183 強力な助っ人
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岩場の妖怪の数が減り、兵力に余裕が出た。一人の兵が、遠く離れていく竜杏の姿を捉え、走り出す。
「綱殿の援護に行きます!」
「えぇ!?」
その兵は、保昌の馬を勝手に乗り、進行を邪魔する妖怪を斬りつけていく。
「俺の馬っ」
「私が追う。保昌殿はここを頼む!」
藤虎も馬に乗り、兵の後を追いかけた。
「幸成!」
驚くタエと側に立つ幸成の所へ、竜杏も駆け付けた。ハナも遠くにいたが、彼を見てびっくりしていた。
妖怪がタエ達の周りを囲む。タエの神の気配、竜杏が持つ御神体の鏡、幸成の強力な鬼気に、煉の炎を警戒して、うかつに近付けないようだ。タエ達は妖怪と向かい合いながら、話を進める。
「千草の所にいなくていいのか?」
竜杏が問うた。
「はい。千草は、住んでいた山の麓の村に嫁ぎました」
「え!?」
タエと竜杏が声を上げる。
「心優しい青年で、娘が半妖だと知っても、気にせず幸せにすると言ってくれました。ここへ来るのも、娘は納得してくれていま――!」
幸成の言葉が途切れた。竜杏が、幸成をハグしたのだ。鎧が当たり、ガシャンと音がした。
「お、御館様……?」
「ありがとう。心強いよ」
幸成は、竜杏の背をぽんとなで、笑った。
「これが私達の、恩返しです」
タエも感謝の気持ちでいっぱいだった。
(送り出すのも、辛かったはず。千草さんも、ありがとう……)
全員が構えた。彼らの瞳には、数で敵わなくとも、決して負けず諦めないという強い光が宿っていた。
「太陽が出るまであと少し。皆、頼んだ!」
「おおっ」
竜杏の言葉に、皆が答えた。
「龍登滝!」
道満の鬼を一匹倒し、都へ続く森の道に群がる妖怪を、水龍が一掃した。道が開ける。
「今の内に、行って!」
ハナが兵達に声を上げた。保昌が頷く。
「全員、平原を抜けるぞ!」
村人を中心に、防御の陣形のまま移動を始めた。極度の緊張感に、全員の心は疲弊している。
「なんで……、なんで俺たちがこんな目に……」
壮六はぼそりと呟いた。必死に逃げて来たのに、妖怪との戦の真ん中に出てしまったのだ。兵士として訓練を積んでいない普通の人間には、当然の気持ちだった。
「確かに、ここに妖怪がいなければ、とっくに逃げられたのになぁ……」
「っだ、誰だ!?」
壮六は周りを見回したが、誰も自分に話しかけている様子はない。鎧や武器が当たる音、足音、息遣いが聞こえるだけだ。
「空耳?」
「死霊もいなければ、村が襲われる事もなかったのに……」
確かに声がした。壮六に語り掛けている。彼は耳を澄ました。
「ちっ、また邪魔する!」
ハナが悪態をついた。妖怪を一掃して道を開いたのに、また別の妖怪が道の前に立ち塞がってきたのだ。兵達はこちらへ向かっている。彼らを立ち止まらせず進ませる為に、ハナは爪と尻尾をもっと大きくした。
「おらおらおらぁっ!!」
「っぐ!」
竜杏の側にいた煉が狙われた。彼をどうにかしなければ、竜杏に辿り着けないと思った妖怪達は、執拗に煉に攻撃を繰り出す。炎が追いつかなくなった煉は、妖怪の爪で肩を裂かれた。
「煉!」
引き離された竜杏が、煉を助けに馬で向かって行く。妖怪は馬に噛み付き、引き倒す。受け身を取って着地をした竜杏。馬は妖怪に群がられ、可哀想だが奴らの餌になってしまった。
「今までありがとう。すまない!」
馬に感謝の念を抱きながら、竜杏は煉の周りにいる妖怪を斬りつけていく。
「竜杏!」
(皆、自分の事で手一杯……。もっと、もっと私が動けたら。強かったら!)
