169 西・北
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「力を封じてるヤツは……どこだ?」
鬼門にあった石を砕き、各自分担された場所へ向かう。煉は、都の西に飛んで来た。西の端は、東に比べ人通りが少なく、閑散としている。竜杏の屋敷も近い。通りを上がれば貴族の屋敷も見られるが、下がると庶民の家が多い。しかし賑わっているわけではなく、空き家もちらほら見られた。
「どこにあるんだ?」
真西にあると思っていたが、見当たらない。
「瘴気が湧いてると思ったけどなぁ」
南へ飛んでみる。さして特別変わった所はない。ある程度進んだところで戻って来た。
「本当にあんのかよ」
ぶつぶつ愚痴も出る。煉は北へ向かってみた。通り沿いの壁は人間が作ったもの。鬼門で見つけた石は、森の中で真四角の石があったので目立った。しかし、ここで四角い石が転がっていても、不自然ではない。煉は見つけられるか、不安になっていた。
「どうすっかなぁ……。ん?」
ふわふわゆっくり飛んで、辺りをよく見ていると、通りの地面の中から、うっすら黒い瘴気が上がっている。
「コレか?」
着地し、瘴気が漏れている場所を掘ってみる。ニヤリと笑った。
「当たりだぜ!」
土の中に埋まっていたのは、白い石を磨いて作られた球だった。それを持ち上げると、黒々とした瘴気が突如溢れ出した。そして、その中から白い虎が現れる。
「晴明の読んだ通りだな。全く、趣味が悪ぃ!」
都を脅かす術を、都を守る守護獣の姿にするなど、神を冒涜するも同然だ。黒い瘴気を纏った白虎は、煉に電撃を落とした。それをひらりとかわし、背中の車輪を燃やす。
「大車輪!」
大きな輪の炎が、高速回転しながら白虎を狙う。白虎も彼の術をかわし、電撃を再び落とす。
「っらぁ!」
電撃に炎をぶつけ、相殺する。爆発で起きる煙の中で、煉と白虎が距離を詰めた。煉は炎の拳を、白虎は大きな牙をむく。
「があぁっ」
煉の炎が白虎の両目を焼いた。小さい彼は動きもすばしっこく、白虎の隙をついたのだ。白虎の頭を飛び越え、後ろを取る煉。
「さっさとくたばれ!」
最後だと、大きな火炎を呼び出そうとした。が、上手くいかなかった。
「っつ……」
煉の腕に、雷がかする。両目が見えなくなった白虎は、暴れだし、手あたり次第に電撃を放出し始めたのだ。四方八方に散る雷に、屋敷の壁を越えて入ってしまったものもあり、落雷の轟音が辺りに響く。人々も何だと騒ぎになりつつあった。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!」
「やろぉ」
人に当たる前に仕留めなければ。煉は迷う事なく、雨のように降り注ぐ雷の中へ飛び込んで行った。
鼓膜が破れて、キーンとなる。
雷の閃光で視界は真っ白だ。
全身がビリビリ痛い。
それでも、煉の瞳はターゲットの白虎を逃さなかった。
どごおおぉぉっ!!
