158 祝言
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「ハナ殿に聞いたのだが、未来では、永遠の愛を神に誓うらしいな」
広間に準備された台には、御神酒、榊の枝、鏡が置かれていた。神前婚のように、晴明の前に、竜杏とタエが並んで立っている。その後ろに、ハナや頼光達が座っていた。そして、いつも屋敷でくつろぐ精霊や妖怪達も集まっていた。
頷くタエ。
「儀式の詳しい事は分からんが、二人の愛が未来にも続く事は分かっている。魂の絆も深い。永遠と言っても過言ではないな」
「え? 未来に続く?」
貞光が綱の顔を伺った。綱も首を捻っている。
「おや、言ってなかったのか。竜杏の魂は、タエ殿、ハナ殿と共に未来に行くのだ」
晴明がカミングアウトした。普通では、決してあり得ない事なのだから。晴明は、竜杏が心を許す者しかいないので、あえて言ったのだった。
「ええぇ!? 何それっ」
腰を浮かせ、声を上げる貞光を見て、照れたように頷いた。
「魂を少し切り取って、タエに未来に連れて行ってもらうんです」
「何だよソレ……。未来で会う方法を、見つけたのか」
貞光は、胸が熱くなっていた。タエを想い、手を出さずにいた竜杏が、前向きになったのだ。永遠の別れではなく、諦めずに未来をつかみ取ったという事に、思わず涙が溢れてしまった。
「心配かけて、すいませんでした」
「ばかやろ、謝んな。っていうか、ちゃんと話せよな!」
「すいません」
眉を寄せながらも、笑って謝る竜杏。兄のような存在の彼が、自分の為に嬉し泣きをしてくれる。それが照れ臭かった。タエも少し、目が潤んでいる。
ごしっと目をこする貞光の肩に、ぽんと綱が手を置いた。
「では、指輪の交換を」
晴明の手には、小さな箱が。その中に、翡翠の指輪が二つ入っている。
「えっ、えっ!」
いきなりの事に、今度はタエが驚きの声を上げた。
「夫婦で同じ物を身に付けるなんて、良い風習じゃないか。翡翠しか用意出来なかったのは、申し訳ないがね」
タエが、既にプロポーズの時に翡翠の指輪をもらっている事を知っている晴明。しかしタエは、ぶんぶんと首を横に振った。
「そんな事ないです。こんなにしてもらって……ありがとうございます」
晴明の透視は素晴らしくも恐ろしいものだった。互いの左手薬指に指輪をはめる。タエはもとより、男性の竜杏の指にもぴったりだったのだ。
「うむ。我ながら、良い仕事をした」
「……」
二人の薬指を見て、満足気に頷く晴明。合うように削ってくれたようだ。二人はありがたく思いながら、若干表情が固まっていた。
(晴明……人を超えてる……)
(凄すぎ。生き神様でいいよ。もう神社建てよう!)
もう神の加護は十分に受けているので、お祓いの必要もなく、簡単だが祝言の儀式は終了。後は、宴だ。
藤虎が膳を運んでくる。皿に盛られた美しい料理の数々。もうプロの料理人のようだ。綱が持って来た大きな鯛もこんがり美味しそうに焼けている。ゆきと佐吉も目を輝かせていた。
「すごい」
タエも思わず声を漏らす。
「ゆきと佐吉の御両親にも手伝ってもらいました。彼らも手先が器用で、とても助かりました。共に食事をと言ったのですが、恐縮してしまい……」
藤虎が話してくれた。ことり、と廊下に新たな膳が置かれる。タエは立ち上がり、廊下に出た。そこには正座をした、二人の母親がいた。小袖姿に、腰にエプロンのような布を巻き、白く細めの帯を腰で巻き止めている。髪は後ろで一つにくくっていた。庶民の着物だ。彼女は、タエに気付くと、平伏した。
「ゆきちゃんと佐吉くんのお母さん、頭を上げて下さい」
「いえ……、姿を見せる事すら恐れ多いですのに……」
貴族に対しては、彼らはこういう反応をするのかと、タエは改めて知る事になった。
「私は貴族じゃありません。タエと言います。今日は、私達の為に、ありがとうございます」
母親は、恐る恐る顔を上げた。痩せてはいるが、キレイな人だ。
「お子さんもいますから、一緒に食べましょう! お父さんも呼んできますよ」
「そっ、そんな! 私共が同じ席にいられるはず、ありません」
ぶんぶん首を横に振り、母親は遠慮した。しかし、タエもめげない。
「皆で一緒に食べた方が美味しいです。ね、竜杏」
タエの側には、竜杏も来ていた。膝をついて、視線を合わせる。
