174 出陣準備
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翌朝早朝。竜杏、タエ、ハナ、煉、藤虎は渡辺家に来ていた。兵達が集まる前に密かに家に入り、出陣準備をする。父・宛の迎えはなかった。それはそれで気持ちが楽な竜杏は、綱の部屋へ最初に向かった。
「綱。行ってくるよ」
キレイに貼り直された障子越しに声をかける。ごそり、と部屋の中で動く気配がする。
「竜!」
障子を開け、すぐさま竜杏をがっちり抱きしめた。
「綱……、出ちゃダメでしょ」
「誰も見てないだろ。タエとハナ殿は?」
「少し離れた所にいる。気を遣ってくれた」
タエとハナは、兄弟の時間を作ってあげようと取り計らったのだ。綱も、その気持ちに感謝した。
「そうか。しっかり、隊長を務めてくれ」
「ああ」
「生きろよ。敵わないと思ったら、逃げて良いからな」
「ああ」
綱は、竜杏の背中をばしばし叩いた。
「痛いよ」
「痛みは生きてる証だ。……すまない」
「……」
「こんな家に生まれたばっかりに……、あんな父親だったせいで、お前の人生は――お前の人生なのに……」
綱が悔しそうに顔を歪めた。こんなに感情を顔に出す綱は珍しい。竜杏は、首を横に振った。
「いいんだ。これが、俺の人生なんだよ。俺は、綱の弟で、母上と父上の子として生まれる事を選んだんだ。これが、俺の学びなんだ」
「竜……」
「父上が、俺を切り捨てるつもりで前線に送るのも、全てを受け入れてるわけじゃない。抗ってやろうって思ってる。生き抜けたら、影武者を辞めるって言ってやろうかな」
「ああ。言ってやれ。この家から解放されろ。自分のやりたいようにすれば良い」
二人でにやりと笑い合う。戦の後の事を考えると、楽しくてしょうがないのだ。
「だったら、さっさと行って来い。さくっと全滅させて、さっさと戻って来いよ」
「ああ。行ってくる」
綱が手を上げた。竜杏も、同じく手を上げて、ぱん、と手を打った。
「背中の紐、結んでくれる?」
「はい」
タエは、竜杏の鎧の装着を手伝った。平安時代の大鎧。教科書や参考書、博物館などでしか見られなかったものだ。本物を手にして、タエは感嘆の声を漏らしていた。太陽が出た所なので、まだ薄暗いのだが、煉の炎のおかげで部屋は明るい。藤虎が次に装備するものを持ち、手順を教えてくれる。ハナも側で見守った。
タエは、手伝える事が、嬉しかった。
「鏡は、ここに着けるね」
貴船の御神体の鏡を、タエは彼の左胸の所に下げている“鳩尾板”の後ろに括りつけた。
(どうか、御加護を……)
タエは心を込めた。竜杏を見上げると、優しい笑みでタエを見ている。
「ありがとう」
「うん」
竜杏は愛刀を腰に差し、兜を手に持った。
「雄々しい姿です」
「そんな事ないよ」
藤虎が竜杏の前に来て、しげしげと眺めていた。何度も共に戦に出ているが、毎回、感極まっている。
「藤虎、俺の側にいてくれて、本当にありがとう」
「え……」
目を瞠る藤虎。
「俺を育ててくれて、感謝してるんだ。俺にとって、本当に父親だと思えるのは、藤虎だけだよ」
「何をおっしゃいますか。身に余るお言葉です。これからも着いて参りますよ」
「うん。よろしく」
涙を拭う藤虎を見て、竜杏が藤虎の肩に手を置いた。
(本当に、心から笑えるようになられましたなぁ……。あなたは、これからもっともっと、幸せにならなければ)
竜杏の手に自分の手も重ね、ぐっと握る。戦への決意をより一層固めた。
カシャ。
竜杏が音をした場所を見ると、タエがスマホで写真を撮っていた。藤虎が鎧を着るのもタエは手伝い、目の前には鎧姿の竜杏と藤虎がいる。
「カッコいい二人の姿を、残しておきたくて」
日も大分昇り、明るくなってきた。写真もバッチリの光量で写っている。
カシャシャシャシャシャシャ。
「連写してる」
ハナが吹き出した。タエはいろんな角度から撮りまくっていた。
「出陣を見られないから、見られる時に、見ておこうとね」
