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月夜の代行者  作者: うた
第三章
184/330

180 暗闇の中

ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます!

「我が式神よ、来たれ。邪妖退魔じゃようたいま・救急如律令!」


 都中が、松明で明るくなる。晴明が羅城門の前で、印を組んだ。足元に五芒星が光り輝き、いくつもの光が飛び出てくる。晴明が腕を振り上げると、その光は各地へ飛んで行き、二つは彼の左右に留まった。

 闇が濃いあらゆる所から妖怪が溢れ出て、都へ入ろうと向かってくる。兵達は手に持つ刀をぎゅっと握った。

「怯むな! そなたらの武器でも、戦えるようにしたのだ。その腕を存分に振るえ」

「は、はい!」

 兵は気合を入れ直し、半分弓を構え、あと半分は刀を構えた。そして晴明も抜刀し、左右に浮いている光を見て語りかける。

「いけるか?」

「当然」

「久しぶりに暴れるぜ」

 ふっと笑みを浮かべる晴明。

「頼もしいな。手加減はいらんぞ、朱雀、騰蛇とうだ。真の神獣の力、見せつけてやれ」

 光が溢れ、晴明の右手に朱雀、左手に羽が生えた蛇が現れた。

「消し炭にしてくれる」

「俺の炎もお見舞いしてやる!」

 朱雀は冷静だが、炎の翼を大きくした。騰蛇の体も炎を纏う。ぎらついた蛇特有の金の目が、妖怪を見据えた。

「都は壁で囲われていないからな。隙間から入ろうとしてくるぞ。ここで食い止める!」

「おおっ!」




「どうなってんだ!」

「きゃあっ、化け物!!」

「かっ、噛まれた!」

 都から西の町。そこは、山から出てきた妖怪達が、人々を襲っていた。暗くなり、周りが見にくい為、人の動きは遅い。都の兵が順番に避難をさせていたが、日食が起き間に合わず、避難できなかった者達がいたのだ。妖怪が山から下りて来ると、都の兵は避難を中断、現状を報告しに都へ戻った。逃げたと言っても過言ではない。

「おっとう! おっかあ!!」

 ゆきと佐吉一家も、避難出来なかった。家の中に飛び込んで来た妖怪から逃れ、通りに出る。近所の仲良し家族も外に出ているが、大きな爪を持った妖怪が目の前にいた。

「危ないっ!!」

 ゆきと佐吉の父親・平吉が、咄嗟に妖怪に体当たりし、共に転がった。ゆき達もその家族の所へ駆け寄って来る。

「ああっ、平吉さん!」

「平吉ぃ!」

「おっとう!」

 皆が平吉を呼んだ。妖怪はすぐに態勢を立て直し、平吉に怒りを向けたのだ。彼はまだ膝をついていた。妖怪が口を開くと、尖った牙が暗くても分かる。それを見て、平吉は恐怖で動けなくなってしまった。

「てめぇから喰ってやる!!」

「いやあっ!!」

 周りの喧騒に混じり、皆の悲鳴が響いた。


 ぼうぅっ。


 突然、空中に炎が浮かび上がる。それは一つではなく、通りに幾つも。そのおかげで、周りがはっきりと見えた。

「っひっ!」

 平吉は腰を抜かしたまま、腕の力でずるずると後退した。足元に、さきほどの妖怪が血を流して倒れていたのだ。全く動かない。

 そして、その側に、一人誰か立っていた。腰まで伸びた艶のある黒いストレートヘアに、薄緑色の生地に桔梗の刺繍が入った着物。この姿を、ゆき達はよく知っていた。笑顔になる。

「美鬼さん!!」

 こきっ。と指を鳴らして、長く伸びた爪を元に戻す。彼女の爪は、とても切れ味の良い刃物だった。妖怪の首と胴を、スッパリ斬ったのだ。美鬼は、彼らを見て、にこりと微笑んだ。

「遅くなりました。安全な場所へ、移動しましょう」

 皆を立たせ、美鬼が先頭を走る。ゆきが話しかけた。

「あ、あの! 助けていただき、ありがとうございます」

「礼には及びません。あなた達を守れと、晴明様から仰せつかっております」

 晴明の名が出たので、美鬼を知らないご近所さんも、彼女が人ではないと気付く。

「へ、平吉。大丈夫なんだよな?」

 不安な彼らに、平吉は頷いた。

「安心しろ。人間に味方してくれる、妖怪達もいるんだ」


 周りを見れば、町の人々が同じ方向へ走って行く。そこを先導しているのは、白狐や砂壺、榊の精霊達だ。神聖な姿や人の姿を見せ、人の心を安心させる。彼らが導き、襲ってくる妖怪達の相手をしているのが、野槌、小鬼、狸など、ゆきと佐吉が一緒に遊んだ事のある妖怪達、そして白い光がいくつも飛び回っている。晴明の式神だった。