「もちろん。もう十分働いてもらった。後は、ここで一緒に食べましょう。ゆきと佐吉も、その方が喜ぶ」
「二人が……」
部屋をちらりと見れば、子供達も母親がいる事に気付き、側に駆けてきた。
「お母さん、一緒に食べよ?」
「こっち来てぇー」
二人が腕を引っ張る。引かれるままに部屋に入り、腰を下ろした。
「それじゃあ、旦那さんを呼んでくる。綱、貞光さんも一緒に来て」
「良いよ」
「了解」
綱と貞光も立ち上がる。
「お、御館様っ。主役が出て行ってどうするんですか」
藤虎は慌てて止めようとするが、竜杏も聞かない。
「この人数の膳、皆で運んだら一度で済むだろ。一緒に旦那さんも連れて来るから」
「私も行きますよ!」
「それなら、小鬼達も行って手伝いなさい」
藤虎と小鬼も続き、広間はがらんとした。それを呆然と見ていたのは、ゆきと佐吉の母親だ。
「貴族様達が……膳を取りに行くなんて……」
「この屋敷では、これが普通ですけど、他の家では見られない光景ですかね」
「確かにな」
タエが苦笑しながら言った。晴明と頼光は、先に酒を煽りながら笑っている。
「この屋敷だけが特別なのだよ。ここは、階級など関係のない者が揃っておるからな」
晴明の言葉は尤もだった。綱の影武者の竜杏。綱として位や立場に縛られる事はあるだろうが、竜杏本人は消された存在なので、確かに関係ない。タエもこの時代の人間ではないし、周りにいるのは精霊、妖怪達で、階級の“か”の字もない。
タエはくすりと笑った。
「確かにそうですね。ここでは、皆が平等って感じですもんね」
「平等……」
呟く母親。晴明は彼女に話しかけた。
「そなた、名は?」
「す、すみ、と申します」
「すみ。今だけは、一人の人として、皆と共に二人の幸せを祝ってあげなさい。決して平伏しない事。良いな?」
「は、はい!」
晴明の言葉は、すみに真っ直ぐ届いた。年長者の力だとタエは感心する。晴明は、美鬼に酒を注いでもらい、また静かに飲みだした。反対側に座る頼光も、美女に酒を注いでもらえるので、ご機嫌だ。
「煉、こっち来て」
ゆきが煉を膝に乗せた。彼女も気に入ってるようで、頭をなでなでしている。佐吉はハナが大好きで、側から離れない。
「その赤い子は?」
「すみさんも見えるんですか?」
タエが驚く。
「小さい人がたくさんいて、驚きましたが、嫌な感じはしません」
妖怪がはびこる平安の地。妖怪と関わる事が多いのだろう。そうして見えていく。
「困ったときに力を貸してくれる、頼もしい精霊や妖怪達です。皆が仲間なんです」
「そうでしたか。ハナ様は、前に佐吉の為に来てくれましたね」
「ええ」
ハナも頷いた。
「そっか。佐吉くん、もう怖い夢は見ない?」
「うん! ハナ様のおかげ!」
よかったと笑い合う。そうこうしているうちに、男性陣が戻って来た。すみの旦那も驚きを隠せないようだ。ようやく全員が揃い、箸を持つ。
「はぁ~、俺は安心した!」
酒瓶を持ち、竜杏の盃になみなみと注ぐ貞光。まだ感動しているようだ。
「綱の冠位が濡れますけど」
「貞光、洗って返せよ」
側に座って釘を刺す綱。あらやだ、と貞光はこぼれる寸前で止めた。
「タエちゃんは未来に帰るから、傷付けたくないとか、アホな事言ってたけど、ちゃんと男になれたじゃねぇか」
「アホって……」
「え、そんな話を?」
タエが、口いっぱいにご飯を頬張りながら反応した。その顔を見て、綱と貞光が驚く。
「そういやタエちゃんって、良い食いっぷりしてたっけ!」
貞光はからから笑っている。
「本当に、この時代の人間じゃないんだね」
綱も珍しそうに眺めている。
「だって美味しいですもん。残したら罰が当たりますよ」
着物を汚さないよう気を付けながら、タエの箸は止まらない。
「平吉さんとすみさんも、しっかり食べてますかー?」
「はい」
二人も部屋の雰囲気に慣れてきたようで、子供達と一緒に笑っている。ハナと煉、精霊妖怪達も側で一緒に食べていた。
すみの旦那の平吉は、台所で竜杏達の誘いを断ったが、絶対に諦めない竜杏、綱、貞光の三人が平吉を取り囲み説得した。その光景を一歩外から見ていた藤虎は、まるで弱い者いじめをしているかのようだったと説明してくれた。タエの脳内では、か弱い男性をカツアゲするヤンキートリオがありありと思い浮かんだ。
彼ら曰く、脅して連れて来たわけではない、との事。
「タエ殿」
