185 道満の鬼
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「待たせたな!」
騎乗で槍を振るう、碓井貞光。竜杏と綱も、妖怪を斬り捨てながら、側に走って来た。
「感謝します。貞光さん」
「おうよ! 綱もいたんだなぁ。とうとう親父さんに反抗したのか!」
にかっと笑う彼が眩しい。
「まぁね。南部に討伐へ出たって聞いたけど、よく来られたね」
「急いで行って、さっさと倒して、急いで戻って来た。途中で、竜の屋敷にいた妖怪達と合流してよ。一緒に来た」
「一緒にって、あの瘴気の中にいたんですか……」
竜杏は開いた口が塞がらない。
「すげぇ速さで移動する爽快感は、なかなかのもんだったぞ。そうそう。頼光様と金太郎と卜部は、晴明と共に都で戦ってる」
都に襲い掛かる妖怪も多く、晴明も式神と兵でなんとか対応していたが、背後から頼光達が各方向から猛攻撃。たった一人でも、その名を轟かせる彼らは、妖怪達を混乱の渦に落とすには、十分な力があった。
「こっちも行くぜぇ!」
休みなしで走り続けて来たはずなのに、貞光は生き生きとしている。彼が乗る愛馬も、主に似てかなりタフだ。瘴気の中にいても平気で、まだまだ走り足りないと言うように、ぶるる、と首を振り、大地を踏みしめている。貞光が鐙をしっかり踏み、両足で走れの合図をすると、馬は一気に加速した。妖怪の戦闘に慣れているのは、人間だけではない。彼らと運命を共にする馬も、共に戦っているのだ。
「さすが宿禰。あいつの闘気を受け止めて走れるのは、あの馬しかいないな」
綱が貞光の愛馬・宿禰を褒めた。竜杏も同じ意見だった。今の貞光と宿禰は、一心同体で平原を走り回っている。
「俺達も、四天王筆頭として負けてられないよ」
「筆頭は綱だろ?」
竜杏の言葉に、右側にいた綱は左手で弟の肩を叩いた。
「俺達は二人で渡辺綱。お前がいないと半分しかないだろ」
「……ああ。そうだな」
二人は目前に迫る大きな妖怪を、左右から斬る。太い胴が腰から離れた。その妖怪が塵に還るのを見届ける間もなく、二人は次の敵を斬りに走る。
その様子を見ていた貞光は、嬉しそうに笑っていた。
「さすが双子! 良い顔してやがる」
「水龍渦! 出た!!」
晶華の刀身が、神水を纏いドリルのように渦を巻く。叉濁丸と戦った時に出した技だ。龍登滝や龍聖浄よりも力の消耗が少なく、刀に付与しているだけなので、なんとか技が出てくれた。
「おりゃあああっ!」
久しぶりに出した技だが、感覚は鈍っていない。道満の鬼の両腕を、このドリルで巻き込みちぎる。鬼は痛覚があるのか、ぎゃあ、と吠えた。
「これだ!」
幸成が鬼の核を引き抜きにかかる。しかし、側にいたもう一匹の鬼が、幸成へ向け腕を振り上げている姿をタエは捉えた。彼は核に集中しているので、後ろの鬼に対応できない。
「ゆ――」
「代行者、死ねぇ!」
幸成の所へ行こうとしたが、外から別の妖怪が割って入って来た。
「邪魔だ、どけぇ!」
タエは水龍渦を発動したまま、妖怪に斬りかかる。角が三本ある妖怪は、動きがすばしっこく、タエをイラつかせる。何とか腹に大穴を開けて倒し、幸成へと向き直る。彼は核を抜いた所だった。
一瞬の出来事だったが、間に合わず、鬼は幸成の背中を引っ掻いた。
「ぐあっ」
「幸成さん!」
幸成は引っ掻かれた拍子に、核を落としてしまった。核のない鬼が、自分の心臓とも言うべきソレを取り戻そうと身を屈めた。両腕はタエにちぎられているので、口に入れて呑み込もうとしているのだ。
「させるかぁ!」
