166 士気
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呪符は十六枚見つけた。タエは高龗神と話をした後、一人で現場に赴き、まだキレイな地面の所を掘り、二枚見つける事に成功する。木霊達が協力してくれたので、だいぶ捜索も進んだ。それでもまだ平原は広い。全て見るには、あと数日かかるだろう。
目が覚めると、今日は渡辺家に行く事になっていた。隊の編成を確認し、出陣に向けての会議、そして兵士を見に行く為だ。タエは屋敷を出る前に、榊の精霊に、鬼門と裏鬼門を調べてみるようにと晴明に言付けを頼んだ。これで晴明の力が戻れば良いが。
タエは竜杏の護衛なので、会議の同席を許された。今日は藤虎もいる。どの道を通って軍行し、あの平原で待ち伏せする事等が話し合われた。
「相手の正体はまだ分からないのですか?」
竜杏の問いに、父の宛は腕組みをした。
「……白骨の落ち武者だという話だ」
「落ち武者?」
竜杏とタエ、藤虎は、目を見開いた。
「人間ではないのですね」
「今朝、帝にも急ぎ伝えられた。今まで何人もの斥候が調べに行っていたのだが、誰も帰って来なかったのだ。ようやく戻って来た一人は今、危篤状態で手当てを受けている。宮中は騒然としている。私もこの後、都の警備強化の会議だ」
かろうじて聞けたのが、「白骨の落ち武者」という言葉。それを聞いた兵達は、恐怖で士気が下がってしまった。
(相手は、人じゃない……)
タエはホッとしていた。竜杏を守る為に、全力で戦える。兵士達とは反対に、タエの闘志はメラメラと燃え始めていた。
「敵の軍行は、丹波の山道を都へ真っ直ぐ進んでおる。予定よりも早く出陣する事になるが、お前以上の適任はおらん。都に一匹たりとも入れてはならんぞ」
宛が竜杏を見た。竜杏も、父親の視線を真っ直ぐ見返し、はっきり言った。
「必ず、全滅致します」
次は集められている兵士達の訓練場だ。渡辺家は武士の家。近くに修練場を構えて訓練をしているのだ。
「タエ、元気になってる」
竜杏が、隣を歩くタエを見て、ふっと笑った。
「これ以上に良い知らせはないよ。敵が人じゃないんやもん。手加減なしで戦える!」
「いつものタエ様ですな」
戦だと不安にさせていたが、死霊相手なら、タエにとってはいつもの代行者の仕事の延長。怖がる事などない。タエの目に闘志が宿ったので、竜杏と藤虎はホッとしていた。
「私はいいけど、兵士の皆さんは、怖いやろうね」
「こっちは人間を相手にしてきたからな。普通の武器では、あの世の者と戦えない。父上は、俺達を壁にする気だ。都の守りを固める時間が必要だからな」
「時間稼ぎ……。竜杏達を何だと思って――!」
タエは怒りが湧いてきた。見殺しにするも同然だ。
「こればかりは、そういう戦略もあるのです。討ち死に覚悟で、前方は戦わねばなりません」
そう言ってはいるが、藤虎も渋い顔をしている。言葉にして、何とか自分を納得させようとしているようだ。
「その為の俺なんだよ。だが、兵達を見殺しには出来ない。隊の長は隊員を守らないと。そこをどうするか……」
話し合いながら歩いていると、訓練場に着いた。模擬刀で戦ったり、槍の修練をしているが、誰も力が入っていないように見える。
「綱殿、藤虎殿」
兵をまとめていた兵士が竜杏に気付き、近付いてきた。彼らの前では、“綱”として振舞わなければならない。
「タエ、この人は藤原保昌。武人としての能力が高く、俺の隊の副官の一人として何度も共に戦に出てる。強いからこれからもっと武功を立てて、上に行く人材だ。和歌もうまい」
「いやぁ、そんなに褒めなくても」