タエが呼ばれると、目の前に頼光が来てくれた。どっかりと座る。
「こうして向かい合うのは初めてだね」
「はい。ご挨拶もなしに、すみません」
「いや、気にしなくていい。今までに、何度か姿は見ていたのだ。だから今日は、二人の晴れ姿を近くで見られて、本当に良かった」
穏やかな顔で微笑む竜杏達の主は、懐に入れていた小さな小箱を、タエに渡した。黒い漆塗りで、角には金の金具が付けられた、豪華な箱だった。
「本当ならば、牛車に祝いの品を乗せて来る所だったのだが。藤虎に止められたし、そなたはいずれ遠い故郷へ帰ると聞いてな。ささやかだが、受け取ってくれ」
彼も、タエの任務を藤虎から聞いたらしい。箱を開ければ、赤い玉が付いた美しい簪と櫛が入っていた。
「ありがとうございます。大事にします!」
「今着けている髪飾りに勝る物は、ないがね。竜杏と一緒になってくれて、ありがとう。そなたで本当に良かったと思う。未来でも、幸せであってくれ。竜を頼む」
「はい……」
頼光も竜杏の幸せを喜んでくれている。まるで父親のようだ。タエは、深く頭を下げた。嬉しくて、涙が溢れる。
「あー、頼光様、タエちゃん泣かしたー」
「贈り物で点数稼ぎですか? 祝い膳の食材提供って話だったじゃないですか」
「うっ、いいだろ? お前達が可愛がるタエちゃんに、俺も何かしたかったの!」
やんやと賑やかな武将達。仕事から外れると、ここまでフレンドリーになれるのかと、タエは驚いていた。竜杏を見れば、彼も楽しそうに笑っている。目の前の豪華な料理の食材は、彼らが用意してくれたのだと知ると、味も一層美味しく感じた。
「あっ、写真撮りましょ!! 記念に!」
「しゃしん?」
種族も階級も関係なく開かれた宴は、皆が笑って、楽しんで、心に残るものとなった。時間もあっという間に過ぎ、お開きとなる。
「こんなにいただいて良いのでしょうか……。私達は手伝っただけで、何もしていませんが――」
日も傾いてきた頃。平吉一家の帰宅時間だ。彼らの手には、たくさんの荷物があった。ゆきと佐吉は着ていた着物。ゆきの着物も、渡辺家から着ない物を譲り受けたので、返す必要もない。両親には、魚、野菜など、残った食材を分けた。菓子や酒も持たせている。
「十分してもらったよ。最高の食事だった。何よりの祝いだよ。そのお礼だから、気兼ねせずに持って行って」
竜杏が気前良く言った。もういつもの着物に着替えている。平吉とすみは恐縮していた。
「もしもの時は、着物を売れば、金にもなるしね」
「売るなんて、そんなもったいない……。大事にします。この子達の思い出でもありますし」
「そうか」
「気を付けて、帰ってくださいね」
タエも声をかけた。タエももう着替えている。すみ達は頷いた。
「ゆきちゃん、佐吉くん、また遊びに来てね」
「はい!」
二人の元気な声が響いた。
「四人は、俺達が送って行こう」
頼光、綱、貞光がゆき達の後ろに立った。
「これだけの荷物を持てば、よからぬ連中に目を付けられるかもしれんしな」
「俺達がいれば、誰も近寄っては来ないだろうしね」
皆の心遣いが嬉しかった。それならきっと安心だ。
「皆さんを、よろしくお願いします」
「任せな」
貞光がウィンクをした。本当に頼もしい人達だ。
「今日はありがとうございました。お気をつけて」
「ああ、じゃあな」
「さよならー!」
竜杏達は礼を言って皆を見送り、中に入る。
「皆、帰ったか」
晴明が、着物が入った箱を小鬼に渡すと、ひらりと屋根に飛び上がり、あっという間に見えなくなった。荷物だけ、先に帰ったようだ。
「晴明さん、キレイな着物を着せてもらって、ありがとうございました」
「良い。神の使いに着てもらったのだ。後世まで大事にするよ」
美鬼と共に馬に乗る。彼らも帰宅の時間だ。
「晴明、ありがとう」
「礼には及ばん。二人とも、幸せであれ」
「はい」
こうして、晴明と美鬼は去って行った。
屋敷に戻ると、先程までの賑やかさが嘘のように静かだ。精霊、妖怪達も、住処へと戻っている。ハナと煉は、ゆきと佐吉と遊びまくって疲れて寝ている。
「さて、やるか」
「そうやね」
二人が向かうのは台所。藤虎が洗い物をしている。十人分の皿を洗うのは一苦労だろう。竜杏とタエは、腕まくりをして気合を入れた。
お揃いの指輪が、キラリと光っている。
読んでいただき、ありがとうございました!