159 ほっと一息
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「ふぅ」
洗い物も、用事も全て終え、竜杏はお気に入りの縁側で腰を落ち着け、一息ついていた。
「お疲れ様、竜杏」
ハナも目が覚め、竜杏の右隣に寝そべる。背中に煉が乗っている。ふあ、と大きなあくびをしていた。
「二人も、一生懸命遊んだね」
ゆき、佐吉、精霊妖怪達と一緒に庭で駆け回って遊んでいたのだ。前にやった鬼ごっこだ。
「うん。楽しかった」
「竜杏」
タエが廊下を歩いてくる。手にはお盆を持っていた。左隣に座る。いつも座る場所だ。
「あ、酒?」
盆の上には、徳利と御猪口があった。それと、タエ用にお茶の湯のみが置かれている。
「藤虎さんが持たせてくれたの。けっこうひんやりして来たね」
御猪口を竜杏に渡し、ゆっくり注ぐ。こぼさず出来た。
「ありがとう」
一口。喉が熱くなる。タエに酌をしてもらえるとは思わなかった。いつもの酒だが、上手く感じる。宴でけっこう飲んだが、まだ平気。竜杏は酒が強かった。
「竜杏ー。見て見て」
「ぶっ! げほっ、げほっ」
竜杏は酒を吹き出してしまった。タエは自分の指にはめていた、二つの指輪を取り、目にあてていたのだ。丸い緑の目玉。煉とハナは大笑い。
「あははっ」
「お姉ちゃん、それはひどいわ」
「竜杏の目。って、大丈夫?」
「ふぅ……。誰のせいで」
「ごめんって」
賑やかで、和やかな空間。皆でひとしきり笑う。
ふと、空を見上げた。今夜は満月だ。星もたくさん見える。
「未来の月も、同じなのかな」
ぽつり、と呟いた。タエ達も月を見た。
「どっちがキレイか、自分の目で確かめてみて」
にっと笑う。竜杏も頷いた。
「そういえば、魂を復元するって、どうやるんだろう?」
普通の人間の力を超えているので、全く想像が出来ない。
「うーん。どうやってるのかは、よく分かんないなぁ。私達、一回魂を復元してもらってるけど、別に変な所ないし。心配ないよ」
竜杏は耳を疑った。
「え、復元してるの?」
タエとハナは顔を見合わせた。
「釋を助けた時やんね」
「共闘した代行者を助ける為に、魂を使ったの」
「あっ!」
ハナが説明したら、タエが声を上げた。
「代行者のデータは、上書きされていくんよね。って事は、未来の高様は、竜杏のデータがないよ」
「……あっ」
ハナもようやく気付いた。魂魄解離術は成功したが、その後の事を考えていなかった。高龗神に丸投げする感じだが、当事者が分かっていないのはどうだろう。
「俺、あと一つ、ずっと気になってる事があったんだけど」
「……何?」
「俺は魂だけ復活するの? 体は?」
「……」
タエとハナが固まった。
「ハナさん、高様と相談したんでしょ? 何か言ってた?」
「そういえば……体の話まではしてない」
「高様!!」
二人はハナの首にかかっている鏡に叫んだ。貴船神社の御神体に繋がっているので、この時代の上司に繋がるはずだ。魂を切り離して浮かれていた。これで大丈夫だと思ったが、高龗神がどこまで復元してくれるのかまでは、きっちり話を聞けていなかった。今になって焦る。
「何じゃ、騒がしい」
鏡に高龗神の姿が映った。タエとハナは、竜杏の復元術について詳しい話をしていなかった事を告げ、最終確認を取りたいと言った。
「確かに、わしが思う所と、そなたらが思う竜杏の形が違っては、後々まずい事になるな」
「すいません。術の成功で浮かれてました」
「良い。わしももっと説明するべきじゃった。意思の疎通は、難しいのぉ」
くく、と機嫌を損ねるわけでもなく、彼女は笑っていた。器の大きい上司で助かる。
「魂の情報は、代行者が変わるごとに書き換わる。タエとハナが代行者なら、もう竜杏の情報はなくなっておるな」
「じゃあ、どうやって復元を?」
タエは不安げに眉を寄せた。竜杏もじっと高龗神の声を聞いている。
「記憶は、わしだけが持っているわけではない」
「……?」
全員が首を傾げた。
「そなたら全員が、竜杏の記憶を持っておるじゃろう」
「俺達が……」
煉が自分の胸に手を置いた。それを見て、高龗神は頷いた。
「切り取った魂は、そこにいる竜杏の記憶を共有しているわけではない。タエの子宮に入った時点で、眠った状態じゃ。最後の記憶は契りを交わした所じゃな」
「う……」
タエと竜杏の顔が一気に赤くなった。
「未来でその魂を取り出して、そなたらの記憶を与えてもらう。まぁ、血液数滴で十分じゃろ。そうしてゆっくり記憶を繋ぎ、魂の容量を増やしていく。復元術はそんな感じじゃ」
全員が納得した。
「あの、復活するのは魂だけですか? 体はどうなんでしょう?」
