181 親・息子
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「本当に来たのだな」
都の中心に位置する所に、源宛が立っていた。警備隊の責任者として、大内裏へ入る朱雀門を守る為だ。東西南北に配置した兵達の戦う音や声が響いてくる。晴明の言っていた通りになったと実感する。
「力で一気に捻じ伏せる。これが、芦屋道満の策か。もう後がないと焦りが見えるな」
腰の刀を握りしめた。
「本来の妖怪の数はこの比ではない」
宛に話しかけたのは、晴明の式神・勾陳。金色の大蛇だ。彼は京の町の中心を守護している。名のある神獣は十二神将と呼ばれている。彼らは今、帝の側や、各方角を兵達と共に守り戦っていた。
宛は、黄金に輝く蛇が喋るのを横目で見て、眉間に皺を寄せた。今回は、晴明の力なくして都は守れないと理解している。宛はずっと自らの力で戦を勝ち抜き、今の地位を得た。式神という者が見えたとしても、共に戦う事に否定的な考えの持ち主なので、小言や愚痴の一つも言いたくなるのだが、ここはぐっとこらえる事にした。
「分かっているのだろう? 妖怪の半数以上を、そなたの息子が一手に引き受けている」
「……」
晴明が告げていた事を思い出す。
――襲ってくるのは死霊だけではない。道満に感化された妖怪共が、都と戦場に一気に押し寄せる。月が太陽を隠し、妖怪の力が増した時にその時は来るだろう――
――源殿。そなたは御子息をその戦場へ行かせた。しかも小隊で。私は、その判断が正しかったとは思えないのだが、どうであろうか?――
(一度決定した事は覆せない。妖怪と関わるあやつが行けば、すぐに片付くと考えただけだ。こうなる事など、誰が予想したというのだ……)
自分は家を守らねばならない。家長として、当然の事をしているだけだ。この戦も、渡辺家が行き対処する事で、名の価値が上がる。価値が上がれば、家族や奉公人が苦労する事はない。
(家族……)
戦の会議で見た竜杏の顔を思い出す。長男の綱と全く同じ顔。声も、仕草も、同じだ。
(あやつは綱だ。綱以外の名など――)
「まぁ、竜杏が妖怪に喰われれば、ここでどれだけ戦おうが全て無駄だ。せいぜい、喰われん事を、祈っているのだな」
宛は勾陳を見た。少し驚いた目つきをしている。勾陳はその眼差しを受け流し、ふん、と息を吐いた。
(己の息子の名も、忘れたか)
竜杏が妖怪にとって、どれだけ超高級食材であるか。それは晴明から何度も聞かされていたが、全く聞く耳を持たなかった宛。それが今になって、どしっと心に重くのしかかった。
(あやつが喰われれば……京は終わり……)
通りの先から影が見えて来た。松明が影の正体を照らし出す。前衛を抜けた妖怪が、大内裏に向かって一直線に走って来るのだ。東西の通りからも、四足で走って来る妖怪の姿が。
「ここが最終の防衛地点。決して通してはならんぞ」
勾陳の体が光りだす。その輝きに目がくらんでしまいそうになるが、宛や兵達は、刀や弓を手に、攻撃態勢に入る。宛は頭を振り、余計な思考を振り払った。
「分かっている! 帝の御命は、必ず守る!!」
宛が妖怪へ向かって走り出した。兵の一部もそれに続く。勾陳も、晴明の命令を守らんと、妖怪と対峙した。
「お姉ちゃん、結界から出して」
「分かった」
タエが念じると、ハナは一番に結界を抜けた。周りに群がる妖怪を蹴散らし、噛み砕き、強化した爪と尻尾で切り裂いていく。それでも、道満の鬼はなかなか結界から離れず、結界を壊そうと拳を叩きつけている。
「ハナ殿……」
竜杏がハナを目で追う。そして、タエと目が合った。
「私も出ます」
その言葉に、タエの側に駆け寄る竜杏。
「だったら、俺達も――」
「こいつらは、全員竜杏を狙ってる」
タエは小声で言った。