彼らは庭に出ていた。タエの見送りの為だ。タエはこの後、貴船神社に行く予定になっている。代行者モードで彼女も出陣するので、生身の体を高龗神に預ける事になったのだ。屋敷に寝かせておく事は、危険だと竜杏と藤虎が言った。精霊妖怪に守ってもらう事も出来るが、留守になった屋敷に、泥棒だけでなくどんな妖が入ってくるか分からない。タエの体を残しておく事に抵抗があったのだ。
タエが現代から持って来たカバンも一緒だ。持ち歩くのは、久しぶりだ。万が一の事を考えての事でもあった。
(考えたくないけど、晴明さんが言ってた。戦は何が起きるか分からない。全ての可能性を考えて、行動しないと……)
ぐっと胸が詰まる思いだったが、負の感情を振り払う。
「じゃあ、そろそろ行かないと」
タエはスマホをカバンにしまい、肩にかけた。動きやすいタエの私服を着て、目立たないよう上に壺装束の着物を一枚着ている。その上から、高龗神から借りた羽織を着た。カバンの存在が、違和感ありありだ。
「初めて会った時を思い出すな」
妖怪に襲われている竜杏を助けに、私服にカバン、羽織を着た状態で戦ったのだ。随分と前の事のようだ。あれからいろんな事があった。
「ふふ。そうやね」
「まさか、夫婦になるなんて、誰か想像してた?」
全員が首を横に振る。そして、皆で笑い合った。
「じゃあ、高様に魂を抜いてもらうから、ハナさんは竜杏と藤虎さんと一緒にいてね」
「うん」
行動を確認し合い、タエは煉の所へ来た。煉はふわふわ浮いている。
「煉ちゃん、竜杏の側を離れないでね」
「分かってる」
煉もしっかり頷いた。
「私とハナさんは、戦いが始まれば、ずっと側にいる事が難しい。だから、竜杏をお願い!」
タエの必死な眼差しで見つめられ、煉も背筋が伸びる心地だった。タエとハナは、今までずっとやってきた竜杏の護衛を、煉に任せたのだから。
「ああ。守ってみせる」
煉の頭をなで、藤虎と目が合った。タエは手に持っていた巾着を渡した。
「中に神水の小瓶が入ってます。それを全員の武器にかけて下さい。あと、妖怪を捕まえられる紐もあります。細いけど、絶対切れません。使って下さい」
「ありがとうございます」
巾着を受け取る為に手を伸ばしたが、藤虎は、タエの手ごと掴んだ。少しびっくりする。
「タエ様。本当に、感謝しかありません」
「藤虎さ――」
「御館様だけでなく、私も救われました。共に生活が出来て、楽しゅうございました。戦が終わったら、また皆でご飯を食べましょう」
「はい!」
タエもぎゅっと手を握り、手を離した。
「それじゃあ、竜杏――」
行くねと最後まで言わせてもらえなかった。竜杏はタエの手を引っ張り、その勢いのまま口づけたのだ。周りなど全然気にしていない。
いつもより長めの口づけだが、それでも名残惜しく、二人は離れる。
「気を付けて」
「それは竜杏達でしょ? 落ち武者を見つけたら、先に殲滅しとくね」
「斬る相手が減るのは残念だ」
「残念がって良いよー。じゃ、戦場で」
「ああ」
依り代を手にして、晶華を呼び出した。タエは、能力が向上した足で貴船神社まで行くのだ。真っ直ぐ行けば、最短距離、最短時間で着く。代行者モードになったら、そこから落ち武者の軍行を探し、先に討って出る。
タエは皆に手を振ると、塀を飛び越え、走って行った。気配が遠くなるのを感じると、竜杏はハナの前に膝を付く。
「ハナ殿、よろしく頼む」
「ええ。全力で戦うわ」
ハナの頭をなで、首も触れると、竜杏が上げた瑪瑙の勾玉が、太陽の光を受けキラリと光った。竜杏はその時の事を思い出して、ふっと笑みがこぼれる。
「煉も、よろしく」
「おうっ!」
拳を合わせた。
もう屋敷に兵が集まり出し、賑やかになって来ている。遠くの廊下に、父・宛の姿が見えた。竜杏を呼びに来たようだ。それを見つけ、竜杏は腰の愛刀を握った。鎧がカシャン、と音を立てた。
「さあ、出陣だ」
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