巨大な火柱が上がる。周りの屋敷の人間は、目玉が飛び出るほどに驚いていた。その火柱は、どこに飛び火するでもなく、次の瞬間には火の粉すら残さず消える。
白虎は煉の炎に巻かれ、跡形もなく燃え尽きる。雷もビリビリと地面を流れていき、しばらくすれば、いつもの静かな通りに戻った。
「あの石はっと」
力を封じる白い球を見ると、ひびが入り、パキンと真っ二つに割れた。煉は、仕事が完了したと確信し、へへっと笑う。
「竜杏との絆で強くなった俺の炎が、負けるかよ」
むん、と大きく胸を張る。頭頂部に少しある髪の毛が、雷で少し縮れていた。
「どう? 見つけた?」
砂壺、野槌達、妖怪グループは、大内裏の裏を捜索していた。
「都の中心から外れてるが、大丈夫か?」
野槌は振り返る。都の南北の中心を走る朱雀大路、現代の千本通りから何筋か西に来ている。東は小鬼と狸の妖怪が探しているが、あったという連絡はない。
「見つからなければ、左右に分かれるしかないでしょ? しっかり探して」
さすが帝のいる所。高い壁で囲っている。そこに変わった所はなく、焦りだけが募っていた。
「人間が、私達を頼りにしたの。今まで悪さばかりしてきた、私達を」
竜杏の屋敷に初めて来た時は驚いていた。椎加の呪いに当たってケガをした自分達を、恐れる事もなく手当をしてくれ、屋敷にいる事を許してくれたのだ。
「私達に居場所をくれる人間なんて、いなかった」
「ああ。あの庭ほど、居心地の良い所なんてねぇ……」
砂壺の言葉に頷く野槌。側にいた小鬼も、探しながら笑っていた。
「俺は、鬼だからって、斬られると思った。そしたらさ、おいでって、御館様は手を差し伸べてくれたよ」
右手を見る。緑の肌で、骨ばった細い指。尖った爪。こんな手を、竜杏は握ってくれたのだ。
「俺ぁ、御館様の為に何かしたい。だから、あの方の為に力を使う晴明を手伝いたい」
三人だけではない。共に動く妖怪達、皆が同じ事を思っていた。
「あ、あれか?」
野槌の野太い声が、一点を差した。地中から黒い瘴気がうっすら上がっている。砂壺は東にいた妖怪達を呼び、皆で掘る。
「コレ、だよな?」
緑の小鬼が一応聞いてみる。
「怪しすぎるわね」
砂壺も目の前のモノをじっと見た。
茶色の球だ。手におさまるほどの大きさで、木星のような斜線模様が入っている。
砂壺がその球を手に取ると、一気に瘴気が噴出した。
「平気か!? 瘴気に取り込まれるな!」
緑の小鬼が球から離れる。他の妖怪達も距離を取った。球に触れた砂壺は、両手に瘴気が纏わりついていたが、腕をぶんぶん振って払う。
「心配ないわ」
彼らがまとまっていく瘴気を見上げた。そこから、亀に蛇が巻き付いた形の玄武が現れる。
「やっぱり玄武が出たぁ!」
「玄武って神だろ? 俺達に敵うのか?」
妖怪達は不安になった。
「しっかりしなよ! これは神じゃない。陰陽師が作った偽物だ!」
「そんなモノに、おら達が負けるわけねぇだろ」
砂壺と野槌の叱咤に、皆は元気を取り戻す。
「そうだった。気持ちで負ける所だった」
狸の妖怪は、首を振って、不安も振り払う。
「まず俺達は、あの二匹を引き剥がす!」
「おお!」
小鬼二匹と狸の妖怪は、玄武に飛び掛かり、亀と蛇を分離させる事にした。一体ずつ仕留めてしまおうと考えているのだ。狸が玄武蛇の頭に噛み付き、小鬼達で巻き付いている体を解く。体重をかければ、蛇は亀の上から落ちていった。五メートルはあるであろう玄武蛇の体。なかなか大きい。
「こっち! 今の内に!!」
蛇の体を押さえつけている間に、野槌が口を大きく開け、大量の砂を吐く。玄武蛇も口から水を吐くが、五行相剋の法則により、砂は水を含み重くなり、蛇を圧迫した。
「シャアアァァ!!」
玄武亀も水を吐いて相棒の蛇を助けようとするも、砂壺の壺から出た砂が、その水をせき止めた。
「私を忘れないでもらおうか」
妖怪達のチームワーク。特に相談したわけでもないのに、連携の取れた動きが出来た事は、自分達が一番驚いている。
「狸、刀に化けろ!」
