175 出陣
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「神水はかけたか?」
「こっちまだです!」
神水の小瓶を順番に回し、刀と矢にかけていく。竜杏と藤虎は、それを見つめていた。
「藤虎、手紙はちゃんと渡せた?」
「今、急ぎ向かっている所です。信頼できる者に頼みました故、必ず届くでしょう」
「それなら良い」
竜杏は、小さく頷いた。
「綱殿。準備が出来次第、号令を」
「ああ」
藤原保昌が竜杏達の所へやってきた。彼も副官として大鎧を身に付けているので、大きな体がもっと大きく見えた。一礼をする。
「綱殿、藤虎殿。ありがとうございました」
小瓶を返しに来たのだ。それを竜杏は受け取り、巾着の中に入れる。そして紐を取り出した。保昌に差し出す。彼は首を捻った。
「細い紐ですが、これは?」
「妖怪を捕らえられる紐だ。絶対にちぎれない。保昌に渡しておく。上手く使ってくれ」
「これも、タエ殿の道具でしょうか?」
「ああ。すごいよな。暴走した鬼ですら、この紐を切る事は出来なかったんだ」
幸成の事を思い出した。タエと初めて共闘した時だ。
「承知しました。して、タエ殿は?」
「自分のやるべき事をしに行った。戦場で落ち合うよ」
「お、女子が戦場に!?」
びっくりする保昌を見て、竜杏と藤虎は、くすりと笑った。
「ああ。俺達と一緒に戦ってくれる神の使いだ」
「は、あ……」
竜杏は真実を口にしたが、保昌は首を捻るばかりだった。兵達の準備も整い、整列する。後ろには父の宛が彼らを見ていた。
竜杏、藤虎、保昌は馬に乗る。そこで藤虎が気付いた。
「御館様、指輪はどうされたのですか?」
竜杏の左手薬指に、婚姻の証である指輪がなかったのだ。
「タエに預けてある。傷付いたら嫌だしね」
「なるほど」
竜杏は一同を見た。宛の視線は、視界の片隅に捉えるだけにした。
「皆! 心の準備は良いか。此度の敵は死霊、妖怪だ。この京を守る為に、尽力せよ。 出陣!」
「おおっ!」
竜杏を先頭に、兵が歩みを始める。目指すは、あの平原。
「り――じゃなかった。綱!」
「わっ!」
屋敷を後にすると、ハナと煉がすぐに合流した。兵達の中にいると、彼らは妖怪が見えるだけに大騒ぎになると思ったのだ。案の定、保昌をはじめ兵達は一気に警戒の色を見せた。
「心配いらない。俺の家族だ」
竜杏と藤虎の間を同じスピードで歩くハナに、竜杏の肩に乗る煉。馬達も全く恐れていない。ずっと同じ屋敷で暮らしてきたからだ。
「か、家族……」
「一緒に戦ってくれる。白い犬がハナ。貴船の神の使いだ。こっちが煉。炎を操る。頼もしいよ」
「よろしく!」
ハナと煉が保昌達に、にっと笑った。「しゃべったあぁ!!」と一同騒然となったのは、言わずもがな。
ハナや御神体の鏡のおかげか、平原に到着するまで、妖怪が襲ってくる事はなかった。むしろ、全く見かけなかったのが、とても不思議に思えた。
広く開けた場所。草が茂っていたが、土が見え、草がひっくり返っていたのは、タエ達が皆で掘り返したからだ。足を取られないように、土を踏み固めていたが、少し違和感のある光景だった。
「明るい時に見ると、俺達、凄い事をしたんだね」
竜杏がぽつりと呟いた。藤虎も感心していた。
「平原中、掘ったもんね」
ハナが苦笑する。しかし、おかげで呪符をほぼ全て見つけられたはずだ。まだ残っていたとしても、数体なら余裕で対応できる。
どおおぉぉんっ!!
平原の先にある森から爆発音が響いた。大きく土煙が上がり、兵達は騒然となる。
「なんだ!?」
「敵かっ」
「綱殿」
保昌も少し不安そうに竜杏を見たが、彼は全く動じていない。
「あぁ、大丈夫。あれは――」
言う前に、その人物が脅威の跳躍で飛んで来た。着地すると、ざざざっと土を掘った。
「うちの管轄に入ったから、とりあえず吹っ飛ばしたよ!」
「タエ」
竜杏の表情が柔らかくなる。タエがにっと笑った。彼女の代行者の姿を見て、保昌や兵達は目を丸くしていた。
「タエ殿……。その姿は」
「私の戦闘服です。私も一緒に戦います!」
透明の刀身をびゅっと振り、汚れを落とす。美しい刀に見惚れる者もいる。
「本当に……?」
「タエはそこらの女とは違うんだよ」
竜杏は、どことなく自慢げだ。タエは竜杏に現状を報告する。
「死霊の軍勢は、ざっと見て百以上はいるね。さっき私が半分以上吹っ飛ばしたけど、どんどん湧いてくる。奴らの中に大将がいるみたい」
「大将?」
頷くタエ。藤虎、保昌達もじっと聞いている。
「一人、大きい体の死霊がいるの。そいつを斬ろうとしたら、周りの奴らが必死に守ってきた。分厚い壁になってたから、刀が届かなかった。だから周りを蹴散らしたけど、もう軍の人数は戻ってるかも。増えてるかもしれない」
「その大将を倒さないと、死霊は消えないってわけか」
「そういう事やね。あと、森の中で妖怪がたくさんこっちを見てる。話し合える奴らじゃなさそう。襲う隙を伺ってる」
タエの話に、兵達は不安の色を浮かべていた。真正面から妖怪と向かい合う戦いが初めてなので、いつもの調子が出ないのだ。
「それともう一つ。死霊の軍行のせいで、村から逃げた人達があの森を抜けようとしてる。その内の何人かが、こっちに向かって来てる」
「村人が?」
竜杏が片眉を上げた。目の前の平原を注意して見ていると、森から影が出てくるのが見えた。
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