190 打刀
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綱と貞光は、森に避難した馬を探しに行った。ずっと一緒にいた馬なので、彼らが呼べばすぐに見つかるはずだ。
竜杏は、藤虎に自分が着ていた鎧をかけ、体が汚れないようにした。痛々しい傷跡を見えないようにしたかった事も、嘘ではない。藤虎も幸成と同じく、穏やかな表情で、眠っているように見える。幸成の着物はその横に置かれていた。
「お姉ちゃん、もう足折らないでよ」
「分かってるよ。ハナさんも、背骨気を付けてよね」
「そうだぞ。お前らが動けなかったらどうすんだ」
タエはハナと共に、藤虎の傍らに座っていた。二人共、まだ患部に痛みがある。魂が傷付いているので、生身の体よりも回復が速いとは言え、まだ時間がかかっていた。煉はだいぶ回復したので、宙に浮きながら、腕を組んでうんうんと頷いている。傍から見れば、タエとハナが煉に説教を受けているようだ。
竜杏は、そんな三人を見て、ふっと笑みがこぼれる。縁側で、皆と他愛もない話で笑い合っていた時みたいだと感じたからだ。しかし、藤虎を見ると、心臓がじくじくと痛い。油断すると目頭が熱くなる。
妖怪達も、ゆっくりと、こちらに集まりつつあった。彼らも傷ついている。腕を押さえる者。足を引きずっている者が目立つ。
「帰ったら、皆を手当てしてやらないと」
「そうやね。竜杏の薬は、良く効くから」
タエが頷く。竜杏が平原を見つめていると、ふと、ある事に気付いた。
「壮六?」
兵達は先に都へ向かわせたはず。しかし、壮六だけがこちらに向かって歩いて来ているのだ。タエ達も不思議に思い、首を捻る。
「どうしたのかな?」
「竜杏に話があるのかも」
タエとハナが口々に言った。
「先に行った皆に、何かあったのかもしれない。ちょっと行ってくる」
竜杏がタエから返してもらった刀を腰に携え、小走りに壮六へと向かった。
保昌は、ようやく体を動かす事が出来、刀を杖代わりにゆっくり歩きだしていた。
「いてて。しばらく療養が必要か……。ん?」
上官である竜杏の所へ行こうとしていると、竜杏が向かって来るのだ。どうしたのかと周りを見れば、妖怪に追われて逃げて来た村人の壮六が、目の前を横切って行く。竜杏が来ると気付き、彼も走り出したようだった。
「……え?」
保昌は、自分の目を疑った。壮六をもう一度見た時には、もうだいぶ前に進んでいる。
「おい、見つかったか?」
「いや」
「突風に煽られた時に、落としたのか?」
「分からない。その後、気絶したからなぁ……」
森の中、兵達は全員の状態を確認した。亡くなった者は、兵と村人合わせて三人。重傷者もいたが、他はなんとか命を繋ぎとめた。そして、いなくなった壮六と、なくなった物を、動ける者達が探していた。困った顔をしている兵が、大事な物を失くした張本人。
「どこを探しても見つからない。……俺の打刀」
打刀とは、武士に仕える兵が腰に差す、短刀だ。
「つ、綱様! 来てはいけない!」
保昌が焦ったように声を上げ、痛む体に鞭打って、よろけながらも走り出す。それでも、いつものスピードの半分も出せていない。全然、壮六に追いつけないのだ。風が強く吹き出した。
「綱様ぁ! くそっ、風で聞こえないのか!!」
「ん?」
ハナの耳がぴくりと動いた。遠くを見る。タエと煉は、ハナの視線を追う。
「ハナさん、どうしたの?」
「保昌が、何か叫んでる……」
タエが竜杏を見た。竜杏の姿で壮六は見えない。ハナは犬なので耳が良い。強い風で聞こえづらいが、耳をすませた。
「戻ったぞ」
馬を連れて、綱と貞光が帰って来た。
「お帰りなさい。今、ハナさんが……」
タエが説明をしかける。二人は黙って様子を見た。
「綱様っ、その者は――!!」
「!?」
保昌の言葉を捉え、思わずハナが立ち上がった。背骨が痛み、少し顔を歪ませる。しかし、そんな事を言っている場合ではない。
「ハナ様?」
貞光が眉を寄せたが、ハナの表情を見、ただ事ではないと察したタエと煉。ハナが言う前に二人は飛び出していた。
「皆!?」
二人は驚いてタエ達を見た。タエは晶華を構えている。ハナも続いた。
「俺達も行こう」
「ああ!」
綱と貞光は、自分達の馬に乗り後を追った。
「竜杏を止めて。早く!」
ハナがそれだけ言うと、タエと煉はスピードを上げる。まだ右足は治っていない。それでも、走らなければ。
「竜杏、止まって! お願い、間に合って!!」
「渡辺様」
顔が大きく見える位置に来た時、壮六が竜杏を呼んだ。
「壮六、どうした? 皆に何か――っ!」
壮六が手元を隠し、走って来た勢いのまま、竜杏に体当たりした。竜杏は、体に鈍い痛みを感じて言葉が途切れる。感じたのは体の中心。そこがどんどん熱くなる。
壮六は、一歩下がった。両手には、紅く染まる布が巻かれた物。布から覗いたのは、鋭く銀色に光る、刀だった。兵が探していた打刀だ。
静かだった森が、ざわりと騒ぐ。
「くっ……」
竜杏は、右手で胸を押さえた。刀を体から抜いたせいで、血がどんどん流れて来る。手がぬるりとした。左手で壮六の肩を掴むと、浅く小刻みになる呼吸を落ち着ける。
「壮六……なぜ……」
「嵐に巻き込まれて、家族同然の仲間が死んだ……。暴れてた妖怪も、死霊の軍も、皆あんたを狙ってたんだろ?」
壮六の手は震えていた。竜杏は、はっと彼を見た。
――全ては、あの男がいたせいで、妖怪がここに集まったんだ。お前の仲間が死んだのも、あいつのせい。妖怪を遠ざけたいなら、あの男、渡辺綱を……殺せ!――
不思議な声が、壮六にこう話したのだ。
「あんたの命を狙って、妖怪どもは村を破壊して行った。俺達の大事なモンを奪っていった! 返せよ。村も、命も、みんな返せよぉ!!」
壮六は涙を流して訴える。竜杏は一瞬、言葉を失ったが、ゆっくり息を吐いた。
「そうか……。すまない。そうだ。全部、俺のせいだ」
「なっ――」
素直に認め謝罪した竜杏に、壮六は驚きを隠せなかった。今まで見てきた武士は、自分の過ちを認めず、横柄な態度を取る乱暴な者ばかりだったからだ。
「奪った命を、返せなくて申し訳ない……」
足先が冷たくなり、感覚がなくなってきた。壮六の肩から手が外れ、がくりと膝を付き、竜杏は崩れ落ちた。
「竜杏!!」
タエの悲鳴が、平原に響いた。
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