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月夜の代行者  作者: うた
第三章
162/330

158 祝言

ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます!

「ハナ殿に聞いたのだが、未来では、永遠の愛を神に誓うらしいな」


 広間に準備された台には、御神酒、榊の枝、鏡が置かれていた。神前婚のように、晴明の前に、竜杏とタエが並んで立っている。その後ろに、ハナや頼光達が座っていた。そして、いつも屋敷でくつろぐ精霊や妖怪達も集まっていた。

 頷くタエ。

「儀式の詳しい事は分からんが、二人の愛が未来にも続く事は分かっている。魂の絆も深い。永遠と言っても過言ではないな」


「え? 未来に続く?」

 貞光が綱の顔を伺った。綱も首を捻っている。

「おや、言ってなかったのか。竜杏の魂は、タエ殿、ハナ殿と共に未来に行くのだ」

 晴明がカミングアウトした。普通では、決してあり得ない事なのだから。晴明は、竜杏が心を許す者しかいないので、あえて言ったのだった。

「ええぇ!? 何それっ」

 腰を浮かせ、声を上げる貞光を見て、照れたように頷いた。

「魂を少し切り取って、タエに未来に連れて行ってもらうんです」

「何だよソレ……。未来で会う方法を、見つけたのか」

 貞光は、胸が熱くなっていた。タエを想い、手を出さずにいた竜杏が、前向きになったのだ。永遠の別れではなく、諦めずに未来をつかみ取ったという事に、思わず涙が溢れてしまった。

「心配かけて、すいませんでした」

「ばかやろ、謝んな。っていうか、ちゃんと話せよな!」

「すいません」

 眉を寄せながらも、笑って謝る竜杏。兄のような存在の彼が、自分の為に嬉し泣きをしてくれる。それが照れ臭かった。タエも少し、目が潤んでいる。

 ごしっと目をこする貞光の肩に、ぽんと綱が手を置いた。


「では、指輪の交換を」


 晴明の手には、小さな箱が。その中に、翡翠の指輪が二つ入っている。

「えっ、えっ!」

 いきなりの事に、今度はタエが驚きの声を上げた。

「夫婦で同じ物を身に付けるなんて、良い風習じゃないか。翡翠しか用意出来なかったのは、申し訳ないがね」

 タエが、既にプロポーズの時に翡翠の指輪をもらっている事を知っている晴明。しかしタエは、ぶんぶんと首を横に振った。

「そんな事ないです。こんなにしてもらって……ありがとうございます」


 晴明の透視は素晴らしくも恐ろしいものだった。互いの左手薬指に指輪をはめる。タエはもとより、男性の竜杏の指にもぴったりだったのだ。

「うむ。我ながら、良い仕事をした」

「……」

 二人の薬指を見て、満足気に頷く晴明。合うように削ってくれたようだ。二人はありがたく思いながら、若干表情が固まっていた。


(晴明……人を超えてる……)

(凄すぎ。生き神様でいいよ。もう神社建てよう!)


 もう神の加護は十分に受けているので、お祓いの必要もなく、簡単だが祝言の儀式は終了。後は、宴だ。


 藤虎が膳を運んでくる。皿に盛られた美しい料理の数々。もうプロの料理人のようだ。綱が持って来た大きな鯛もこんがり美味しそうに焼けている。ゆきと佐吉も目を輝かせていた。

「すごい」

 タエも思わず声を漏らす。

「ゆきと佐吉の御両親にも手伝ってもらいました。彼らも手先が器用で、とても助かりました。共に食事をと言ったのですが、恐縮してしまい……」

 藤虎が話してくれた。ことり、と廊下に新たな膳が置かれる。タエは立ち上がり、廊下に出た。そこには正座をした、二人の母親がいた。小袖姿に、腰にエプロンのような布を巻き、白く細めの帯を腰で巻き止めている。髪は後ろで一つにくくっていた。庶民の着物だ。彼女は、タエに気付くと、平伏した。