タエは幸成と共に道満の鬼の相手をしていた。今のタエに、竜杏を助けに行く余裕はない。心の中は、焦りが募る。
「核が見えた!」
幸成が腕を鬼の背中にめり込ませた。彼の鬼の目は、タエの目には見えない、瘴気の奥を見る事が出来る。闇の者だからこそ、闇の中が見えた。鬼の核とは道満の呪符。タエを助けた時も、その呪符を体から抜き出し、握り潰したのだ。
苦しみもがく鬼が、幸成を掴んで離す事がないように、タエが鬼の気を引き、攻撃を受け止める。この鬼には、両手の平に口があった。歪な体だ。間違えて掴まれた妖怪は、手の口であっという間に噛み砕かれ、ごくりと飲み込まれてしまった。
肩まで鬼の体に腕を差し込んだ幸成。核を掴んだ瞬間、鬼の体がびくんと跳ね、硬直する。すぐに引き抜くと、拳よりも大きな黒い塊が、心臓のようにどくんと鼓動していた。
ぐしゅっ
幸成が力を籠めて握りしめると、核は黒い液体を吹き出しながら破裂した。すると、鬼の体も崩れ、塵に還る。
「あと二体。タエ様は御館様を!」
「はい。後で行きます!」
幸成が先に鬼の元へ走って行く。タエは竜杏の所へ急いだ。
竜杏は、煉を助けようと斬り進んでいた。鏡の力で怯んだ妖怪をひたすら斬って行く。
「煉!」
必死に手を伸ばし、左腕で煉を抱きかかえる。彼は炎を体に纏わせ、その熱で妖怪の爪と牙を必死に溶かしていた。それでも傷を負い、体中から血を流している。竜杏の顔を見ると安心して、へらりと笑った。
「すまね……」
「十分守ってもらった。休んでいろ」
右手で刀を持つ。片腕での攻撃力は、いくら鍛えても両腕の時より落ちてしまう。竜杏が仕留めやすくなったと判断した妖怪達は、にやりと不気味でいやらしい表情を見せながら、一斉に襲い掛かった。
「竜杏! 出て水龍。龍登滝!!」
まだ彼まで少し距離がある。一気に進む為に、タエは水龍を呼び出そうとした。
が。
がくんっ!
「!?」
いきなり、体の力が抜ける感覚に陥った。膝に力が入らず、立ち止まってしまう。
「代行者、死ねぇ!」
タエの異変に気付いた妖怪が一匹飛び掛かってきたので、タエは晶華で首を斬った。体力がなくなったわけではない。刀で戦う事は出来るが、術が使えない。
「龍聖浄!」
結界が出ない。タエは目の前が真っ暗になる思いだった。しかし、立ち止まってはいられない。竜杏と煉がいる所へ、タエは斬り進んでいく。
(何で術が出ないの!? 力を使い過ぎた? 叉濁丸と戦った時の方が、龍聖浄を何度も使ったのに――)
一つの可能性に気付く。今までの戦いと違う所があった。
「龍登滝か……」
ハナが何度も水龍を出すのは、力のコントロールをしているからだ。龍聖浄を使う時に力の制御など考えた事がなかったタエ。いつも全力だ。今になって恐ろしい事をしていたと気付く。力の配分を考えないと、こうなると思い知ったのだ。
タエが出した水龍は暴れ龍だった。全力の力で呼び出した影響だろう。思い切りタエのエネルギーを喰らっていたのだ。力の塊である水龍を呼び出す方が、龍聖浄よりも難しい技だったらしい。
「だったら、斬りまくってやる!!」
スピードを上げて妖怪の間をかいくぐる。タエが通った後は、妖怪が血しぶきを上げて倒れていた。
竜杏が見えた。
「り――」
タエが呼ぼうとした時、全く違う方向から、馬が思い切り突っ込んで来た。
「なっ!?」
竜杏も驚いている。馬が妖怪とぶつかったはずみで、乗っていた人物の体がふわりと浮いた。
兵士の恰好をしている。彼は手綱を離し、体を捻ると間合いに入った妖怪を三体一度に斬り伏せた。竜杏の側に着地し、妖怪へ攻撃の構えを見せる。
「あ、あんたは――?」
これほど強い兵がいただろうかと、訓練場での様子を思い出す。しかし、当てはまる者はいない。
「ちょっと。この声、忘れたとは言わせないよ」
その人物は、深くかぶっていた下級武士用の兜を取った。その顔を見て、竜杏はこれ以上にないまでの驚きの表情を見せた。
「つ、綱――!?」
屋敷に隔離されていたはずの、綱本人がそこにいた。
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