165 忠告
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「晴明は力を封じられたけど、タエとハナ殿は大丈夫なの?」
今夜も呪符探しだ。代行者モードになったタエを見て、竜杏が聞いてきた。
「私達は、特になんとも」
軽くジャンプして、体を動かしてみるタエ。いつも通りだ。
「神の力を使うしね。加護を受けてるし、影響しないのかも」
ハナの言葉に、ホッと息をつく。代行者まで力が衰えてしまえば、戦いが圧倒的に不利になるからだ。タエとハナは、人間の戦に手を出す事は出来ないが、戦の負の念に妖怪は呼び寄せられる。道満の鬼だけでなく、その対処にもあたらねばならないからだ。
「代行者様」
か弱い声がした。呼ばれた方を見て見れば、縁側に榊の精霊と木霊が合わせて二十人くらい立っていた。小さい子ばかりなので、人形のようだ。
「何?」
タエが膝をついて身をかがめる。精霊達は、互いに顔を見合わせ「うん!」と気合を入れた。
「私達も、呪符探し、手伝います!」
「え、本当に!?」
タエ達は目を丸くした。
「私達は、この御屋敷で、代行者様や竜杏殿に良くしてもらいました。他の皆は晴明殿の加勢に行って今は休んでいますが、私達も、皆様の御役に立ちたいのです」
最近、邪悪な妖怪の出没が増えていた。陰陽師の力封じの源を探していたハナや精霊、妖怪達も昼間だというのに出くわし、襲われたと聞いた。簡単に見つけられないよう、妖怪が邪魔をしているようだとハナが話してくれた。晴明達も手こずっている。
タエ達は、代行者の仕事をしつつ、力封じの源を探そうと考えていた。
「ありがとう。本当に助かるよ」
竜杏も膝をつき、彼らに礼を言う。女の子の精霊達は、ぽっと頬を赤らめていた。
「じゃあ、呪符探し、頑張りましょう!」
「おお!!」
タエは呪符探し組と別れ、都の外れに立っていた。夜と、濃い瘴気のせいで、妖怪が多く出現し、いずれも狂暴だ。代行者の仕事は京を守る事。最優先事項を間違ってはいけない。タエは晶華を構えた。ハナは竜杏の側で彼を守りながら、呪符を皆で探しに行っている。
「お前達。陰陽師の力を封じた源はどこだ?」
とりあえず、向かい合う妖怪に聞いてみた。
「聞きたければ、俺達を倒してから言うんだな」
言うが早いか、五匹の妖怪がタエに襲い掛かる。タエは、晶華を閃かせ、一撃で仕留めていく。確かに強いが、タエの敵ではない。
「あ。仕留めたら聞けへんやん」
既にじゅうじゅうと音を立て、蒸発したり、ざらざらと塵に還る妖怪達。もう口はきけない。
「じゃあ、次の奴に聞こうか」
こちらに向かってくる妖怪の姿を見つけた。タエは再び、晶華を構えた。
結局、妖怪達は、口を割らなかった。にたりと笑いながら塵に還る様子を、タエは悔し気に見ている事しか出来なかった。瘴気が濃くて、源を特定する事が出来なかったが、とりあえず都内にいた妖怪は一層した。空が白んで来たので、もう今夜は湧いて出てくる事はないだろう。貴船神社に報告へ戻って来ている。
「お疲れさん。都の周りにいる妖怪共はどうじゃ?」
「強くなってますね。陰陽師の力を封じてから、瘴気も濃くなってる気がします」
高龗神は、腕を組み、難しい顔をしている。
「道満は術を隠すのが上手い。都の北東と南西に、強い妖気を感じるが、どこに封印術を施しているかは視えん」
「鬼門と裏鬼門ですか」
「ああ。その方角は、闇の力が強いからな。利用しない手はないじゃろう」
「分かりました。そちらを重点的に見てみます。ありがとうございました」
タエがぺこりと頭を下げた。高龗神は、そんな彼女をじっと見つめる。
「今から、呪符を探しに行くのか?」
「はい。もう皆は、屋敷に戻ってるでしょうけどね」
竜杏に無理をさせてはいけないので、ある程度の時間が来たら、帰るように決めていた。高龗神は、聖域を出て行こうとするタエに、声をかける。
「タエ」
「はい?」
振り向いたタエ。上司の瞳は、いつもよりも真剣な色をしていた。
「分かっておるだろうが、代行者は人の戦に関わってはならんぞ」
念を押されている。タエは頷いた。
「はい。……あの、竜杏に襲い掛かる妖怪は、斬っていいんですよね?」
「ああ。そなたが斬れるのは、妖怪だけじゃ」
タエは、腰にある晶華を見た。
「竜杏に射られた矢を、叩き落とす事は――?」
「ならん」
「っ! それは、ダメなんですか!?」
高龗神は頷いている。
「その矢で命を落とすなら、竜杏の寿命はそこまでじゃったという事。妖怪に喰われる運命は変えられても、人の成す宿命を変えてはならん」
タエは、指先が冷たくなる感覚だった。
「もし……竜杏の敵である人を、斬ってしまったら……」
万が一、はずみで、という事も考えられる。
「その時は、そなたの愛刀は濁り、折れるじゃろう。そうなれば、タエは代行者の資格を失う」
「……折れる……」
晶華をぐっと握った。
「そうじゃな。そなたが竜杏の妻としてではなく、代行者として動いたなら、考えてやってもいい事がある」
「妻ではなく、代行者として……?」
高龗神が頷いた。
「邪悪と判断して人を斬ったのならば、竜杏の敵を全て斬る事」
「全て――?」
「そうじゃ。邪悪と見なした人を斬ったのだからな。戦は一対一ではない。敵は何人もいるじゃろう? 竜杏の敵は、お前の敵じゃ」
竜杏の為に人を一人斬ってしまえば、敵軍全員を斬らねばならなくなる。
(人を……)
「お前は、人を斬れるのか?」
がん、と殴られた気がした。人を斬る事、戦に手を出す事が、これからのタエを左右する。
(最初に教えられた。代行者は人に干渉しない……。目の前で竜杏が傷付けられても、私は――)
高龗神は、タエの前まで歩み寄る。そっと、タエの頬に手を添えた。顔を上げさせれば、タエの目には、涙が溜まっている。
「それが代行者じゃ。椎加の時とは訳が違う。代行者は邪を斬る者。邪悪な心を持つ人間がいる事も事実じゃが、生きている限り、干渉する事はできん。人が犯した罪は、人が裁く。人同士の戦もそうじゃ」
溜まった涙を、親指で拭う。決して泣くまいと耐えているタエを見て、高龗神は少し悲し気に微笑んだ。
「未来のわしが、タエとハナを気に入っている事はよく分かっておる。今までずっと見てきて、わしもそなたらが好きになった。わしも、大事な者を失いたくない。その気持ちを、分かってくれるか?」
「……はい」
「恨みの念で刀を振ってはいけない。これだけは覚えておけ」
タエは黙って何度も頷いた。
「ならば行け。後悔せんようにな。この戦いの結末を、しかと見届けるのじゃ。必死に動くそなたらを、責める者は誰もおらんよ」
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