170 南・東
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「一体どこに――」
ハナは、羅城門から西を見たが、何もない。そして今は東側を見ている。もうすぐ通りの端だ。
(どこにある? 力を封じてるモノはどんなモノ? 早く見つけなきゃ)
焦る。ハナは壁の上、下、地面をくまなく探す。通りの端が見えた。と、そこで一つの違和感を見つけた。
「これは……?」
道端に置かれている像だ。像と言っても、高さは四十センチ、厚み二十センチほどの石。それが人の形に浮き彫られている。仏像のようだった。その像の、手の部分に赤い球が埋め込まれていたのだ。
その石は、像に不釣り合いな程、美しく、日の光に当たって輝いていた。
「赤い……石」
妙に心臓が騒ぐ。背中の毛が逆立った。ハナはこれだと思い、少し触れてみた。他の場所にあった球と同じく、黒い瘴気が立ち込め、その中から火の鳥、朱雀が現れた。目つきは鋭く、瞳は瘴気で黒い。邪悪さをありありと見せていた。
「四神は都を守る獣。こんな事、絶対に許せない!」
ハナは怒りを露わにし、巨大化すると、朱雀に飛び掛かった。朱雀は翼を羽ばたかせ、火の粉を撒き散らす。ハナはそのまま突っ込み、龍爪の爪で切り裂く。
「キエエェェェェ!」
朱雀が吠えた。体が裂けて炎がぶすぶすと煙を上げるが、すぐに元に戻る。その通りを歩く人は、朱雀の姿が見えたようで、恐怖に叫びながら逃げて行った。
「龍登滝!」
朱雀の下の地面に水の輪が出来る。そして、水龍が上って来た。朱雀を呑み込み、滅する為に。ばくんと水龍に喰われた朱雀だが、腹の中でその身を丸め、溶ける事に抵抗していた。
じゅうじゅうと、水龍の腹から水蒸気が上がる。水龍は、苦しそうに身をよじりだした。
「水龍、負けるな!」
ハナの言葉もむなしく、水龍は、中から弾け飛ぶ。朱雀の熱が勝ってしまった。
「だったら!」
高く跳躍し、ハナの爪が朱雀を切り刻んだ。炎に実体はないが、ハナは何度も刻む。
「貴船の源流よ、ここに来たれ。降り注げ!」
ハナの言葉に応えるように、朱雀の上空に水の輪が出来た。そこから雨のように降って来る貴船の神水。朱雀は炎が消えないように、必死に体を燃えたぎらせた。
「体を細かくすれば、水に多く触れる。熱を発せられないはず」
ハナの体も神水で濡れているが、構わずに攻撃の手を止めない。龍爪で朱雀を裂き、龍尾で体が戻らないように散らしていた。
ぼぼぼ! 炎がくすぶり出した。ハナはこの瞬間を逃さない。
「消えろ。龍登滝!!」
再び水龍を呼び出し、朱雀を呑み込む。バラバラになった炎が、水龍の中で消えていく。そのまま上空へ昇って行き、水しぶきをキラキラ巻いて、水龍は消えた。
「ふぅ」
ぶるぶるっ。ハナは体を振って、しぶきを落とす。まだ毛はしっとりしているが、徐々に乾くだろう。
ぱきんっ。
赤い球にひびが入り、二つに割れた球は、像からぽろりと落ちた。球を埋める為に、わざわざ削ったらしい。削り痕が新しかった。
「手の込んだ事をするのね」
ハナは球を見つめる。もうただの石に戻っている。瘴気も感じられないので、像の傍らに置くと、晴明の元へ向かった。
「くそ。どこにある……」
晴明は馬に乗って、鴨川沿いを走っていた。通りの真ん中にあるかと思ったが、全く見つからない。晴明は、鬼門の石を破壊した場所から馬を駆り、通りの北から南下する。しかし、この辺りではない気がした。力はまだ元に戻っていないが、現地に足を運ぶと、空気や風が教えてくれているようだった。
地図に手をかざして気配を探したが、大まかな事しか分からず、はっきりとした場所は知る事が出来ない。
彼に出来る事も、足で探す事だけだ。晴明は南へ向けて速度をゆっくりにして、辺りをくまなく見て行く。
「かなり南へ下がって来たが。もう通りの端に着いてしまうぞ」
鴨川を左手に馬を進めていると、川沿いに植わっている木の前で、河童が困っていた。
「河童?」
晴明は馬を降り、河童に近付く。彼に気付いた河童は、びくりと肩を震わせ、怯える表情を見せた。すぐにでも逃げてしまいそうだ。
「あっ、安倍晴明だぁ!!」
「待て。祓いはせん。何があった?」
その場には河童だけではなく、鰻になまずやヒル、亀の妖怪もいた。晴明が側に来ると、緊張しながら河童が訳を話し出した。
「この木はおいら達の昼寝の場所なんだ。お日さんがぽかぽか当たって、あったかいから。でも変な奴がずっと陣取ってて、近付けねぇんだよ。今日もどかねぇ」
「変な奴……?」
晴明が木を見ると、幹にツタが絡まっているだけに見えた。しかし、その奥に潜む邪悪な気配を感じ取る。ツタを引きちぎり、幹が丸見えになると、晴明の目の色が変わる。
「これか! お前達、これはいつからあった?」
妖怪達は首をひねる。
「ずっと前から。えーっと、満月を二回見たかなぁ」
「二回……」
晴明が呟くと、刀をすらりと抜いた。途端に悲鳴を上げる河童達。
「ひええぇぇっ」
「安心しろ。お前達を斬りはせん。お前達のおかげで探し物が見つかった。感謝する。ここから離れていろ。昼寝の場所を、取り返してやろう」
「た、頼んだぜ!」
刀が向いているのは木。河童達は、巻き込まれてはたまらないと、川の中に身を隠した。
「上手く隠したものだ」
木の幹の中にあったのは、青い球。幹に埋め込んでいたその上に、ツタが這い、球を隠していた。河童達の話を聞かなければ、決して見つけられなかっただろう。
がきんっ!