タエが核心に迫る。
「そこの竜杏の肉体は土に還るから、さすがに全く同じ器を用意する事は出来ん」
竜杏はやっぱり、と呟いた。
「中身は竜杏で、外身は全然違う人になるの?」
タエの顔色が悪い。
「ひげ面の男だったらどうじゃ? 中身は愛しい夫じゃぞ? ちゃんと愛せるか?」
「ひ、ひげ!? あ、愛せますともっ!!」
どもってしまった。竜杏への愛は確かなものだ。自信はある。しかし、少々の不安がある事は事実だった。
(そうなる覚悟も必要だって事か……)
思いつめた表情をしているタエを見て、高龗神は口の端を緩めた。
「まぁ、それは冗談じゃ」
「冗談なんですか!?」
ほぅ、と息を吐くタエ。竜杏も苦笑する。
「出来る限り、竜杏に近付けた器を用意する。その為には、タエ」
呼ばれて背筋が伸びたタエ。
「はい」
「捨てておらんだろうな?」
「へ? 何でしょう?」
捨てるモノがあっただろうかと、タエは考えたが、何も思い浮かばない。皆もタエを見つめていた。
「竜杏の髪の毛じゃ」
「へ?」
ハナと煉の声がハミングした。
「俺の?」
竜杏は目をぱちくりさせている。
「っああぁぁ!!」
タエは叫び、顔を真っ赤にさせた。
「ななな、何でそれをぅ!」
「わしが知らんと思ったか?」
にやりと笑う高龗神。神様といい、晴明といい、隠し事が出来ないのが、恥ずかしくてたまらない。
「切った髪の毛、まだ持ってたの?」
「え、と……」
「お姉ちゃん……」
「変な目で見ないでっ! 別に怪しい事をしようとか、そんなんじゃないしっっ」
「髪の毛は呪いに使えるな」
「使うかいっ!」
煉にツッコむタエ。はぁ、とため息をつくと、ぼそぼそ言い訳を始めた。
「キレイな髪だし、竜杏のだし。会えなくなるなら、思い出にーとか。そう思ったら、捨てられなくて……」
「……」
竜杏まで照れてくる。嬉しいという感情しか芽生えて来ない。
「それでいい。帰る時で良いから、髪の毛を幾らかもらう。器の情報があれば、何とかなる。安心しろ」
「良かった」
タエ達は安堵の声を漏らした。今隣にいる竜杏に、ちゃんと会えると確信を得たのだ。
「高様、ありがとうございました」
「いや。祝言、良かったな」
「はい!」
「じゃあ、今夜は私と煉で行ってくるね」
代行者の仕事だ。ハナは煉を乗せて立ち上がった。
「俺も?」
「共闘の練習もしなきゃね。竜杏と一緒に戦うんでしょ?」
「分かった」
ハナは皆の先生だ。今夜は煉と鍛錬らしい。二人を見送り、タエは竜杏に酒を注いだ。
「もう笑かさないでよ」
「あはは。もうしないよ」
二人の時間が愛おしい。ずっとこのままでいたくなる。
「タエ」
竜杏がタエを呼んだ。
「何?」
「俺を早く寝かせた後、夢の場所を探しに行ってたんだって?」
「えっ」
タエは驚いていた。竜杏は、酒をくいっと飲み干す。
「昨日、寝たフリをして、煉に聞いた。いつも花の香りがしたら、眠りに落ちてた。木霊がタエの部屋にいたんだな」
タエは木霊に協力を依頼して、眠りの術をかけてもらっていたのだ。それに抵抗する竜杏が凄すぎる。
「俺も一緒に探したのに」
「まだ生身の体でしょ? あちこち飛び回ったし、一晩起きてるのも負担がかかるよ。昼間のお仕事もあるしね」
タエの気持ちも理解できる。竜杏は、責める事はしなかった。
「それで、見つかったの?」
「うん、見つけた!」
タエの語気が上がる。
「でも、呪符はまだ見つけてなくて。気配を感じないの。発動するまでは、呪符もただの紙だろうってハナさんが。だから、今夜もう一度行って、探すつもりやったの」
「そうか。でも、いきなり祝言が始まったから、タエの予定が狂ったんだね」
「ふふ。まぁね」
ハナは、タエが竜杏と過ごせるようにしてくれた。その代わりに煉を連れて行き、鍛錬もしつつ、呪符も探そうと言うわけだ。
「場所はどこか分かる?」
「確か、平安京から北西に行った所。丹波の辺りだったかな」
「丹波……」
平安時代の丹波の国はそれなりの広さを持っている。竜杏は、丹波のどこ辺りかも気になったが、この時代の地理が分からないタエなので、それ以上聞くのはやめた。
「次は俺も連れて行って。呪符探しも手伝うし、その土地を見ておきたい」
地形を前もって見ておける事は、戦を有利に進められる。タエはしっかりと頷いた。
「分かった」
「でも今は――」
タエの頬に触れた。顔を上げさせ、視線を合わせる。
「呪符じゃなくて、俺を見て」
「……うん」
月明かりに照らされて、二人の影が重なった。
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