頭をかいて照れている。兄の綱、弟の竜杏、二人に従い戦を駆け抜けてきたのだろう。竜杏と年は同じくらいか。体格も良く、引き締まった体で、大きい。将来有望株の兵士は他にもいるだろう。彼らを守らなければと、竜杏は思っている。
「この女人は?」
「この者の名はタエ。晴明の親類だ。今回の相手が死霊なので、助言をもらってる」
竜杏はさらっと言った。設定を思い切り利用して、竜杏の側にいられるようにしてくれているのだ。彼の言う通り、助言も出来る。
「晴明殿の親類とは。あの噂は本当ですか。陰陽師の力が失われたと」
「解決に動いてる。心配はないよ」
そう言って、兵士達を見回した。全員が整列する。小隊なので、全員で五十人くらいだ。タエが見ても、彼らの顔色は悪い。
「皆、動きが鈍かったな」
保昌も難しい顔をする。
「敵があの世の者だと聞けば、迷いも出ましょう。綱殿は頼光四天王として、幾度も妖怪討伐に行っておられますが、経験のない我らに太刀打ち出来るのか……」
ただの戦ではないと既に知っている彼ら。普通の武器は、妖怪、死霊に傷をつける事は出来ない。その事について、先程、竜杏はタエ、藤虎と話し合っていた。
「一つ、試したい事があるんだ。タエ」
「はい」
言われたタエは、巾着から神水が入った小瓶を取り出した。そして、竜杏がタエから離れる。藤虎はタエと共にいた。
「保昌様、刀を出して下さい」
言われた通り鞘から刀を抜くと、タエは妖刀ではないと確認し、その刀身に神水をかけた。驚く保昌。
「な、何を!?」
「妖は見えますね?」
タエの強い眼差しを受け、彼は落ち着き頷いた。
「兵士はだいたいの者が見える。戦場では、妖怪が出るので」
「分かりました。綱様を狙う妖怪が、今から来ます。そいつを斬ってください」
「えぇ!?」
「今かけたのは神水です。一時的に神力を付与した刀で、妖怪を攻撃できるか試します」
竜杏は、タエから距離を取る。彼女の守りの力が及ばない距離だ。ずっと側にいた彼らにしてみれば、顔が見えるのに、ここまで離れるのは初めての事だった。
「もし斬れない時は――」
「私が対処するので、心配ありません」
にっこり笑う。保昌は、渋々頷いた。
「了解した」
刀を握り、妖怪が出るのを待つ。竜杏は昼間でも襲われていたので、必ず来ると思っていた。瘴気も濃くなっているので、彼を狙う者が出てくるはず。
他の兵士達も、固唾を飲んで見守った。タエは離れた所で、依り代を手にしている。
「来た!」
兵士の誰かが小声で言った。竜杏の左側から走って来る。猪のような姿をしているが、瘴気を纏い、まっすぐ向かってくる。猪突猛進とはこの事だろう。
「がああっ!」
あまり知能がないようだ。純粋に竜杏の血肉を欲している。訓練場は林もある。そこからいくつもの黒い気配が、猪と竜杏を見つめていた。
保昌が走り出す。隊長を守らんと、彼は猪の前に躍り出て、思い切り刀を振った。
「おらあああっ!!」
刀が猪の首の肉に深く食い込み、鮮血が吹き出す。力をこめ、一気に振り切った。
「すごい……力で押し切った」
「さすが、保昌殿だ」
タエと藤虎は感心していた。万が一に備え、晶華を弓の形にしていたが、必要なかった。
猪の妖怪の首が落ち、ざらりと塵に還る。それを見た兵士達が、一斉に叫んだ。
「斬った。斬ったぞー!!」
「これで戦える!」
「ふぅ」
竜杏もホッと息を吐きだした。斬れなかった時を考え、自分の妖刀を手にしていた。保昌の刀が妖怪を斬ったので、落ち武者への対抗策は決まった。これで士気も上がる。
「保昌。この戦い、絶対勝とう」
「はい!」
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