178 晴明の計画
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「そろそろか……」
京の都。牢の中にいる道満は、自分の体内時計で今の時間を計りながら、にやりと笑みを浮かべていた。遠くに見える窓の外は、薄暗い。
「おい、まだ来ないのか」
道満は少しイライラしながら、やって来るはずの助けを呼んだ。
「こいつを待っていたのか?」
「!」
聞こえた声は、思っていたものではなかった。はっと顔を上げれば、よく見知った顔だ。
「よぉ、晴明」
牢の前に現れたのは、晴明だった。その手には、子供くらいの大きさの妖怪を掴んでいる。だらりと手足が垂れ、白目をむき、口から血を流してこと切れていた。足先はざらりと塵に還り始めている。それを見た道満は、小さく舌打ちをした。
「時が来れば、こいつがお前を助けに来る手筈だったのだな」
「……封印の球は全部破壊したのか?」
「ああ。頼りになる仲間がいたおかげで、見つける事が出来たよ」
晴明は、表情を崩す事なく、淡々と話している。道満には、そんな彼の態度が気に食わなかった。
「麒麟の球の場所は、お前に分かるとは思わなかったんだがな。都の高官が寄ってたかっても、発見出来ないと踏んでたが」
道満は、四神と方角の既成概念を覆した手法で球を隠した。四神はこうあるべきと考える固い頭の人間には、まず思い浮かばないと思っていたのだ。
「確かに、私には分からなかった。だが、頭を柔らかくして考えられる者がいたのでな」
「ほう。そんな奴がいたとはねぇ。是非とも教えて欲しいものだ」
「お前が軽んじている、代行者だ」
道満の目つきが変わった。
「あの娘……」
「あの者達を侮るなよ」
「ほぅ。人を寄せ付けなかった安倍晴明様が、随分と他者と関わり、認めているのだな」
「他者を頼るのも必要だと、学んだのだ。一人で出来ない事も、協力すれば成し遂げられる。力で従わせる、お前とは違う」
けっ、と道満は馬鹿にしたように笑った。
「説教を聞く気はないぞ。俺の計画に失敗という文字はない。……晴明、お前は力が戻っているのか?」
「ああ。もちろんだ」
「ならば、何故式を呼ばない?」
晴明は、持っていた妖怪を投げ捨てた。全身が塵へと変わり、黒い砂山が出来た。
「なに、お前の真似をしてみただけだ」
「は?」
道満の眉間に皺が刻まれる。
「昨日、麒麟を倒して球が割れると同時に、この牢の四方に力を封印する術を発動させた。もちろん、お前に悟られんよう細心の注意を払ってな。でなければ、お前は封印が解けたと気付くだろう。すぐに手下を呼び、その手首の封印を解いて、逃げられては困るのでな」
タエが地図から球の在り処を推察した通りの場所で、最後の封印の球を見つけた。しかし晴明はすぐに破壊する事はせず、陰陽寮に向かい、牢の周りを封印する計画を話す。他の陰陽師達の協力も得て、タイミングよく術を行使する為だ。そして、力を取り戻すと陰陽寮総出で、天体の観測を開始。気になっていた疑問を解き明かす事に成功する。
それから大内裏へと行き、綱と竜杏の父・宛もいる警備隊に、これから起こる事を告げ、大内裏だけではなく、都全ての警備の強化を提案した。
麒麟の討伐と封印の術発動のタイミングは、大きな土煙。晴明は麒麟を仕留める時に、派手に上空にまで届く土煙を上げたのだ。都は平屋の建物ばかり。遠くにいても、その土煙を見る事が出来たのだった。
「この牢には、お前の力を封印する術だけでなく、妖怪を立ち入らせない結界も張ってある。そして、都の警備兵も配置済みだ。お前側の人間が、いないとも限らないのでな。事態が収拾するまで、そこで静かにしているといい」
晴明は、言う事だけ言うと、道満に背を向けた。道満は奥歯をぎり、と鳴らし、晴明の背に向けて声を上げる。負け惜しみのつもりではないが、言わずにはいられなかった。
「俺に式を付けないとは、余程、手が足りないのだな!」
晴明は、ぴたりと立ち止まり振り返ると、はっきりと言った。
「ああ、そうだ。私の式は、お前などに構っている暇はない。ここになだれ込んでくる妖怪共は、全て叩き潰してやる」
それだけ言うと、牢を出て行った。道満は地面に拳をぶつけた。血が滲む。
「晴明……。あの者を喰いさえすれば、万事が上手くいくのだ。潰れるのは……この都だ!」
晴明は外に出て、四方を警備する兵達に声をかけた。
「ここへは、何人たりとも入れてはならん。高官でもだ。入ろうとする者は、問答無用で捕縛せよ。万が一、道満が牢から逃げようとした場合、必ずこの建物の中で――討て」
「はっ!」
この兵達は、今だけ晴明の命令のみを聞くように指示されている。警備隊の方針で決まったのだ。帝ですら、彼らに命令する事は出来ない。
「安倍殿!」
都の通りを歩いていると、別の警備兵が声をかけてきた。都を出入りする門も、兵達が守っている。
「都の民は避難が完了しました」
今、晴明の目に映っているのは、閑散とした都の町だ。貴族、庶民、商人は一人もいない。いつも賑わっていた平安の都は、しんと静まり返っていた。
「ご苦労。都周辺の民も、避難を急げ」
「はっ!」
大内裏の中に避難所を設け、今日、明るくなってから区画ごとに移動を開始した。民はなぜ避難をするのか分からなかったが、丹波で戦が起きている事を知っており、その戦火がこちらへ向かってくると聞いたので、誰も文句は言わなかった。大内裏の避難所がいっぱいになると、貴族の屋敷を避難所として開け、民を入れる。貴族の屋敷は壁で囲われているので、まだ守りやすい。兵も多数配置している。
「都周辺は範囲が広い。どこまで避難させられるか……」
晴明が空を見上げた。まだ昼前で晴れているのに、夕方のようにどんどん暗くなっている。森や山が、ざわざわと不穏な気配を漂わせていた。
「未来の者なら、この現象も知っているだろう。皆を、信じるしかないな……。昼が、夜になる――」
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