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月夜の代行者  作者: うた
第三章
178/330

174 出陣準備

ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます!

 翌朝早朝。竜杏、タエ、ハナ、煉、藤虎は渡辺家に来ていた。兵達が集まる前に密かに家に入り、出陣準備をする。父・宛の迎えはなかった。それはそれで気持ちが楽な竜杏は、綱の部屋へ最初に向かった。


「綱。行ってくるよ」

 キレイに貼り直された障子越しに声をかける。ごそり、と部屋の中で動く気配がする。

「竜!」

 障子を開け、すぐさま竜杏をがっちり抱きしめた。

「綱……、出ちゃダメでしょ」

「誰も見てないだろ。タエとハナ殿は?」

「少し離れた所にいる。気を遣ってくれた」

 タエとハナは、兄弟の時間を作ってあげようと取り計らったのだ。綱も、その気持ちに感謝した。

「そうか。しっかり、隊長を務めてくれ」

「ああ」

「生きろよ。敵わないと思ったら、逃げて良いからな」

「ああ」

 綱は、竜杏の背中をばしばし叩いた。

「痛いよ」

「痛みは生きてる証だ。……すまない」

「……」

「こんな家に生まれたばっかりに……、あんな父親だったせいで、お前の人生は――お前の人生なのに……」

 綱が悔しそうに顔を歪めた。こんなに感情を顔に出す綱は珍しい。竜杏は、首を横に振った。

「いいんだ。これが、俺の人生なんだよ。俺は、綱の弟で、母上と父上の子として生まれる事を選んだんだ。これが、俺の学びなんだ」

「竜……」

「父上が、俺を切り捨てるつもりで前線に送るのも、全てを受け入れてるわけじゃない。抗ってやろうって思ってる。生き抜けたら、影武者を辞めるって言ってやろうかな」

「ああ。言ってやれ。この家から解放されろ。自分のやりたいようにすれば良い」

 二人でにやりと笑い合う。戦の後の事を考えると、楽しくてしょうがないのだ。

「だったら、さっさと行って来い。さくっと全滅させて、さっさと戻って来いよ」

「ああ。行ってくる」

 綱が手を上げた。竜杏も、同じく手を上げて、ぱん、と手を打った。




「背中の紐、結んでくれる?」

「はい」

 タエは、竜杏の鎧の装着を手伝った。平安時代の大鎧。教科書や参考書、博物館などでしか見られなかったものだ。本物を手にして、タエは感嘆の声を漏らしていた。太陽が出た所なので、まだ薄暗いのだが、煉の炎のおかげで部屋は明るい。藤虎が次に装備するものを持ち、手順を教えてくれる。ハナも側で見守った。

 タエは、手伝える事が、嬉しかった。

「鏡は、ここに着けるね」

 貴船の御神体の鏡を、タエは彼の左胸の所に下げている“鳩尾板きゅうびのいた”の後ろに括りつけた。

(どうか、御加護を……)

 タエは心を込めた。竜杏を見上げると、優しい笑みでタエを見ている。

「ありがとう」

「うん」

 竜杏は愛刀を腰に差し、兜を手に持った。

「雄々しい姿です」

「そんな事ないよ」

 藤虎が竜杏の前に来て、しげしげと眺めていた。何度も共に戦に出ているが、毎回、感極まっている。

「藤虎、俺の側にいてくれて、本当にありがとう」

「え……」

 目を瞠る藤虎。

「俺を育ててくれて、感謝してるんだ。俺にとって、本当に父親だと思えるのは、藤虎だけだよ」

「何をおっしゃいますか。身に余るお言葉です。これからも着いて参りますよ」

「うん。よろしく」

 涙を拭う藤虎を見て、竜杏が藤虎の肩に手を置いた。

(本当に、心から笑えるようになられましたなぁ……。あなたは、これからもっともっと、幸せにならなければ)

 竜杏の手に自分の手も重ね、ぐっと握る。戦への決意をより一層固めた。




 カシャ。


 竜杏が音をした場所を見ると、タエがスマホで写真を撮っていた。藤虎が鎧を着るのもタエは手伝い、目の前には鎧姿の竜杏と藤虎がいる。

「カッコいい二人の姿を、残しておきたくて」

 日も大分昇り、明るくなってきた。写真もバッチリの光量で写っている。


 カシャシャシャシャシャシャ。


「連写してる」

 ハナが吹き出した。タエはいろんな角度から撮りまくっていた。

「出陣を見られないから、見られる時に、見ておこうとね」

 彼らは庭に出ていた。タエの見送りの為だ。タエはこの後、貴船神社に行く予定になっている。代行者モードで彼女も出陣するので、生身の体を高龗神に預ける事になったのだ。屋敷に寝かせておく事は、危険だと竜杏と藤虎が言った。精霊妖怪に守ってもらう事も出来るが、留守になった屋敷に、泥棒だけでなくどんな妖が入ってくるか分からない。タエの体を残しておく事に抵抗があったのだ。