晴明は自分の獲物である妖刀で、球を砕こうとした。球に突き立てた所で瘴気が噴き出し、空中に漂う。その中から、青龍が現れた。晴明を見据える。
「道満の奴め。厄介な事をしてくれる」
刀を構えた。青龍は、息を吐くとそれが強風となり、晴明を襲う。吹き飛ばされないよう、踏ん張るが、じりじりと後ろに押されてしまう。
「くっ」
横に飛び退き、風から逃れると、真っ直ぐ青龍へと走って行く。正面からでは風で飛ばされるので、腹の下に潜り込み、すかさず刀で腹を斬った。
「ギャアアァッ!!」
青龍が空中で身をよじり、痛がっている。木の属性の青龍にとって、弱点である金属の物によって斬られる痛さは、他の属性の比ではない。
「飛べん人間には、やり辛い相手だな……」
空中に逃げられれば、晴明の刀は届かない。
「晴明殿、乗って!」
ハナが南の通りの角を曲がって走って来る。彼女は朱雀を倒してすぐ駆け付けたのだ。
「有難い!」
晴明が飛び乗ると、空へと飛びあがる。青龍は球が埋まっている木の枝を伸ばし、下からハナを串刺しにしようとするが、大人しくやられるハナではない。避けながらも青龍との距離を詰めていく。
青龍の頭上を取った。直滑降に高度を下げるのは、まるでジェットコースター並み。それでも晴明は青龍の首を斬る事だけを考え、ハナの毛をしっかり握った。
「ギャアッ」
「ちぃっ」
首を半分斬ったが、落とすまではいかなかった。体を捻り、回避されたのだ。ハナは追い打ちとばかりに、自身も体を捻り、長く鞭のような二本の尻尾で、青龍の体を叩き、川に落とそうとした。しかし、水面に着く前に、青龍は体勢を立て直し、上空の晴明とハナを睨む。大きな口を開け、その牙で噛み砕かんと水面を蹴って飛び上がろうとした。
が。
ぶしゃあああっ!!
「!?」
晴明は目を見開いた。青龍はどこからか突然、物凄い水圧の水を顔にかけられ、怯んでいる。
「よくもおいら達の場所を、めちゃくちゃにしやがってぇ!」
「今だよ!」
川の妖怪達が一斉に、青龍に向かって水を噴射しているのだ。河童や鰻、なまずの妖怪達は口から高圧の水を吐いている。どんな汚れも落としてしまいそうな勢いの水だ。水圧に押され、青龍は上空に逃げる事も出来ないでいる。
ハナは再び急降下。晴明も構えた。そのまま水のなかに突っ込み、どぉんと水しぶきが上がる。騒ぎを遠目に見ていた人達は、唖然としていた。
ばしゃ。
晴明は腰まで川に浸かり、びしょびしょになりながら、ハナの尻尾を掴んで、道に引き上げてもらう。
「ハナ殿。助かった」
「間に合って良かったわ」
元のサイズに戻ったハナは、晴明に頭を撫でてもらい、しっぽをパタパタ振った。青龍の首は完全に落とされ、瘴気となり消えてしまった。形が変わっていた木も、瘴気が晴れると元に戻る。その様子を見て、河童達は喜びの声を上げた。
「やった! おいら達の場所が戻ったぞー!」
「また皆で寝れるねぇ」
二つに割れた青い球。触れても大丈夫か確認し、晴明は木の幹からそれを取り除く。
「お前達にも助けられた。感謝するぞ」
晴明が素直に礼を言ったので、妖怪達は目を丸くした。
「人間に感謝された!」
「おれ達すげぇ!」
「もっと礼を言っていいぞー」
「調子に乗るな」
得意気にふんぞり返る、河童の皿にチョップをした晴明。河童族の急所である皿を叩かれたので、痛みにのたうち回る。
「あああーー!!」
「とにかく、今回の事は感謝しているが、悪さはほどほどにしろ」
「は……い」
河童が涙を溜めながら頷いた。他の妖怪達も渋々頷く。
さて、と晴明は本題に入る。
「ハナ殿。南も、このような球だったか?」
「ええ。赤い球。朱雀が出たわ」
「おーい」
西の上空から煉がやって来るのが見えた。北からは、野槌達だ。
「ちゃんと壊して来たぜ」
「おら達も」
「本当に優秀な妖怪達だな」
晴明がふっと笑った。
「これで、本当に力が戻る?」
ハナの言葉に、彼は札を出した。
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