「ゆきちゃんと佐吉くんのお母さん、頭を上げて下さい」

「いえ……、姿を見せる事すら恐れ多いですのに……」

 貴族に対しては、彼らはこういう反応をするのかと、タエは改めて知る事になった。

「私は貴族じゃありません。タエと言います。今日は、私達の為に、ありがとうございます」

 母親は、恐る恐る顔を上げた。痩せてはいるが、キレイな人だ。

「お子さんもいますから、一緒に食べましょう! お父さんも呼んできますよ」

「そっ、そんな! 私共が同じ席にいられるはず、ありません」

 ぶんぶん首を横に振り、母親は遠慮した。しかし、タエもめげない。

「皆で一緒に食べた方が美味しいです。ね、竜杏」

 タエの側には、竜杏も来ていた。膝をついて、視線を合わせる。

「もちろん。もう十分働いてもらった。後は、ここで一緒に食べましょう。ゆきと佐吉も、その方が喜ぶ」

「二人が……」

 部屋をちらりと見れば、子供達も母親がいる事に気付き、側に駆けてきた。

「お母さん、一緒に食べよ?」

「こっち来てぇー」

 二人が腕を引っ張る。引かれるままに部屋に入り、腰を下ろした。

「それじゃあ、旦那さんを呼んでくる。綱、貞光さんも一緒に来て」

「良いよ」

「了解」

 綱と貞光も立ち上がる。

「お、御館様っ。主役が出て行ってどうするんですか」

 藤虎は慌てて止めようとするが、竜杏も聞かない。

「この人数の膳、皆で運んだら一度で済むだろ。一緒に旦那さんも連れて来るから」

「私も行きますよ!」

「それなら、小鬼達も行って手伝いなさい」

 藤虎と小鬼も続き、広間はがらんとした。それを呆然と見ていたのは、ゆきと佐吉の母親だ。

「貴族様達が……膳を取りに行くなんて……」

「この屋敷では、これが普通ですけど、他の家では見られない光景ですかね」

「確かにな」

 タエが苦笑しながら言った。晴明と頼光は、先に酒を煽りながら笑っている。

「この屋敷だけが特別なのだよ。ここは、階級など関係のない者が揃っておるからな」

 晴明の言葉は尤もだった。綱の影武者の竜杏。綱として位や立場に縛られる事はあるだろうが、竜杏本人は消された存在なので、確かに関係ない。タエもこの時代の人間ではないし、周りにいるのは精霊、妖怪達で、階級の“か”の字もない。

 タエはくすりと笑った。

「確かにそうですね。ここでは、皆が平等って感じですもんね」

「平等……」

 呟く母親。晴明は彼女に話しかけた。

「そなた、名は?」

「す、すみ、と申します」

「すみ。今だけは、一人の人として、皆と共に二人の幸せを祝ってあげなさい。決して平伏しない事。良いな?」

「は、はい!」

 晴明の言葉は、すみに真っ直ぐ届いた。年長者の力だとタエは感心する。晴明は、美鬼に酒を注いでもらい、また静かに飲みだした。反対側に座る頼光も、美女に酒を注いでもらえるので、ご機嫌だ。


「煉、こっち来て」

 ゆきが煉を膝に乗せた。彼女も気に入ってるようで、頭をなでなでしている。佐吉はハナが大好きで、側から離れない。

「その赤い子は?」

「すみさんも見えるんですか?」

 タエが驚く。

「小さい人がたくさんいて、驚きましたが、嫌な感じはしません」

 妖怪がはびこる平安の地。妖怪と関わる事が多いのだろう。そうして見えていく。

「困ったときに力を貸してくれる、頼もしい精霊や妖怪達です。皆が仲間なんです」

「そうでしたか。ハナ様は、前に佐吉の為に来てくれましたね」

「ええ」

 ハナも頷いた。

「そっか。佐吉くん、もう怖い夢は見ない?」

「うん! ハナ様のおかげ!」

 よかったと笑い合う。そうこうしているうちに、男性陣が戻って来た。すみの旦那も驚きを隠せないようだ。ようやく全員が揃い、箸を持つ。



「はぁ~、俺は安心した!」

 酒瓶を持ち、竜杏の盃になみなみと注ぐ貞光。まだ感動しているようだ。

「綱の冠位が濡れますけど」

「貞光、洗って返せよ」

 側に座って釘を刺す綱。あらやだ、と貞光はこぼれる寸前で止めた。

「タエちゃんは未来に帰るから、傷付けたくないとか、アホな事言ってたけど、ちゃんと男になれたじゃねぇか」

「アホって……」

「え、そんな話を?」

 タエが、口いっぱいにご飯を頬張りながら反応した。その顔を見て、綱と貞光が驚く。

「そういやタエちゃんって、良い食いっぷりしてたっけ!」

 貞光はからから笑っている。

「本当に、この時代の人間じゃないんだね」

 綱も珍しそうに眺めている。

「だって美味しいですもん。残したら罰が当たりますよ」

 着物を汚さないよう気を付けながら、タエの箸は止まらない。

平吉へいきちさんとすみさんも、しっかり食べてますかー?」

「はい」

 二人も部屋の雰囲気に慣れてきたようで、子供達と一緒に笑っている。ハナと煉、精霊妖怪達も側で一緒に食べていた。

 すみの旦那の平吉は、台所で竜杏達の誘いを断ったが、絶対に諦めない竜杏、綱、貞光の三人が平吉を取り囲み説得した。その光景を一歩外から見ていた藤虎は、まるで弱い者いじめをしているかのようだったと説明してくれた。タエの脳内では、か弱い男性をカツアゲするヤンキートリオがありありと思い浮かんだ。

