188 命がけ
ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます!
(早く……早く!)
タエは竜杏の元へ走る。しかし、なかなか前に進めない。いつもの脚力なら、スピードに乗ってあっという間に着いていた。うまく足が動かないのだ。竜杏の所にまだ着かない。それでも、動く事を止めない。
「お姉ちゃん……、走り方がおかしい」
後ろにいるハナが追いついてくる。ハナが一目見ただけでもタエの走り方が、いつもと違う事に気付いた。
「お姉ちゃん! 右足――」
隣に並んだハナ。タエは右足がひょこひょこしていたが、スピードは普通の人間よりも速い。だが、今求めている速度ではない。タエは必至の形相で、ハナを見る。今にも泣きそうだ。
「ハナさん……!」
「乗って!」
「お願い!!」
巨大化するハナ。彼女も背骨を傷めている。それでも、ハナの方が速いとタエも分かっているので、飛び乗った。
竜杏は刀を持ち、構えるが、鬼の動きの方が速かった。防御に対応出来なかったが、鬼の爪先は、彼の目の前でぴたりと止まっている。
「っく!」
「幸成!」
幸成が竜杏の前に出て、鬼の腕を止めたのだ。左脇で挟み、しっかりと掴む。肘までしかない右腕も使って、体全体で固定する。両足をぐっと踏みしめ、鬼の動きを止めた。
「今の内に、頭を斬って!」
幸成の言う通りに、竜杏は彼が止めた鬼の腕に飛び乗り、駆け上がって行く。太い腕は思ったよりも安定していて、竜杏は首に狙いを定めた。
迷いのない一筋の閃き。彼の刀は、間違いなく首に届くはずだった。
「こんの……」
鬼も急所を狙われては敵わないと、左手で竜杏の刀を受け止めたのだ。鬼の手の平に食い込み、ギチギチと刀が音を立てる。
「固い!」
竜杏の剣の腕でも斬れない固さ。鬼はそのまま左手をぐっと閉じ、刃を握ると、真上に振り上げた。
「!?」
竜杏は何が起こったのか、一瞬分からなくなる。上へ一気に放り投げられ、刀から手が離れてしまった。体が宙に浮く。全てが真下に見えた。
鬼の腕を抑えたまま、見上げる幸成。
視界の端に捉えた、タエとハナの姿。
藤虎が、何かを叫んでいる。
綱と貞光の、悲痛な表情。
竜杏には、全てがゆっくりと見えていた。
「……ああ、そんな!」
保昌が悲鳴に似た声を上げる。彼も嵐に飛ばされ、森の木に思い切り体を打ち付けられたのだ。腰を痛め動けず、目の前の光景を、見ている事しか出来ずにいた。
鬼が上を向き、歪な笑みを浮かべた。そして口を大きく開く。竜杏が落ちて来るのを待っているのだ。
「御館様っ!」
幸成が鬼の腕を引っ張るが、体に力を入れれば、体のひびが大きくなる。頬のひびもまた一つピシリと深くなり、うまく力が入らない。今、腕を押さえる事で限界だった。
(くそっ! 喰われるわけには、いかないのに!!)
竜杏は空中でもがいても、なす術がない。鬼の口の中に一直線だ。どうすることも出来ない焦りと、仲間達に対する申し訳なさに、悔しさが滲む。
竜杏は落下し、目前に鬼の口が迫った。
ぼうんっ!!
「!?」
竜杏の真下でいきなり大きな爆発が起きた。炎は鬼の方へ噴出する。
「あ゛あ゛あ゛!!」
鬼が初めて声を出した。顔面を炎に巻かれ、左手を振って火を払うと、手の平に食い込んでいた竜杏の刀が飛んでしまった。十数メートル離れた後方の地面にざくっと刺さる。
竜杏は、爆風で落下の軌道が逸れた。すると、爆発の煙の中から影が一つ飛び出して来た。竜杏は両手を伸ばし、抱きとめる。
「煉!!」
藤虎に投げてもらい、間一髪、間に合ったのだ。回復に集中し、体の中にある力を全て振り絞っての爆発だった。幸成の後ろに落ち、竜杏は、なんとか着地した。
「煉っ、煉!」
竜杏の腕の中でくたりとしている煉は、へらりと笑った。その顔を見て、ホッとする。
「やっぱ、俺がいなきゃ……ダメだな」
「ああ。また助けられた。ありがとう」
「御館様、避けて!!」
幸成の声がして見てみれば、鬼の手が竜杏を掴もうと伸びていた。まだ鬼は竜杏を諦めてはいない。とにかく喰らおうと必死だ。もう太陽も元の姿をほとんど取り戻している。闇の力が強化されるのは、あとわずかな時間だった。
竜杏は煉を抱いたまま転がり、鬼の手をすりぬける。幸成は右腕を固定しているので動けない。助けに行きたくても行けなかった。竜杏も、刀がないので逃げる事しか出来ない。
鬼は鋭い爪を立て、幸成も捉えられなかった速度で、竜杏の体を突こうとした。串刺しにして、動きを押さえてしまえばいい。単純な思考だ。
どっ!
いきなり、鬼の体が一瞬動きを止める。幸成は、鬼の両目の間から何かが出てきた事を確認した。
「透明の……刃……?」
それは晶華だった。タエは、自分達が着くまでに鬼の注意を引く為、先に晶華を投げたのだ。竜杏を守る為に放った晶華は、タエの強い思いに応え、軌道を変え、屈んでいる鬼の後頭部を真後ろから真っ直ぐに貫いた。そこで核に当たればラッキーという考えだ。神力が宿る刀は、鬼の体をじゅうじゅうと溶かすが、道満の術で再生してしまう。
「だめだ。核はその上だ!」
幸成が声を張り上げた。ハナはスピードを緩める事なく突き進む。そして上に乗るタエは、地面へと手を伸ばした。
「了解!」
タエは目当てのモノをしっかり掴んだ。そして、ハナは渾身の力を使って跳躍する。
鬼が動きを止めたのは一瞬だけ。左手は、竜杏を捉えて離さない。頭にタエの刀を刺したまま、瞬きをする間もなく、鬼の手が竜杏へ向けられた。
どすっ!
「……え」
竜杏は目を見開いた。信じられない光景に、現実を受け止めきれない。
「げほっ」
地面に血がぼたぼたと落ちる。それは、竜杏の血ではない。
「ふじ……と、ら……。藤虎っっ!!」
竜杏の代わりに鬼の手が刺さったのは、藤虎だった。
読んでいただき、ありがとうございました!