「みんなぁ!!」

 二人が戦う妖怪達を呼んだ。野槌はその声に気付き、尻尾で妖怪を地面に叩きつけ、その頭を砕く。

「ゆき、佐吉! 元気ならそれでいい!」

 すみとご近所の奥さんに飛び掛かって来た別の妖怪を、緑の肌の小鬼がはたき落とす。

「ここは任せろ。早く行け!」

「ありがとう!!」

 通りを一生懸命、走って行く。ゆき達は、気付いた。

「あれ、こっちにあるのって……」

 美鬼がふっと笑った。

「この辺りで、最も安全な場所ですよ」

 到着したのは、竜杏の屋敷だった。


 門と壁の上のあちこちに榊の精霊がいて、妖怪が攻めて来ないか目を光らせている。ゆき達は何度も来た門をくぐり、庭に案内された。そこには、町の人々が集まり、庭に敷かれた茣蓙ござの上に腰を下ろしていた。彼らの表情は戸惑いの色を浮かべており、辺りをキョロキョロ見回している。

「竜杏様が、もしもの時はこの屋敷を解放して、人々を避難させてほしいと、晴明様に連絡しておられたのです」


 敵は妖怪。出て来るのは戦場だけではないと、竜杏も承知している。道満の目的が都を潰す事なら、周りの町にも影響が出ると考えた。竜杏は、道満の邪悪な力や妖怪がここまで来るかもしれないと見込んだ上で、出陣前、晴明に手紙を送っていたのだ。晴明は藤虎の使いの者から手紙を受け取り、読んだ。そして、竜杏の気持ちを汲み取り、彼の意見を尊重する事に決めた。ゆきと佐吉達、一家を守る延長だ。


「ここはタエ様の結界で守られています。悪い妖怪は決して入れません」

 タエの強力な結界は、未だ効力を発揮している。

 この町の人間を全員避難できたと確認した砂壺は、屋敷の門を閉じた。

「私達も行くよ」

 野槌達も頷いた。

「二手に分かれよう。一つはこの町であいつらの相手、もう一つは御館様の所だ」

「御館様と代行者の帰る場所を、守るぞ!」

「おっしゃあっ!」


「皆さんにお願いがあります」

 美鬼は、ゆき達一家に話しかけた。ご近所さんは、茣蓙に座り、良かったと家族で喜び合っている。

「ケガをした人を治療したいのですが、彼らは精霊達も恐れます。傷が深い者は竜杏様の薬では間に合いません。どうか、安心して木霊達の治療を受けられるように、力を貸してはもらえませんか?」

 すみが屋敷の縁側を見れば、精霊達が困ったように人々を見ていた。その側には、竜杏達が用意したのであろう、たくさんの清潔な布と薬が入った治療道具の箱が、五つ用意してある。

「こうなる事を、見越して……」

 すみは胸が熱くなる思いだった。この屋敷は、ずっと妖怪屋敷と呼ばれ、主の竜杏を恐れて誰も近寄らなかった。この屋敷さえなければ平和に暮らせたのにと、陰口を叩いていた者もいる。そう言われていた事も、竜杏と藤虎は知っていたはずだ。

「竜杏様を、良く思っていなかった者もいたと御承知のはず……。それでも、救いの手を伸ばしてくださるのですね」

「あの方は、命の重さをよく理解しておられます。それから町の人々が、竜杏様へ少しずつ心を開いていた事も、承知です。あなた方のおかげだと、思っておられますよ」

「え?」

 一家は顔を見合わせた。

「祝言の時、あなた方にとても感謝されていました」

 自分達が作った料理を、美味しいと全部食べてくれた。着物や野菜に魚など、たくさん土産をもらった。感謝の気持ちを表現したかったのだろうが、きっと、それ以上に竜杏の気持ちが籠められていたのだろうと、今になって理解した。

 子供達も、いつも屋敷に遊びに行っては楽しかったと満足した様子で、彼らの話を飽きる事無くしていた。最初は不安だったが、子供達の様子を見て、いつしか恐怖心もなくなっていた。竜杏と直接会って、ずっと抱いていた恐れの念が、どれだけ愚かであったかを知った。


 知ろうとしなければ、何も変わらない。


(ここにいる皆も、まだ御館様を恐れてる人がいるから――)

