19 女子会
速報です。I市山中で、男性の遺体が発見されました。原因は失血死。首を獣に噛まれた痕があることから、熊に襲われた可能性もあるとみて、事件と事故、両方の捜査を始めました。M市では、二人の遺体が発見されました。女性達も首を獣のようなものに噛まれた痕があり、死因は失血死。民家が立ち並ぶ街中での事件ですが、関連についても捜査される見込みです。次のニュースです。N市で、二十代女性が行方不明。今朝から捜索が開始されています。
家でニュースを見ていると、聞こえてきた事件の話。タエはテレビを食い入るように見つめた。まだ朝だというのに、もうセミがけたたましく鳴いている。
「あの人のことか……」
昨夜の事を思い出す。行方不明だという女性はもう見つからない。体ごと、灰になってしまったのだから。ニュースを聞くに、あの女性の彼氏は少なくとも、三股をしていた事になる。最低な奴だ。ありがとうと言った彼女の顔が忘れられない。涙がじわりと滲んだ。
「鬼に手を差し伸べるのが、良いか悪いかと聞かれれば、何とも言えんな」
貴船神社にて。昨夜は結局、朝まで妖怪退治をしていたので、釋の話を高龗神にする事ができなかった。夏休みはイベントが盛りだくさんだ。祇園祭に五山の送り火。他にも花火大会や祭りがいくつも。いつもより夜遅くまで出歩く人間が多いほど、彼らを狙う妖も増える。その対応にタエとハナは追われていたのだ。
今夜は迅速に終わらせ、高龗神と話す時間を作り、聖域の神殿内の和室にて、三人でちゃぶ台を囲んで輪になり、お茶をすすっている。いわゆる女子会。窓を開けているので、そこから見える夜空と木々が、月明りに照らされ写真のように美しい。ハナも器用に湯飲みを持っていた。
「別に悪い事では、ないんですか?」
「斬れば早いが、積もった恨みつらみを昇華してやるのも、救う手立ての一つではある」
タエはホッとした。
「釋の言う通り、こちらを騙そうと計算してくる奴もおるからな。見極めも必要じゃ。昨日の事は、タエは間違った事はしておらんと思うぞ」
「良かった……」
高龗神にそう言ってもらえると、自信になる。釋の言葉も正しいので、油断しないように、自己満足にならないように心がけようとタエは思った。
「後悔せんよう、自分達らしい戦い方をすれば良い。わしの命令がない限りはな」
「命令?」
「どれだけ仲が良くなった妖怪がいたとしても、わしがそやつを斬れと言えば、斬らねばならんという事じゃ」
上司の命令は絶対、という事なのだと理解した。タエとハナに緊張が走る。
「まぁ、そんな事は滅多に起こらん。心配するな」
ははは、と軽く流してお茶を飲む高龗神。その様子に、肩の力も抜けた。
「あ、そうじゃ。二人から見て、釋はどう映った? 他の代行者に会ったのは、初めてじゃろう?」
楽しそうに聞いてきた。タエとハナは、うーんと上を見る。
「私をわんこって言いました」
ハナが眉を寄せる。彼女は“わんこ”、“わんちゃん”と呼ばれる事を嫌う。なめられていると感じるからだと言う。聖獣になったので、聖獣らしくというプライドもそこそこあるからだ。
「でも、百三十年も代行者をしているからこその、強さや技術はよく分かりました。向かってくる気配も音も、しませんでしたから」
タエをかばえたのは、動物の勘だ。鬼女と至近距離にいたタエだったが、おそらく釋はタエを巻き込まず、鬼女だけを燃やす事が出来ただろうと、後からハナは考えていた。
「私は、厳しいけど優しい、お兄さんみたいな人だなと」
最初は自分の行いを否定されたが、それも受け入れ、助言してくれた。頭も撫でてもらった。思い出すと気恥ずかしくなる。
「そうか。悪い出会いではなかったようじゃし、よしとするか。しっかし、熱い男じゃろう」
高龗神が苦笑いした。
「高様は、釋と会った事があるんですか?」
「まぁな。美人な神様を見に来たーとかで、口説いてきおったわ」
タエとハナが固まった。
「神様、口説くんだ……」
「罰当たり」
ハナは一言、はっきりと言い捨てた。
「人として悪い男ではないからな。嫌いではないぞ」
釋の人柄は少し話しただけでも分かる。面倒見がよく、人懐っこく、学校にいれば人気者になっていただろう。
そこでタエは思い出した。釋の話で、高龗神に聞きたいと思っていた事だ。
「あの。八百年、代行者を務めた人がいたって、本当ですか?」
高龗神の肩がぴくりと揺れた。
「……釋から聞いたのか」
「はい。伝説の代行者だって。そんなすごい人が私達の先輩にいるんですか」
高龗神は、持っていた湯飲みを台に置いた。
「ああ。いたぞ。剣の腕が一流でな。他の戦術にも長けた、歴代最強の代行者じゃった」
彼女は懐かしそうに目を細める。ハナも問うた。
「名前は、何と?」
「竜杏」
「竜杏さん……」
タエも反復して呼んでみる。高龗神はふっと笑った。
「気になるか?」
「えっ、そりゃ、そんなにすごい人なら、気になります」
タエも頷く。
「そうじゃなぁ。戦闘は言う事なし。完璧にこなしておった。あやつも、救える魂は迷わず救っておったな。そなたらと同じ」
二人の目が明るく光った。
「それから、なかなか良い男でな。今で言うイケメンってヤツじゃ。他の神社の使いの者が、よく見に来て騒いで、うるさかったのなんの」
「アイドルみたい……」
「うん」
高龗神は、くっと笑った。
「じゃが、奴は不愛想でなぁ。仕事の話の時は普通に接するが、相手が口説こうとすると、眉間にしわを寄せて、ばっさり。『興味ない』の一言じゃ」
「へぇ」
「あやつは、ずっと一人の女人を愛しておったんじゃ。最愛の妻。代行者になってからも、魂が消滅するその時まで」
「すごい! 愛妻家だったんですね」
ハナも思わず声を出す。
「わしがふざけて口説いてみても、まーったく見向きもせんかったわ。面白くもない」
「高様、ダメでしょ。そこ、ふざけちゃダメでしょ」
タエが思わずツッコんでしまった。
「それだけ絆が深かったという事じゃ。ま、最強と謳われた奴は、そんな男じゃった」
高龗神が話を切った。
「そんな人がいたんやね、お姉ちゃん」
「ねー。私もそんな風に想われてみたいなぁ」
タエとハナがわいわい話しているのを聞きながら、高龗神は微笑み、またお茶を飲む。ふと、窓の外を見た。
「そろそろ、夜が明ける頃じゃな」
木々の間が、白く輝きだした。女子会もお開き。また新しい一日が始まる。
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