「この結界は、いつまでもつか分からない。太陽の光が戻るまで、皆で、どう生き抜く戦いをするかを決めて」
「タエ……」
「今の人数を考えると、真正面から戦うのは厳しい。皆は防御に徹底して。私とハナさんで、奴らを叩く」
タエは晶華をぐっと握りしめた。結界を保つ為に、少し手が震えている。竜杏は、その手を上から優しく握った。
「タエ、また後で」
「うん。後でね」
笑顔を交わし、タエは結界から飛び出した。そして、道満の鬼へと跳躍する。ハナは周りの妖怪を相手にしていた。
十メートル弱はあるだろうか、黒く大きな体。長い爪と牙。目は血走って瞳孔が開いている。これが、佐吉が夢で見た黒い影の正体だろう。首を狙ったが、腕で阻まれた。
(実験体とは動きも姿も違う。力も暴走気味。ただ、竜杏だけを狙ってるんだ)
結界の巨大な晶華を足場にして、もう一度、跳躍した。鬼よりも高く飛ぶ。
「でも! 叉濁丸より弱い!!」
晶華の刃を長くして、体を回転させる。その勢いで鬼の頭に斬りつけた。
「ぐぐぅ!」
鬼が両腕を交差させ、晶華を受け止めるが、刃は腕にめり込んでいく。
「代行者を……なめんなぁ!!」
ざくっ! 鬼の両腕を切り落とし、刃は鬼の顔に届く。鬼の右耳から左肩をスッパリと両断した。ぐにゃりと体の形が歪み、塵に還るのかと思ったが、切り離した頭部と体が繋がろうとしている。
「何!?」
体が元に戻れば、また厄介だ。タエは龍聖浄の構えを取るが、竜杏達に張っている結界に近すぎて重なってしまう。
(私にも出来るか!?)
地面に着地すると構えを解き、晶華に呼び掛ける。
「晶華、いくよ! 龍登滝!!」
ハナの技を使うのだ。龍聖浄は広い場所が適しているが、龍登滝は結界ではなく神水のみの術なので応用が利く。
鬼の周りに水が渦巻く。体が戻る前に決めなければ。水流が激しくなり、下から上へと逆さに流れる。ごうごうと轟音が辺りに響いた。竜杏達もじっと見つめている。
「お願い! 水龍、出て!!」
晶華を下から上へと振り上げる。すると、下から大きな龍が顔を出し、大きな口を開けて鬼を呑み込んだ。
鬼もただ喰われるだけではない。体をよじって抵抗したが、水龍も負けてはいなかった。体を捻って鬼の体を激しく揺らし、抵抗の力を削いでいく。そして空へと昇り、水龍は輪になってぐるぐると回転し、ばしゅっと弾けた。細かい水滴がはらはらと落ちた。
「お姉ちゃん、私のより狂暴じゃない!?」
「そんな事ないって。私も出来た! よっしゃあ!」
タエの水龍の暴れ具合を見て、ハナも度肝を抜かれたようだ。
「綱殿……。先ほどから思っていましたが、タエ殿は一体――」
保昌は竜杏に話しかけた。驚きすぎて呆然としている。
「言ったろ。あまり、大声では言えないけど、彼女は本当に神の使いなんだ。自慢の妻だよ」
(妻……?)
保昌は首を捻ったが、聞き間違えたかもしれないと、それ以上聞く事はしなかった。
「藤虎、保昌。結界が破壊されたら、俺達も動く」
タエが張った結界に、ぴしりとひびが入る。道満の鬼だけでなく、妖怪を斬っても後からどんどん来るのだ。妖怪が結界を全方向から押すので、弱くなってきた。
「二班と三班は村人を守れ。残った班はその周りを囲み、岩場まで後退。防御の拠点とする。来た妖怪を皆で倒せ! 攻める必要はない。自分の命を守る事を一番に考えよ!」
「り、了解!!」
兵達は素早く班ごとにまとまり、言われた形を作る。村人達も怖くて怯えていたが、兵達が周りを囲んでくれたので、気持ちは少し安心できた。
「藤虎と保昌も、皆といてくれ」
「御館様、あなたは?」
藤虎は嫌な予感がした。心配そうに見つめる彼の眼差しを受け、竜杏はふっと笑い、言った。
「俺は、皆から離れるよ。これが、一番の策だ」
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