157 快晴、大安
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「おはようございます、タエ様」
翌朝。タエとハナが仕事から帰って来て、朝餉を済ませた所で来客があった。そして、今その人物は、正座しているタエの目の前に、ニコニコ微笑みながら座っている。側には、大きな黒塗りの木箱がいくつか置いてある。
「美鬼さん、あの……私に何か御用ですか?」
「はい。それじゃあ、始めましょうか♪」
「え、何を?」
「あの、晴明、どういう事?」
別の部屋で、竜杏も戸惑っていた。晴明は式の小鬼達を使いながら、持って来た道具の箱をどんどん開けている。そこには台や儀式に使うような道具が入っており、竜杏の返事を待たず、準備が進められていた。煉は初めて見るモノばかりなので、ほお、と見つめている。
「今日は快晴、そして大安だ。今日ほど相応しい日取りはないぞ」
「何の?」
晴明は笑いながら、手に持っている榊の枝を、優雅に振ってみせた。
「素晴らしいですっ! とても似合いますわ」
美鬼のテンション爆上がり。タエは何がなんだか分からないまま化粧をされ、着物に着替えさせられた。白の小袖に赤い長袴。歩けば絶対にこける自信がある。小袖の上に紅の単。そして淡青、緑に近い濃青、黄、薄い枯葉色の淡朽葉、紅と、どんどん衣を重ねていく。
「色を重ねると、キレイですね」
「でしょう? 秋のかさね色なんですよ。“紅紅葉”という重ね方です。タエ様は、階級にとらわれない方なので、とにかく美しい色を重視しました!」
髪の毛は、平安時代に来た時より少し伸びた。肩より少し下の長さなので、サイドの髪の毛をゆるく三つ編みにし、後ろでまとめる。そこに、竜杏からもらった髪飾りを付けた。タエの提案だ。桜の装飾だが、可愛いので特に気にならない。後ろ姿も華やかになる。
そして仕上げに、美しく刺繍が施された白の小袿を羽織れば、どれだけ鈍感な人でも分かる装いになった。
「えと、み、美鬼さん。これって――」
「来たぞー」
玄関に豪快な声が響いた。竜杏が出ると、貞光と綱が並んでいる。
「二人が揃って来るなんて。今日、何かありましたっけ?」
「何だ、藤虎、まだ言ってなかったのか?」
貞光が竜杏の後ろに視線を向けると、笑顔の藤虎がいた。
「驚かせたいと思っておりますので」
「そうか。じゃあ、これ」
綱が藤虎に手土産を手渡す。見れば、大きな鯛だ。
「俺はこれね」
貞光は大きい酒瓶を二つ渡した。
「これはこれは。ありがとうございます!」
三人でどんどん話が進んでいく。竜杏は一人、眉を寄せていた。
「祝い事でもあるの?」
「さ、晴明が来てるんだろ? 行こうぜ」
「竜の用意を手伝ってやるよ」
「え?」
貞光が竜杏の背を押して、廊下を進む。綱も続いた。
「……何事?」
別室にて、有無を言わさず着替えさせられた竜杏。衣冠という着物だ。平安時代の貴族や官人が宮中に入る際の勤務服である。他にも、儀式に参加する時も、この衣冠を着る事がある。冠をかぶり、扇を持つ。袍と呼ばれる着物は、身分によって色が変わる。竜杏は深緑の袍を着ていた。
「俺の衣冠だ。竜は官位に縛られないから、本当はタエに合わせて白にしたかったけど、一応、帝の色だし。紫と黒も、お前の事だから、遠慮すると思って」
「タエも着替えてるの?」
「ああ」
綱が頷いた。タエは美鬼と部屋にこもったきり出て来ない。着替えている事を知り、眉を寄せた。もう彼は薄々気付いている。
「……貞光さん。俺、言いましたよね。挙げないって」
「ああ。聞いたな」
しれっと答える貞光。
「だから、大っぴらにはしてねぇだろ? 参加するのは俺達と、仲良くしてるって言う、この子達」
「! ゆき、佐吉」
障子を開けると、そこには可愛らしく着飾ったゆきと佐吉がいたのだ。ゆきは子供用の小袖と袴、引きずらない長さの袿を羽織っている。佐吉は水干と呼ばれる狩衣に似ている着物で、有名な牛若丸が弁慶と五条大橋で戦った時に着ていた姿がそれだ。動きやすいように、あまり貴族のようにかっちりとした着付けはしなかった。気楽にとどめたので、子供達も緊張せずに、着物を楽しんでいる。
「改めて、御婚姻、おめでとうございます」
「ござます!」
二人が祝いの言葉を言ってくれたので、竜杏はもう何も言えない。
「ありがとう、二人とも。佐吉の着物、見覚えが……」
「竜杏が小さい時に着てた物だって」
ハナが廊下を歩いてくる。
「藤虎の奴、よくキレイに残してたな」
佐吉の肩に手を置く。さらりとした手触りは、まだ着物の価値を十分に秘めている。
「ゆきも佐吉も、よく似合ってるよ」
「へへー」
嬉しそうに笑う子供達を見て、竜杏も微笑んだ。
