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月夜の代行者  作者: うた
第三章
197/330

193 聖域にて

ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます!

 貴船神社が小さく見えた。タエ、ハナ、煉の三人は、鳥居を抜ける。そして、聖域に戻って来ると、本殿の前に高龗神がいた。


 タエはハナの背から下りると、ゆっくり歩いて進む。まだ右足がひょこひょこしていた。ハナも普通サイズに戻る。


「よくぞ戻った」

 高龗神は、二人を労う。しかし、タエもハナも、笑顔で答える事が出来なかった。

「タエ。よく心を制御し、人を斬らなかったな。よくやった」

 高龗神の言葉に、タエは泣きそうになったが、懸命に堪え、ぎこちない笑みで頷いた。

「はい……。竜杏の魂です」

 タエが差し出すと、高龗神は、緑の魂を手に取った。

「間違いなく、受け取った。ご苦労じゃったな」


 高龗神の手の上で、魂が強く光ると形が変わる。それは、人の形となり、タエの前に降り立った。

「タエ」

「竜杏!」

 変わらない竜杏の姿。霊体となった彼は、ゆるりと微笑んでいた。タエは両手を出し、抱き着こうとしたが、足に力が入らず一歩が出ない。その場に崩れ落ちそうになった所を、竜杏が抱き止めた。共に膝を付く。

「本当に、感謝してる。壮六の事も、ありがとう」

「りゅう……うあぁっ!」

 たまらず涙が溢れた。タエが壮六に言った言葉は、竜杏にも聞こえていたのだ。タエが自分の気持ちを押し殺して、壮六の心を救った事に、頭が下がる思いだった。

「ごめんなさい。守るって言ったのに。皆で御屋敷に、あの縁側に帰るって……。私――一番守らなきゃいけない人達を……守れなかった……」

 ハナも側に来て、お座りした。彼女も眉を寄せている。煉も悔しそうに、宙に浮いていた。竜杏は、二人の頭を優しくなでる。

「気にしなくて良いって言ったろ。皆が必死に戦ってくれた事は、俺と藤虎が一番良く分かってる」

 大泣きするタエの背中を、子供をあやすようにさする竜杏。

「もう、泣かなくていいよ」

「う゛う゛……」

 ずびずび鼻をすすり、目をこする。しゃくり上げながら、なんとか泣き止んだ。


「タエ、ハナ、先に傷の手当てをしろ。木霊、頼む」


 高龗神が木霊を二人呼び、ハナの背骨と、タエの足首の治療を始めた。

「折れてるくせに、よく全力で走れたな。ハナ、お前は背骨にひびが入っておるし」

 高龗神は感心しながらタエとハナを見下ろしている。竜杏は、愕然としていた。

「タエ、足首折れてるの!? 捻挫だって言ったのは嘘だったんだね。ハナ殿も無茶して……」

 藤虎の側で休憩していた時、タエは捻挫だと言っていたのだ。

「無茶するよ。竜杏の為だもん。あの時も、ちょっとはくっついてたはずやよ」

 タエが頬を膨らませた。右足が地面に着く度、激痛が走っていたが、ショックの方が大きくて、あまり気にならなかったのだ。

「私も、必死であんまり痛みを感じなかったから。いてて。今になって痛むわ……」

 高龗神は眉を寄せ、困ったように笑う。彼女は、我が身を削ってでも、大切な者の為に走り続けた二人を、とても愛おしく感じていた。


「二人とも、本当にすごいな……」

 そっとタエの足首に触れる。眉を寄せたタエと竜杏は見つめ合い、微笑み合った。


「で、そなたが煉じゃな?」


「!」

 煉の車輪がぼんっと煙を上げた。こんなに神様に近付くのは初めてなのだ。高龗神の神々しさというか、迫力に、若干怯える。

「取って喰いはせん。ふぅん」

 煉と視線を合わせ、じぃ、と顔を見つめた。どうすればいいのか、煉はじっとしている事しかできない。

 にっと笑う高龗神。


「うむ。良い面構えじゃ!」


「へ……」

 戸惑う煉の頭をぽむぽむ叩くと、車輪から炎がぼっぼっと出た。煉の頭がスイッチみたいだ。

「竜杏との絆も強い。炎も上質。戦いぶりも見ておったが、文句はない。代行者の相棒として、これから頼むぞ」

 高龗神も満足気に腕を組んだ。褒められた事に気付くと、煉は腰に手を当て、胸を張った。

「お、おう!」

「煉。神様なんだから、敬語を使いなさい」

 治療を受けながら、ハナが注意した。煉はちょっと考える。

「は、はい?」

 何故か疑問形になった。おかしくて吹き出す高龗神。

「良い。堅っ苦しいのは嫌いじゃ。常識の範囲内なら許す。タエとハナが呼ぶように、“高様”と呼んでくれて構わんぞ」

 煉の顔が、ぱあっと明るくなった。

「おう、高様!」

 すっかり高龗神に心を許した煉。竜杏がそれ見て、ふっと笑った。

「俺も、とうとう代行者になるんだな」

「うん。出来れば、もうちょっと後が良かったけどね」

 治療を終えたタエが、寂しそうに言った。竜杏は眉を寄せる。

「戦がある限り、遅かれ早かれ、同じ事になってたと思う。後は、未来に期待するだけだよ」

 そっと、タエのお腹に触れた。そこには、切り離した竜杏の魂が入っている。タエも手を重ねた。

「ちゃんと、未来に連れて帰るからね」

「うん」


 タエは、ようやく頭が冷えて冷静になると、一つ、大事な事を思い出した。

「あぁっ!!」

 一気に焦り、全身の毛穴が開いて汗が噴き出した。

「どうしたの?」

 竜杏が首を傾げる。ハナと煉も、何だとタエを見ている。


「竜杏の刀……忘れた」


「あっ!」

 竜杏も思い出して声を上げる。

「写真と指輪はカバンに入れてたけど。やってしまったぁぁ……」

 タエは頭を抱えた。絶対に忘れてはいけなかった竜杏の刀。高龗神にも言われていたのに、戦や竜杏と藤虎の死、魂を連れて行く事で頭がいっぱいで、刀の事をすっかり忘れていたのだ。

「取りに行ってくる!」

 タエが立ち上がった。あわあわと慌てふためいているタエを、竜杏がなだめる。

「タエ、落ち着いて」



「コレの事か?」



 皆が高龗神の方を向くと、彼女の前に一振りの刀が浮いていた。そして、手に取り、刀をひとなでする。竜杏の前に来ると、その刀を差し出した。

 霊体の竜杏にも触れられた。確認すると、驚きの表情を見せる。

「俺の刀だ。間違いない。あ、あの、ありがとうございます」

「白千が送ってくれたぞ。タエ、白千を盾に使うとは、なかなかやるのぅ」

「ああ……」

 「まったくもう」とぶつぶつ言う白千が、目に浮かんだ。そして怒っているだろう。タエは、がっくりとうなだれた。

「白千様にお礼を言って、怒られます……」

「まぁ、小言は言われるじゃろうな」

 おかしそうに笑う高龗神。ハナも治療を終え、木霊に礼を言っている。

「お前達、少し休息を取ると良い。タエ、体に戻っておいで。長く時間は取れんが、竜杏と二人きりにしてやるよ」

「え」

 タエと竜杏は、高龗神を見た。



「一先ずの別れじゃ。話しておきたい事もあろう?」




読んでいただき、ありがとうございました!

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