 タエが現代から持って来たカバンも一緒だ。持ち歩くのは、久しぶりだ。万が一の事を考えての事でもあった。


(考えたくないけど、晴明さんが言ってた。戦は何が起きるか分からない。全ての可能性を考えて、行動しないと……)


 ぐっと胸が詰まる思いだったが、負の感情を振り払う。

「じゃあ、そろそろ行かないと」

 タエはスマホをカバンにしまい、肩にかけた。動きやすいタエの私服を着て、目立たないよう上に壺装束の着物を一枚着ている。その上から、高龗神から借りた羽織を着た。カバンの存在が、違和感ありありだ。

「初めて会った時を思い出すな」

 妖怪に襲われている竜杏を助けに、私服にカバン、羽織を着た状態で戦ったのだ。随分と前の事のようだ。あれからいろんな事があった。

「ふふ。そうやね」

「まさか、夫婦になるなんて、誰か想像してた?」

 全員が首を横に振る。そして、皆で笑い合った。


「じゃあ、高様に魂を抜いてもらうから、ハナさんは竜杏と藤虎さんと一緒にいてね」

「うん」

 行動を確認し合い、タエは煉の所へ来た。煉はふわふわ浮いている。

「煉ちゃん、竜杏の側を離れないでね」

「分かってる」

 煉もしっかり頷いた。

「私とハナさんは、戦いが始まれば、ずっと側にいる事が難しい。だから、竜杏をお願い!」

 タエの必死な眼差しで見つめられ、煉も背筋が伸びる心地だった。タエとハナは、今までずっとやってきた竜杏の護衛を、煉に任せたのだから。

「ああ。守ってみせる」

 煉の頭をなで、藤虎と目が合った。タエは手に持っていた巾着を渡した。

「中に神水の小瓶が入ってます。それを全員の武器にかけて下さい。あと、妖怪を捕まえられる紐もあります。細いけど、絶対切れません。使って下さい」

「ありがとうございます」

 巾着を受け取る為に手を伸ばしたが、藤虎は、タエの手ごと掴んだ。少しびっくりする。

「タエ様。本当に、感謝しかありません」

「藤虎さ――」

「御館様だけでなく、私も救われました。共に生活が出来て、楽しゅうございました。戦が終わったら、また皆でご飯を食べましょう」

「はい!」

 タエもぎゅっと手を握り、手を離した。


「それじゃあ、竜杏――」

 行くねと最後まで言わせてもらえなかった。竜杏はタエの手を引っ張り、その勢いのまま口づけたのだ。周りなど全然気にしていない。

 いつもより長めの口づけだが、それでも名残惜しく、二人は離れる。

「気を付けて」

「それは竜杏達でしょ? 落ち武者を見つけたら、先に殲滅しとくね」

「斬る相手が減るのは残念だ」

「残念がって良いよー。じゃ、戦場で」

「ああ」

 依り代を手にして、晶華を呼び出した。タエは、能力が向上した足で貴船神社まで行くのだ。真っ直ぐ行けば、最短距離、最短時間で着く。代行者モードになったら、そこから落ち武者の軍行を探し、先に討って出る。


 タエは皆に手を振ると、塀を飛び越え、走って行った。気配が遠くなるのを感じると、竜杏はハナの前に膝を付く。

「ハナ殿、よろしく頼む」

「ええ。全力で戦うわ」

 ハナの頭をなで、首も触れると、竜杏が上げた瑪瑙めのうの勾玉が、太陽の光を受けキラリと光った。竜杏はその時の事を思い出して、ふっと笑みがこぼれる。

「煉も、よろしく」

「おうっ!」

 拳を合わせた。


 もう屋敷に兵が集まり出し、賑やかになって来ている。遠くの廊下に、父・宛の姿が見えた。竜杏を呼びに来たようだ。それを見つけ、竜杏は腰の愛刀を握った。鎧がカシャン、と音を立てた。



「さあ、出陣だ」


読んでいただき、ありがとうございました!

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