163 牢獄にて
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冷たい空気が支配するそこに、足音が響く。牢の奥、最も暗い場所に向かっている。
「……よう、晴明」
牢の真ん中にあぐらをかいて座るのは、芦屋道満。両手首は縛られている。タエが折った腕は治療されたが、真っ直ぐには伸ばせない。
ただ一つ、異変があった。牢の中と入り口に配置していた晴明の式神が、いないのだ。
晴明は、漂う空気のように冷たい視線を道満へ向ける。
「道満、これほど大掛かりな仕掛けを、どうやって完成させたのだ?」
「くく。焦ってるな、晴明。式神が消えて、帝も守れんなぁ」
牢の中にいる道満の方が、余裕の表情だ。晴明の顔色を見て、笑っている。
「得意の透視をすればいいだろ? 俺がいつ、どうやって、どの術を使ったのか。呪符の配置も占えばすぐに分かる。……ああ、占えないんだったなぁ。透視はどうだ? 無理か。くくく」
晴明は拳を握った。今、彼は透視も出来ない状態だったのだ。道満の術のせいで、霊的な力が使えなくなった。力を籠めても、空を掴む感覚に陥る。美鬼達式神が突然消えたのも、そのせいだ。
「俺は流刑になったからな。お前を倒し、この京を潰す計画を考える暇は、たくさんあった」
流刑にする時も、力を封印したはずだったが、誰かが解いてしまった。封印術を背中に入れ墨で施したのだが、道満の口車に乗った人間が、入れ墨を焼き、彼は力を取り戻した。事情聴取で聞き出したのだ。彼はそれ以外、何も語らない。
「準備に時間がかかったよ。お前がすぐに察知するからな。悟られないように妖怪共と手を組み、全てが整った。術がとうとう発動した。晴明、お前の力を封じて第一段階は完了だ」
にやりと笑うその顔は、邪悪そのもの。道満の目がギラつき、全く諦めていない。
「貴様の思い通りにはいかんぞ。この京には、代行者がいるのだからな」
道満の眉がぴくりと動いた。
「あの小娘と白い犬か。確かに邪魔だが、俺の計画には何の支障もない」
「……何?」
タエとハナの実力を、その身を以て知っているはず。今、牢にいるのは、二人が道満の思惑を阻んだからだ。
「俺も今は力が使えん状態だ。封印されていなくてもな。牢の内だろうと、外だろうと、同じ事。ただ、この目で京の人間が、恐怖に逃げ惑う姿を見られん事だけは、悔やまれるな」
「……」
晴明は道満をじっと睨んでいる。道満は、反対にこの状況を楽しんですらいる。
「全ては俺の手を離れているんだよ、晴明。もう、計画は動き出した。誰にも止められん」
晴明が宮中を出る。そこに、貞光がいた。
「晴明」
「奴は今、封印されていなくても、ここにいる限り力は使えんと言っていた。陰陽師の力を封じる術は、陰陽寮だけを狙っているわけではなさそうだ。この京一帯に張られていると見ていいだろう」
「では――」
「足で探すしかあるまい。最低でも三ヶ所、都の周りに呪符や力を籠めたモノがあるはず。ここは、人間よりも精霊と妖怪の皆に力を借りたい所だ」
「美鬼ちゃんがいないなんて、変な感じだな」
いつも晴明の側にいた美鬼。彼の仕事の補佐もして、優秀だった。それが、突然彼女が消えたと聞いた貞光は、耳を疑った。
「美鬼だけではない。全ての式が消えたのだ。早く力を取り戻さねば、何も守れん」
「今は普通の人間になっちまったんだな」
ふっと笑いながら、貞光は晴明と共に歩き出した。
「精霊、妖怪の協力を得たいなら、行く所は一つしかねぇ。俺も竜に話があるから、一緒に行くか」
「ああ」
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