエも使うだろ? こんなに悪いよ」

「必要になったら、またもらうから。持ってて良いよ。足りない時は、高様に頼んでね」

 竜杏は、大切そうに持った。

「ありがとう」


「千年くらい、待たせるね」

「千年か。長いな」

 これから竜杏は、約八百年、代行者の仕事に就くのだ。タエが生まれるのはその二百年後。タエは申し訳なくて、不安だった。

「神様の御使いは、美人さんばっかりだから、竜杏は人気者になるよ」

 高龗神から、初めて竜杏の話を聞いた時、わざわざ竜杏を見に来る使いの者がたくさんいたと言っていた。アイドル並みの人気だったと。タエは自信がなくなっていた。

「気が移っても、しょうがないと思ってます」

 竜杏は不思議そうな顔をしていた。

「高様に、俺の事聞いたの? 浮気したって?」

「え?」

 記憶を辿る。タエは首を横に振った。

「言い寄って来られても、『興味ない』って言ってたって。確か、高様がふざけて口説いても、見向きもしなかったって」

「え、ふざけて口説かれるの?」

 眉を寄せて渋い顔をする竜杏。

「ふふ、酔ってる時かもね。……ずっと、奥さん一人を、愛してたって……」

「じゃあ、心配ないじゃないか」

 竜杏は、タエの頭を優しくなでた。タエは彼を見つめる。

「俺は、奥さんしか愛さないよ」

「あ……」

 今更気付いた。高龗神に聞いた昔話は、ずっとどこかの誰かの事を言っていると思っていたのだ。

「それ、私――?」

 竜杏は、吹き出していた。

「くく。今、気付いたの?」

 じわじわと体が熱くなる。嬉しすぎて、叫びたい気分だ。タエは竜杏に抱き着き、喜びを表現した。竜杏も抱きしめ返してくれる。彼の魂は、温かい。


 タエは竜杏の温もりを感じながら、現実を直視しなければならなかった。もう少しで、自分は元の時代に帰る。

(竜杏と……離れる……)

 魂の欠片はタエ自身が持っているが、それでも、目の前にいる竜杏と離れてしまう事は、正直に辛い。

(話さなきゃ。後悔しないように)

「あと、何話さないとダメだっけ」

 代行者については、もう全てを教えている。好きだという言葉は、いくら言っても言い足りない。

 抱き着きながら、うーんと考え込むタエを見て、竜杏が口を開いた。



「未来で俺が復活したら、タエは何がしたい?」



「え?」

 タエは体を少し後ろに引き、竜杏の顔を見た。手を握られる。タエの左薬指には、二つの指輪がきらりと光る。竜杏は、優しい笑顔を見せてくれた。

「タエは、未来で俺と何がしたい?」

「未来……で」

 今まで考えた事もなかった。ずっと彼の屋敷に帰る事しか考えていなかった。大好きな人達と一緒にいたいと、そればかりを思っていたのだ。

「……一緒に、出掛けたい」

 タエは、ぽつりぽつりと話し出した。

「買い物して、映画も見たい。遊園地に行って騒ぎたい。美味しいモノ食べて、楽しい事をして……竜杏と、一緒に――」

 映画や遊園地という言葉を、竜杏は知らないが、口からどんどん溢れて来る。タエの言葉を、彼はうんうんと聞いていた。

「それ全部やろう。タエがやりたい事、全部。もっと考えといて」

「うん!」

 竜杏が顔を寄せる。タエは自然と目を瞑った。唇が触れ、どきどきと心臓が高鳴った。いつも嬉しくて、少し恥ずかしい。しかし、もっとと欲が出て来る。まるで中毒だ。

 角度を変え、何度も交わす内に、どんどん深くなる。


「……はぁ」

 息を切らして、少し距離を取ると、竜杏は小さくため息をついた。タエの肩に顎を置いて、ぎゅっと抱きしめる。

「竜杏?」

 頬を朱に染めたタエは、竜杏の背中に手を回した。彼の広い背中に、またドキドキする。

「今、必死に我慢してる」

「我慢?」

「……押し倒したら、離したくなくなる」

「おし――!」

 タエは顔が真っ赤になった。竜杏は、タエの顔を見てふっと笑った。

「期待した?」

「うっ……」

 少し意地悪な顔。自分の考えなど、お見通しな彼には敵わないと、何も言えなくなる。

 竜杏はタエの額に口付けた。

「続きは未来でね」

「うん」

「タエ、愛してる」

「竜杏、私も、ずっと愛してる」



 もう時間だ。これ以上一緒にいても、離れられなくなるだろう。そう思った二人は、手を繋ぎ、部屋を出た。


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