177 平原の戦い
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竜杏達は、死霊の将を目掛けて突進する。タエが蹴散らした場所を突き進み、下から湧いて出て来る死霊を斬って行く。
カタカタ。
髑髏が顎を震わせ音を立てる。まるで笑っているように見えた。それでも、訓練され覚悟を決めた兵達は怯む事無く、首を落とし、胴を斬る。神水の力を付与されているので、一度斬られれば復活はしない。そのまま塵へと還って行く。しかし、また別の死霊が出て来るのだ。下っ端の骸骨は、斬っても斬ってもキリがない。
「くっ」
一人の兵が、死霊のボロボロの刀を受け止める。
「っらぁ!!」
両腕が上がり、隙だらけになった死霊の胴を、もう一人が斬った。途端、ざらざらと砂のように体が崩れ、消えていく。
「よっしゃあ!」
彼らも、実戦で自信が着いたようだ。
「ひっ、岩の上!!」
壮六達が悲鳴を上げた。一班の兵が守る岩の上から妖怪が顔を出したのだ。長い舌に長い牙。弓を持つ兵が妖怪を射る。しかし避けられ、地面に着地した。すかさず刀を持った兵が斬りかかり、全員で仕留める事が出来た。
「よし! 次が来るぞ!」
「す……すごい……」
村人達は、彼らのチームワークに驚いていた。
「保昌!」
藤虎が刀を振った。保昌に飛び掛かって来る妖怪がいたのだ。鋭い牙を見せつけ、彼の頭を後ろから狙う。それに気付いた藤虎は、馬を即座に寄せ、妖怪を肩から胴にかけて一刀両断した。
ぎゃあっ、と一声叫び、その妖怪は血を撒き散らしながら塵になった。
「藤虎殿、助かりました」
「どこから来るか分からん。油断するな!」
「はい!」
保昌も刀を握り直し、周りをしっかり警戒しながら斬り進んでいた。
「いた!」
竜杏が馬の速度を上げる。御神体の鏡のおかげで、下級の死霊は潮が引くようにいなくなる。力に自信がある妖怪は、それでも向かってくるが、竜杏に届く前に、藤虎と保昌が斬り捨てていた。そして、竜杏が進んだ後、彼を追う死霊達は、兵達が食い止めていた。
死霊の将まであと少し。将は、自分の配下である下級死霊を集め、壁にした。
「タエが言ってたのがコレか」
何人もの死霊が重なり、竜杏の刀を止める。斬っても表面が削れるだけで、将には届かない。しかも、死霊が竜杏の刀を掴み、ギリギリと離さない。
「くっ、離せ!」
「その首、もらったぁ!!」
チャンスとばかりに、竜杏めがけて真上から妖怪が向かってきた。太陽が陰ったせいで、森からどんどん妖怪が出て来ているのだ。
力が思うように出せる妖怪は、高龗神の力の中に自ら飛び込んで来る。鏡は結界を張って敵を撥ね退ける力はない。ただ妖怪は、強すぎる神様の力の前で力が弱体化し、気分が悪くなって動けなくなる。だから普段なら、誰も近寄って来ない。しかし、勢いを付ければ、攻める事も出来ない事はない。体が動かなくなる前に、竜杏の血を一滴でも飲めば、こっちのものだと思っているのだ。
竜杏はまだ刀を掴まれたままだった。
「っしま――」
「車輪炎!」
煉が冷静に対処した。大きな炎に焼かれた妖怪は、消し炭になる。ぶすぶすとくすぶる妖怪を見て、竜杏と煉はホッと息をついたが、その妖怪の真後ろから別の鬼が襲ってきた。炭になった妖怪の体を砕き、竜杏へ爪を伸ばす。妖怪の体で鬼が全く見えなかった煉は、驚いて術を出すのが遅れてしまった。
「おりゃあああぁっ!!」
鬼の爪が竜杏に届く寸前、タエが飛び込んできて体当たり。竜杏から引き離した。そして、間髪入れずに首を飛ばす。
「この人に、手を出すなってんだ」
「タエ!」
「りゅ――じゃなかった。綱様、ちょっと下がって!」
タエが晶華を構えた。龍聖浄でも出すのかと思った竜杏と藤虎は、急いで一同を下げた。
しかし、タエは晶華を巨大化させると、死霊の壁の足元にぐさっと刺し、ぐんっと力を籠める。
「邪魔じゃあああぁぁぁい!!」
体を反転させると、巨大な晶華を肩に担ぎ、テコの原理を使って渾身の力で刃を上に振り上げた。タエは、死霊の壁を投げ飛ばしたのだ。正面からの攻撃には強い壁だが、上に投げ出されるとなす術がない。死霊は平原のあちこちに散らばって落ちていく。
「うおっ!?」
「わあっ!!」
妖怪を相手にしていた別の班の兵達は、空から骸骨の鎧が降ってきたので驚いた。死霊は妖怪にも当たり、全員の体勢を崩す。