タエも鬼の顔の前に飛び出し、落ちた核に晶華を叩きつけた。それはスッパリ斬れると、中からドロドロの液体が噴き出し、瘴気を全て吐き出して塵になる。タエが、鬼の口の中に入る直前に、鬼はざあっと消えた。
「あと一匹――あれ?」
さっきまで近くにいた鬼がいない。周りを見渡しても、忽然と消えているのだ。警戒しつつも、タエは幸成の元へ駆けつける。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……」
「っ!」
うずくまる彼の背中を見て、タエは言葉を失った。あの鬼は、幸成の背中を大きくえぐっていたのだ。背中に走る三本の爪痕は、幸成に相当のダメージを与えていた。
「幸成さん、もう十分です。藤虎さんの所で休んで下さい」
タエは幸成を連れて行こうとしたが、彼は首を横に振った。
「あと一匹、仕留めないと……」
「私がやります。ひどいケガなんですから、無理しないで!」
幸成は、肩に置かれていたタエの手に触れた。
「まだ、やれる。足手まといには、なりません」
彼の瞳をじっと見た。幸成は諦めていない。彼の意思を受け取り、タエは頷いた。
「分かりました。あいつを探しましょう」
まだ暗がりの中、しかも周りに妖怪がたくさんいるので、気配を掴む事は難しい。辺りを見渡すと、いた。膝を付く幸成も気付く。
「何故あの場所に……」
二人は唖然とした。先程まで幸成の後ろにいたのに、二十メートルほど離れた場所にいたのだ。体を反らせてゆらゆら揺れている。
「幸成さんはそこにいて!」
タエが猛スピードで鬼へと走って行く。跳躍し、一気に距離を詰めた。刀が届く寸前、タエは思わず「はあ!?」と声を上げる。
鬼が一瞬にして地面の中に吸い込まれたのだ。晶華は空を斬った。
「あの鬼は影に入る! タエ様、後ろ!」
幸成が鬼の能力を見抜いた。彼の声にハッとして、タエが振り向くと、真後ろに巨大な黒い鬼がいて、タエを見下ろしている。そして、大きな右手でタエの体を掴んだ。頭から喰らおうと、口をがばりと開ける。
「晶華、行け!」
タエの号令で晶華が巨大化すると、鬼の右手を切り裂き、刃はまっすぐ鬼の心臓部分を貫いた。タエを掴む指が緩んだので、さっとすり抜ける。晶華は元の太刀に戻った。しかし鬼は、塵にならない。また消えてしまった。
「核を裂いたと思ったのに」
「一匹ずつ、核の場所は違うんです」
幸成が近付いて来る。
「まだ背中が痛いんじゃ……」
「妖気が満ちる場所なので、傷の治りが速い。痛みは大分引いてます。心配いりません」
背中の傷はまだ大きく開いたままだが、出血は止まっているようだ。タエは幸成の言葉を信じたが、無理はさせられないと思っていた。
「あの鬼の核はどこか分かります?」
平原を見渡す。鬼は、人も妖怪もいない、ぽっかり空いた場所に出たり、ハナの近く、妖怪の中に現れたりして、じっとしていない。距離がある場所へ瞬時に移動しているので、普通に追っても追いつかない。
「あれは厄介だな……」
幸成が鬼の様子を見ながら呟いた。
「いろんな所に出てきたら、対処のしようが――」
タエはそこまで言って、背中がぞわりと粟立った。そして全身が震える。
「急ぎましょう、タエ様!」
幸成が走り出した。タエも後を追う。冷や汗が頬を伝った。
「どこにでも現れる鬼……。どこにでも」
目指す場所は一つ。タエは焦りを滲ませた。
「竜杏の所にだって、一瞬で行ってしまう!!」
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