 すみと平吉が心を決めた時だった。

「分かった!」

「木霊ちゃん、行こう!」

 佐吉とゆきが、真っ先に行動に出た。縁側にいる木霊の所に走って行き、腕に抱く。そして二人は、大ケガをしている人の元へ駆け寄った。

「ひっ、よ、妖怪! よ、よ、寄るな!!」

「ゆきちゃん、危険じゃないの!?」

 男は右腕を噛まれ、傷口はぱっくりと開き、血が止まらない。食いちぎられなかっただけましだ。顔色悪く、大けがをしていても意識はあるので、思い切り怖がる。ゆきと佐吉はけろっとして言った。

「妖怪じゃなくて、精霊だよ。この子達はケガを治せるの。怖くないよ」

 ゆきがちゃんと説明する。

「おじさん達があんなこと言って、ごめんね。でも、血がいっぱい出てるから、治してあげてよ」

 佐吉に頼まれれば、断れない木霊。少し遠慮がちに手をかざすと、ぽっと光が灯り、腕全体が温かくなる。周りにいた人々は、驚いた表情で成り行きを見守った。

「……血が、止まった」

 右腕はすっかり血が止まり、妖怪が付けた傷なので、完全には治せなかったが、薬を塗れば、数日で治るレベルにまで回復した。隣にいた妻は、涙を流して喜んでいる。

「あぁ、奇跡だわ!」

「ま、まさか……こんな事が……。だってここは、妖怪屋敷だろ!?」

 ふふん、と胸を張ったのは、ゆきと佐吉だ。

「ここは妖怪屋敷だよ。今私達は、この御屋敷と妖怪の皆に守られてる。ここに来なかったら、私達は妖怪に喰われてた。御館様は、私達を助けてくれたの! もう御館様を嫌うのやめて! この子達を怖がらないで!!」

 子供の言葉は、直球だ。素直で真っ直ぐなゆきの言葉に、大人達は口をつぐんだ。この屋敷の周辺の治安が良くなったのは、よく分かっている。竜杏と共に住むタエが元凶を祓い、この屋敷はもう安全になったのだと、ゆきと佐吉はよく皆に話して聞かせていたのだ。納得して、竜杏達と言葉を交わし始める者もいたが、それでも信じられない者は、恐れの念をなかなか捨てられずにいた。


「ゆき、治療道具を忘れてるわ」

 すみが箱を持って隣に腰を下ろし、男の腕に薬を塗り、布を当てて包帯を巻いて行く。男はまだ戸惑っていた。

「す、すみさん。本当に――?」

 彼女もこくりと頷いた。

「御館様と奥方様は、本当に素敵な方よ。私達も直接会うまで、皆と同じ気持ちだった。でも、それがどれだけ愚かな事だったか、自分を恥じたわ」

 すみは、木霊と目を合わせた。にこりと笑い合う。

「子供達の言葉が真実なの。今も、私達を守る為に戦ってくれてる妖怪の皆さんがいる。妖怪は、悪い者だけじゃない。良い妖怪もいるって分かって。それは、人間と同じよ!」

 しんと静まり返る。今までの常識が、覆る瞬間だった。

「木霊さん……」

 男の妻が、木霊を呼んだ。小さい木霊は、彼女を見上げた。

「夫を救ってくださり、ありがとうございます」

 頭を下げて礼を言う妻を見ると、木霊の瞳がぱっと明るくなり、笑顔になった。男も、バツが悪そうにしていたが、頭を下げる。

「本当に、助かりました。ありがとうございました」

「良かったです!」

 木霊達は、自信がついた。


「あの、こっちにもケガ人が……」

 女の子が手を上げた。横たわっているのは父親だ。ゆきと佐吉は、すくっと立ち上がる。

「今行きます!」

 二人は木霊と治療道具を持って、そちらへ向かう。すみは、美鬼と一緒にいた平吉と、視線を合わせ、頷き合った。

「子供達に先を越されました。私も、行ってきます」

 平吉は、美鬼に礼をする。

「私も手伝います」

 庭に活気が戻った。木霊が十人、治癒に人の間を駆け回る。ゆき達だけでなく、人々皆で、ケガ人の治療をし合った。


「木霊さんっ、こっちをお願いします!」

「こっちも来てください」

「はい!」

「今行きます!」

「こっちは大ケガじゃないから、平吉、薬を塗るの手伝ってくれ!」

「あいよ!」

「あ、あの。お名前を伺っても?」

「美鬼、と申します。ちなみに、晴明様の式神です」

「えぇ!?」


 竜杏が奇跡だと思った光景が、彼の屋敷の庭で再び起こっていた。


読んでいただき、ありがとうございました!

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