 彼ら曰く、脅して連れて来たわけではない、との事。


「タエ殿」

 タエが呼ばれると、目の前に頼光が来てくれた。どっかりと座る。

「こうして向かい合うのは初めてだね」

「はい。ご挨拶もなしに、すみません」

「いや、気にしなくていい。今までに、何度か姿は見ていたのだ。だから今日は、二人の晴れ姿を近くで見られて、本当に良かった」

 穏やかな顔で微笑む竜杏達の主は、懐に入れていた小さな小箱を、タエに渡した。黒い漆塗りで、角には金の金具が付けられた、豪華な箱だった。

「本当ならば、牛車に祝いの品を乗せて来る所だったのだが。藤虎に止められたし、そなたはいずれ遠い故郷へ帰ると聞いてな。ささやかだが、受け取ってくれ」

 彼も、タエの任務を藤虎から聞いたらしい。箱を開ければ、赤い玉が付いた美しい簪と櫛が入っていた。

「ありがとうございます。大事にします!」

「今着けている髪飾りに勝る物は、ないがね。竜杏と一緒になってくれて、ありがとう。そなたで本当に良かったと思う。未来でも、幸せであってくれ。竜を頼む」

「はい……」

 頼光も竜杏の幸せを喜んでくれている。まるで父親のようだ。タエは、深く頭を下げた。嬉しくて、涙が溢れる。

「あー、頼光様、タエちゃん泣かしたー」

「贈り物で点数稼ぎですか? 祝い膳の食材提供って話だったじゃないですか」

「うっ、いいだろ? お前達が可愛がるタエちゃんに、俺も何かしたかったの!」

 やんやと賑やかな武将達。仕事から外れると、ここまでフレンドリーになれるのかと、タエは驚いていた。竜杏を見れば、彼も楽しそうに笑っている。目の前の豪華な料理の食材は、彼らが用意してくれたのだと知ると、味も一層美味しく感じた。

「あっ、写真撮りましょ!! 記念に!」

「しゃしん?」


 種族も階級も関係なく開かれた宴は、皆が笑って、楽しんで、心に残るものとなった。時間もあっという間に過ぎ、お開きとなる。



「こんなにいただいて良いのでしょうか……。私達は手伝っただけで、何もしていませんが――」

 日も傾いてきた頃。平吉一家の帰宅時間だ。彼らの手には、たくさんの荷物があった。ゆきと佐吉は着ていた着物。ゆきの着物も、渡辺家から着ない物を譲り受けたので、返す必要もない。両親には、魚、野菜など、残った食材を分けた。菓子や酒も持たせている。

「十分してもらったよ。最高の食事だった。何よりの祝いだよ。そのお礼だから、気兼ねせずに持って行って」

 竜杏が気前良く言った。もういつもの着物に着替えている。平吉とすみは恐縮していた。

「もしもの時は、着物を売れば、金にもなるしね」

「売るなんて、そんなもったいない……。大事にします。この子達の思い出でもありますし」

「そうか」

「気を付けて、帰ってくださいね」

 タエも声をかけた。タエももう着替えている。すみ達は頷いた。

「ゆきちゃん、佐吉くん、また遊びに来てね」

「はい!」

 二人の元気な声が響いた。

「四人は、俺達が送って行こう」

 頼光、綱、貞光がゆき達の後ろに立った。

「これだけの荷物を持てば、よからぬ連中に目を付けられるかもしれんしな」

「俺達がいれば、誰も近寄っては来ないだろうしね」

 皆の心遣いが嬉しかった。それならきっと安心だ。

「皆さんを、よろしくお願いします」

「任せな」

 貞光がウィンクをした。本当に頼もしい人達だ。

「今日はありがとうございました。お気をつけて」

「ああ、じゃあな」

「さよならー!」

 竜杏達は礼を言って皆を見送り、中に入る。


「皆、帰ったか」

 晴明が、着物が入った箱を小鬼に渡すと、ひらりと屋根に飛び上がり、あっという間に見えなくなった。荷物だけ、先に帰ったようだ。

「晴明さん、キレイな着物を着せてもらって、ありがとうございました」

「良い。神の使いに着てもらったのだ。後世まで大事にするよ」

 美鬼と共に馬に乗る。彼らも帰宅の時間だ。

「晴明、ありがとう」

「礼には及ばん。二人とも、幸せであれ」

「はい」

 こうして、晴明と美鬼は去って行った。


 屋敷に戻ると、先程までの賑やかさが嘘のように静かだ。精霊、妖怪達も、住処へと戻っている。ハナと煉は、ゆきと佐吉と遊びまくって疲れて寝ている。

「さて、やるか」

「そうやね」

 二人が向かうのは台所。藤虎が洗い物をしている。十人分の皿を洗うのは一苦労だろう。竜杏とタエは、腕まくりをして気合を入れた。


 お揃いの指輪が、キラリと光っている。



読んでいただき、ありがとうございました!

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