「お姉ちゃんっ、こっちに投げんといてっっ!!」
ハナは怒っていた。
「ごめんなさーい!」
タエは平謝りだ。
「今だ!」
竜杏は、前が開けた一瞬をついて、死霊の将の前へと躍り出た。馬に乗る竜杏と同じくらいの大きさだ。将は刃こぼれした刀を上段から振り下ろす。竜杏は、それを受け止める事はせず、右に弾いて衝撃を減らし、思い切り刀を右から左へ横に振った。
竜杏の太刀は、将の首を見事に落とす。ごとりと地面に落ちると、空洞になっている目や鼻、口から黒い瘴気が一気に噴き出した。そして、その瘴気が消えると、死霊達も一斉に形を崩して砂や塵と化していく。
「やったか」
「やりましたぞ! 死霊の軍は全滅した!!」
藤虎の声に、皆は歓喜の声を上げる。地面が明るくなる。空を見れば、雲が晴れ、太陽が再び顔を出した。妖怪達は、逃げるように森へと引っ込む。
竜杏も死霊が消えた事、妖怪が引いた事を確認すると、タエと煉を見た。
「二人とも、ありがとう」
「びっくりしたぁ。あんなんアリかよ……」
煉はまだ鬼に反応出来なかった事を悔しがっている。
「まぁまぁ。まだ妖怪はいるから油断しないで」
「タエ。さっき龍聖浄を使うと思ったけど、何で使わなかったの?」
竜杏は問うた。タエは苦笑しながら答える。
「森の中で使ったよ。そしたらアイツ、部下の死霊をわんさか出して、中から結界を破ったの。気持ち悪かったぁ。良い所は、綱様に譲らないとね。妖怪も、鏡を持ってても襲ってくるなんて、思わなかったなぁ」
タエは眉を寄せていた。
「妖怪も俺を喰うのに必死って所か」
「かもね。でも! 戦いが始まったのに、道満の鬼が出て来なかったよ!! 全部見つけたって事やんね!」
「そうだよな。がんばったなぁ、俺達」
「本当に、よくやってくれたね」
しみじみと頷く二人を見て、竜杏はくすりと笑う。そして刀を鞘にしまい、皆に号令をかけた。
「皆、無事か?」
多少ケガをしている者はいるが、大事には至らない。兵達は皆、笑顔で互いに褒め合っている。
「良かった」
竜杏も安堵の息をつき、全員を岩の所へ集合させた。
「怖かったろう。巻き込んですまなかった」
「いえ。ちゃんと守っていただきました」
村人達は、滅相もないと首を横に振っている。
「まだ森には妖怪がいますが、どうされます?」
藤虎が竜杏に聞いた。
「妖怪は常に人間を狙ってる。俺だけじゃなくてね。俺達の任務は、死霊の軍行を全滅させる事だ。これ以上の深追いは得策じゃないな」
「では、戻りますか?」
「……ああ。そうしよう」
竜杏の言葉に、兵達もホッとし、顔を見合わせて喜んでいる。
「壮六達も共に行こう。森の中はまだ危ないから、俺達が護衛する」
「ありがとうございます」
壮六達は深々と頭を下げた。
「? ハナさん、どうしたの?」
竜杏達から少し離れた所にいたタエが、隣にいるハナの様子に気付いた。眉を寄せ、難しい顔をしている。
「簡単すぎない? 死霊を止めたのは良いけど、道満の計画なら、まだ何かありそうな気がして」
煉も側に飛んで来た。
「確かにな。妖怪共も、竜杏を狙うなら、夜まで戦いを長引かせて、自分達に有利な環境を作る方が自然だ。道満は、晴明の力をあそこまで強力に封じたんだ。邪魔されずに竜杏をモノにする計画が、どっかにあるかもしれねぇ」
タエも違和感を感じていた。それは竜杏、藤虎も同じだろう。今まで何度も妖怪と戦ってきた。道満とも戦い、彼の能力の高さ、凶悪さを知っている。
「晴明さんは、ちゃんと力を取り戻したやんね?」
屋敷で別れてからの彼を知らない。ハナと煉も顔を見合わせた。
「あの封印は、敗れたとしても、私達には感じ取れないのかも。張られた事も分からなかったから。でも、晴明殿なら大丈夫だと信じてる」
「ああ。俺も」
タエ達の意見は一致していた。
「呪符も、死霊も、皆潰した。あとは……何がある?」
タエが何かに気付く。
「ん?」
タエは空を見た。雲は晴れ、青い空が見えているが、暗い気がするのだ。太陽の側に、分厚い雲は一つもない。しかし、雲で陰った時とそんなに変わらない感じだと、タエは思った。
森が、ざわついている。
「どういう、事?」
竜杏も、タエ達が空を見上げている事に気付き、同じく空を見た。
平原に、暗い影が落ちようとしていた。
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