171 妖怪達の気持ち
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「まだ力が戻らない!?」
もう太陽が傾き、空が赤く染まる。竜杏とタエも屋敷に戻ってきており、都の各地で騒ぎが起きていた事は、気配で察していた。晴明とハナ達の事なので、とっくに解決しているものだと思っていたが、縁側で話を聞き、二人は驚いていた。
「封印していた四神の球は、全部壊したんでしょ?」
竜杏の言葉に、ハナは頷いた。煉や野槌達妖怪も、すぐ側で疲れて休んでいる。精霊達も封印の石を破壊して、労をねぎらい、もう住処に戻っていた。
「うん。あの後、皆でもう一度球が割れてるのを確認しに行って、晴明殿も間違いないって。今日は、皆疲労もあるから、先に屋敷に帰っていいって言われて」
「で、晴明さんは?」
タエが先を促した。煉はチリチリになっている髪の毛をいじっていた。
「気になる事があるから、街を歩いてくるって」
「気になる事?」
タエが首を捻る。竜杏は、うむ、と考え、口を開く。
「ねぇ。四神て、五行の力を持ってるんだよね?」
「そう。だから、奴らの弱点の属性を持つ私達が、それぞれ割り振られたの」
晴明の指示は的確だった。確実に仕留められる属性をぶつけたのだ。おかげで混乱も少なく、倒す事が出来たのだった。
「だったら、あと一つ力が残ってるんじゃ?」
タエもようやく気が付いた。
「ほんとだ。えーっと、どの属性?」
「土よ」
ハナが答えた。タエは、あはは、と笑って誤魔化している。
「きっと、晴明殿はその土の属性の封印を探しに行ったんだと思う。四神は東西南北。あとの一つは“中央”だから」
「中央……。それで街か」
「ええ」
竜杏も、五行相剋について、しっかりと身に付けている。タエは行き当たりばったりの出たとこ勝負な所があるので、もっと勉強しなくてはと、密かに思った。
「中央の獣は、確か麒麟だったね」
竜杏の言葉に、ハナの目が丸くなった。
「よく覚えてたね。私、たぶん一回しか言ってないと思うのに。しかも軽く流した話で。お姉ちゃんは、すっかり忘れてたでしょ」
「あっははー」
「笑って誤魔化さないの」
「もう忘れません!」
はぁ。ハナがため息をつく。そんなハナと、苦笑するタエを見て、竜杏がくすりと笑った。
「俺は、勉学と剣術しかしてこなかったから。覚えるのは得意なんだよ。それだけ」
「それがすごいよ」
タエが渋い顔をして言った。竜杏と同じ頭脳を持っていたら、テストも赤点ギリギリなど取らなくてすむのに。むしろ試験勉強すらしなくてもいけるのでは? と思ったりしていた。
「話を戻すよ。きっと封印の球はあと一つ残ってるとみていいわね。晴明殿が見つけていればいいけど。じゃなきゃ、帝を守れない。道満の思うツボよ」
「竜杏が出陣したら、私達も行くもんね。悪い妖怪が出たら、京を守りきれない」
「高様の式様達も手伝ってくれるけど、守れる手は、多い方が良いわ」
皆が頷き合う。
「今日はもう遅いから、明日、晴明の所に行こうと思う。皆、一緒に来てくれる?」
「もちろん!」
タエ、ハナ、煉が元気に答えた。
夜。今夜は、先に全員で竜杏を狙う鬼の呪符を探す事にした。野槌達も一緒に捜索に加わった。妖怪が暴れたら困るので、しばらくしたらハナが都に戻り、妖怪を殲滅していく段取りだ。
「出陣が早まるかもしれないって、言ってたよね?」
ハナが問うた。竜杏が頷く。
「ああ。落ち武者は、昼夜問わず歩けるからな」
もう探す場所は土の中だけ。皆で土を掘りながら、呪符を見つけていく。まだ落ち武者の位置は、ここまで距離があるらしく、タエ達の管轄外。先に攻める事は出来なかった。
「あった。まったく……道満は、どれだけ呪符を隠してるんだ?」
正直、うんざりしていた。ハナ達も、いい加減にしてくれと叫びたい気分だ。煉に呪符を渡すと、ぼっと勢いよく炎が上がり、瞬時に呪符は灰になった。
「急ごう。出陣が早まれば、もう探せない」
皆が確認し合い、手を動かし続ける。竜杏は、その光景を見て、ただ感謝しかなかった。
「ありがとう」
側にいたハナや妖怪達は竜杏を見た。土を掘り返して、皆、体中が汚れている。
「俺が鬼に喰われたら、京は終わりだから。晴明の事も。力を貸してくれて、ありがとう」
「勘違いしたら困るよ。御館様」
緑の肌の小鬼が、見つけた呪符で竜杏を差した。
「俺達が呪符を探したり、戦ったりすんのは、京の為でも、陰陽師の為でもないよ」
「え?」
竜杏は小鬼を見つめた。
「皆、御館様が好きだから。御館様の為に、動いてんだ」
「……」
竜杏は、周りを見回した。誰もが彼を温かい眼差しで見つめている。月明りと妖怪達の炎があるので、皆の顔がはっきり見えた。
「俺、の――?」
「ああ!」
小鬼が照れたように笑う。
「御館様、代行者になるんだろ? それなら、この土地は安泰だ。困った事があれば、俺達に相談してよ。力になるからさ」
「……っ」
胸が詰まる思いだった。ずっと苦しめられてきた妖怪という存在。嫌いだった。敵だった。
それが今、自分の周りに集まってくれ、自分の為に体を泥だらけにしてくれている。
「良かったね、竜杏」
タエとハナは笑っていた。
(ああ、そうだ……。二人が、俺を変えてくれた……)
千草を助ける為に、タエと初めて意見がぶつかった。あの時は最初、理解できなかったが、タエとハナが妖怪に対等に接している姿を見て、今まで自分が見て来た世界と違う事に気付いたのだった。いつも近寄って来るのは、邪悪な妖怪ばかり。真っ黒の瘴気を発して、暴走していた幸成ですら救ってみせたのだ。その衝撃は、相当なものだった。
それから煉を助け、妖怪達のケガを治療するようになり、用がなくても屋敷に彼らが来るようになった。再び妖怪屋敷になってしまったが、空気は澄んだまま。共に遊んだり、和やかな雰囲気は、竜杏も心地が良かった。
「大丈夫やよ。竜杏は、一人じゃない」
砂にまみれた手で、タエは竜杏の手を握った。竜杏も握り返す。
「ああ。ありがたいな」
表情を和らげ、妖怪達を見た。
「ありがとう。これからも、よろしく頼むよ」
「ああ!」
彼らとも絆が出来た。代行者となる竜杏を、支えてくれる者がたくさんいて、タエとハナも嬉しくて涙が滲んだ。
「それじゃあ、私は都に戻るね」
「うん。よろしく!」
「気を付けて」
タエと竜杏、そして多くの仲間達に見送られ、ハナは邪悪な妖怪退治へと向かった。
必死に呪符を探す竜杏達。黒い足音は、徐々に、そして確実に近付いて来ていた。
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