「あいよっ」
狸がポンッと音を立て、刀になった。それを持った緑の小鬼が、玄武蛇の首を落とそうとする。
「おらあっ!」
ざくっ。蛇の首に刃が入ったが、思った以上に斬れない。蛇の首が持ち上がり、水を噴射させて小鬼を吹き飛ばした。
「あっぐ!」
「だ、大丈夫か!?」
もう一人の小鬼が助けに行く。この小鬼は、額に一本の角がある鬼だ。肌の色は灰色に近い。野槌は、蛇が起き上がらないように、自らの尻尾を玄武蛇に叩きつけ、砂を噴き付けていた。
「おらの砂も使え!」
ふっと狸が化けている刀に砂を吐き、砂でコーティングされた刀が出来上がる。
「そうか、土の力!」
灰色の小鬼が再び蛇の首を斬ろうと、代わりに刀を振り上げた時だった。
「妖怪だ! 妖怪がいるぞー!!」
大内裏を警備している兵の声が聞こえたのだ。
「ちぃっ、こんな時に!」
砂壺が悪態をつく。
「貴様らっ、さっさと消え失せ――へぶっ!!」
兵が小鬼達に斬りかかって来ようとしたので、砂壺は、壺の中から砂を一握り掴み、投げつけた。その砂が見事、兵の顔に撒き散らされる。
「やかましいよ! こっちは安倍晴明の指示で動いてんだ。文句があるなら、晴明に言いな!!」
砂壺が叫ぶ。兵士の顔には、晴明からもらった札が貼り付いていた。それを見て、彼らは驚く。
「安倍殿の札! 彼は式神だけではなく、妖怪まで使役するのか」
「使役じゃねぇ。共闘だ!!」
小鬼も叫びながら、刀を振り下ろす。今度はスパッと玄武蛇の首が、見事に斬れた。ざらりと黒い瘴気になり、掻き消える。
「やった!」
喜ぶのもつかの間、玄武亀の方が怒り出し、水を辺りに噴射させる。それに当たったサポート小鬼は、壁に叩きつけられてしまった。
「砂結界!」
砂壺は壺を亀に向け、その巨体を砂で覆ってがっちりと固める事に成功した。玄武亀は、結界を破ろうと水を吐くので、その水も吸い、砂はどんどん固くなる。
「とどめは頼んだよ!」
「行くぞ、小鬼!」
「ああ!」
「おいこら、ちょっと待て――」
集まった兵達は、妖怪同士で戦っている光景に、不思議なものを思いながら、帝を傷付けられては困るので、弓を向けた。
が、全員の動きが止まる。
「言っただろ。俺達は、晴明と共に動いてる。お前ら、都を守りたいんだろ? だったら、陰陽師の力を封じてる邪魔なモンを壊してる俺達の、邪魔をすんな!」
壁に叩きつけられた緑の小鬼が立ち上がり、兵の前に立ちふさがった。その手には、晴明の札。兵達は、現実を突きつけられたのだ。
「噂は本当だったのか。陰陽師の力が封じられているなんて……」
陰陽寮は、事態を公にはしていなかった。しかし、噂は広がるもの。人々の心には、不安が宿る。
「消えろおおぉぉ!!」
砂壺が結界を解く。そして、タイミングを合わせた野槌の尻尾と灰色の小鬼の刀が、玄武亀の首を落とした。
「お゛お゛お゛……」
玄武は、低い唸り声を上げながら、形を保てず瘴気となり、消えた。刀に化けた狸も、ポンっと元に戻る。砂まみれだ。
「ぺぺっ。口がじゃりじゃり……」
「やった! 俺達勝った!!」
「すげぇっ、やれば出来んだな!!」
抱き合って喜ぶ妖怪達。呆然と目の前の光景を見る兵を横目に、緑の小鬼も皆の所へ戻って来た。砂壺が小鬼の頭を撫でる。
「足止めしてくれて助かったよ。すごくカッコ良かった」
「や、やめろよ」
照れる小鬼。彼が兵を止めてくれなければ、けが人が出たかもしれない。玄武を倒せなかったかもしれなかったのだ。それだけ彼のした事は、とても大きな事だった。
「球も割れてる。ここは完了だな」
野槌達が確認した。
「晴明の所に行こうぜ」
「ああ」
妖怪達はにやりと笑い、全員揃って兵達へ向かって走って来る。
「へ? うわあぁぁっ!」
ぶつかると思った所で、兵達の頭の上から砂が一気に降り注ぎ、何かに足を払われ、兵全員が転んでしまった。誰もケガをする者はいなかったが、妖怪達の姿はもう見えない。
背後で笑い声が聞こえた。
「じゃあな☆」
読んでいただき、ありがとうございました!