「ま、そういう事。内々でやる祝いの宴ってやつだ。お前も緊張しなくていいだろ?」
「別にしてないですよ。宴なら料理がいるでしょ。藤虎が一人で大丈夫なんですか?」
竜杏の言葉に、返事をしたのはゆきだ。
「おっとうとおっかあが、藤虎様を手伝ってるんです」
「え、そうなの?」
「前、鬼ごっこをした日。藤虎様に頼まれたんです。御館様とタエ様に内緒で祝言の用意をしたいから、一緒に祝って欲しい。その時は、おっかあ達にも協力して欲しいって」
確か、藤虎が竜杏に何も言わずに外出した日があった。大量に魚を持って帰って来て、ゆきと佐吉におすそ分けをしたのだ。思い出した。
「それから数日経って、直接、おっかあ達に話をしに来てくれたんです。貴族様の家に行くなんてって、遠慮してたんですけど、藤虎様の話を聞いて、納得してくれました」
竜杏は驚いていた。藤虎がそんな根回しをしていたなんて、思いもしなかったのだ。今日も、竜杏達に気付かれないように、こっそりゆき達を屋敷に入れた。
「綱と貞光さんも、藤虎に言われて?」
二人も頷いた。
「言っただろ? 祝言には呼んでよって」
「気心知れた者だけで宴って、最高じゃねぇか!」
晴明に吉日を占ってもらい、この日の予定を空けるようにしていたのだと言う。もちろん、渡辺家本家には内緒。碓井家にも知られていない。
「藤虎……」
祝言を挙げないと告げられた時の、乱心ぶりを思い出す。彼なりに、竜杏とタエを考えての行動だった。皆も祝ってくれている。どうして責められようか。
「本当に……俺は、人に恵まれてるな……」
決してお金で買えない、かけがえのない財産。妖怪を呼ぶ体質でも、恐れず側にいてくれた。竜杏は、彼らに支えられていたと、改めて実感する。
「ありがとう。綱、貞光さん」
「ああ」
「当たり前だろうがっ!」
「いって!」
ばしんと背中を叩かれる。じんじんと痛んだが、嫌な痛みではない。ハナ、ゆき、佐吉も笑っていた。
「竜杏様、タエ様の御用意、整いました」
美鬼が音もなく現れた。皆びっくりしたが、タエの部屋へと向かう。竜杏は、つい足早になってしまった。
「開けますよ」
縁側に出る障子を開ける美鬼。部屋に太陽の光が差し込み、タエを照らす。その姿を見て、竜杏は口が開いたまま、固まっていた。
「あの、竜杏?」
廊下に出て、彼の目の前に来たタエが声をかけた。長い袴で転ばないよう、細心の注意を払っている。
「ほら、言う事あるでしょ」
綱が竜杏の背中をつついた。はっと我に返った竜杏は、タエの姿をもう一度見て、短く言った。
「キレイだよ」
「ありがとう。竜杏もカッコいい」
彼の素直な言葉に、タエは嬉しくて頬を染めた。ふわりと微笑むその顔は、いつものタエではないようだ。竜杏の心臓が速い。藤虎達に心底感謝した。
「タエちゃーん! すっごくキレイだ!! 竜なんてやめて、俺にしなーい?」
竜杏の隣に出た貞光が、タエを褒めまくる。いつものように、口説きだした。
「お゛い゛」
竜杏の凄みの利いた声。敬語が吹っ飛んでいる。
「貞光様、綱様! 来てくれたんですね」
「祝言、おめでとう。似合ってるよ」
「ありがとうございます。やっぱり、祝言の用意をしてくれてたんですね」
照れだすタエ。
「タエ様!」
「ゆきちゃん、佐吉くん!?」
二人もタエの側に来た。タエは驚いている。
「すっごく可愛いよー」
「タエ様も、キレイです! おめでとうございます」
「かわいい」
「ありがとう。すっごく嬉しい!!」
涙がにじむ。タエは目の端を拭って、いつもの笑顔を見せた。
「御館様、タエ様。お二人とも、よくお似合いで」
藤虎もいつの間にか来ていて、うぅ、と目頭を熱くしている。
「藤虎、色々手配してくれたって聞いたよ。俺達の為に、ありがとう」
「ありがとうございます」
礼を言う竜杏に、タエも深く頭を下げた。
「いえ! どうしても、私がやりたかっただけなので。料理の準備は出来ました。それから、あとお一人、お越しになられましたよ」
「え?」
「仲間外れは寂しいぞ、竜杏」
藤虎の後ろから現れた人物に、竜杏が声を上げた。
「頼光様っ!」
「え!?」
タエは竜杏の主と会うのは初めてだった。
「良かった。来られたんですね」
「見てやって下さいよ。二人の晴れ姿!」
頼光にも声をかけていた藤虎。綱、貞光と同じく、家に内緒で出て来たのだ。密かに連絡を取り合い、良い謀をするのが、とても気持ち良く、楽しかったと言う。
「さぁ、部屋の準備も終わっている。早速、始めようか」
晴明が呼びに来た。
いよいよだ。
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