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月夜の代行者  作者: うた
第三章
161/330

157 快晴、大安

ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます!

「おはようございます、タエ様」


 翌朝。タエとハナが仕事から帰って来て、朝餉を済ませた所で来客があった。そして、今その人物は、正座しているタエの目の前に、ニコニコ微笑みながら座っている。側には、大きな黒塗りの木箱がいくつか置いてある。

「美鬼さん、あの……私に何か御用ですか?」

「はい。それじゃあ、始めましょうか♪」

「え、何を?」




「あの、晴明、どういう事?」

 別の部屋で、竜杏も戸惑っていた。晴明は式の小鬼達を使いながら、持って来た道具の箱をどんどん開けている。そこには台や儀式に使うような道具が入っており、竜杏の返事を待たず、準備が進められていた。煉は初めて見るモノばかりなので、ほお、と見つめている。

「今日は快晴、そして大安だ。今日ほど相応しい日取りはないぞ」

「何の?」

 晴明は笑いながら、手に持っている榊の枝を、優雅に振ってみせた。




「素晴らしいですっ! とても似合いますわ」

 美鬼のテンション爆上がり。タエは何がなんだか分からないまま化粧をされ、着物に着替えさせられた。白の小袖に赤い長袴。歩けば絶対にこける自信がある。小袖の上に紅のひとえ。そして淡青、緑に近い濃青、黄、薄い枯葉色の淡朽葉あわきくちば、紅と、どんどんきぬを重ねていく。

「色を重ねると、キレイですね」

「でしょう? 秋のかさね色なんですよ。“紅紅葉くれないもみじ”という重ね方です。タエ様は、階級にとらわれない方なので、とにかく美しい色を重視しました!」

 髪の毛は、平安時代に来た時より少し伸びた。肩より少し下の長さなので、サイドの髪の毛をゆるく三つ編みにし、後ろでまとめる。そこに、竜杏からもらった髪飾りを付けた。タエの提案だ。桜の装飾だが、可愛いので特に気にならない。後ろ姿も華やかになる。

 そして仕上げに、美しく刺繍が施された白の小袿こうちきを羽織れば、どれだけ鈍感な人でも分かる装いになった。

「えと、み、美鬼さん。これって――」




「来たぞー」

 玄関に豪快な声が響いた。竜杏が出ると、貞光と綱が並んでいる。

「二人が揃って来るなんて。今日、何かありましたっけ?」

「何だ、藤虎、まだ言ってなかったのか?」

 貞光が竜杏の後ろに視線を向けると、笑顔の藤虎がいた。

「驚かせたいと思っておりますので」

「そうか。じゃあ、これ」

 綱が藤虎に手土産を手渡す。見れば、大きな鯛だ。

「俺はこれね」

 貞光は大きい酒瓶を二つ渡した。

「これはこれは。ありがとうございます!」

 三人でどんどん話が進んでいく。竜杏は一人、眉を寄せていた。

「祝い事でもあるの?」

「さ、晴明が来てるんだろ? 行こうぜ」

「竜の用意を手伝ってやるよ」

「え?」

 貞光が竜杏の背を押して、廊下を進む。綱も続いた。



「……何事?」

 別室にて、有無を言わさず着替えさせられた竜杏。衣冠いかんという着物だ。平安時代の貴族や官人が宮中に入る際の勤務服である。他にも、儀式に参加する時も、この衣冠を着る事がある。冠をかぶり、扇を持つ。ほうと呼ばれる着物は、身分によって色が変わる。竜杏は深緑の袍を着ていた。

「俺の衣冠だ。竜は官位に縛られないから、本当はタエに合わせて白にしたかったけど、一応、帝の色だし。紫と黒も、お前の事だから、遠慮すると思って」

「タエも着替えてるの?」

「ああ」

 綱が頷いた。タエは美鬼と部屋にこもったきり出て来ない。着替えている事を知り、眉を寄せた。もう彼は薄々気付いている。

「……貞光さん。俺、言いましたよね。挙げないって」

「ああ。聞いたな」

 しれっと答える貞光。

「だから、大っぴらにはしてねぇだろ? 参加するのは俺達と、仲良くしてるって言う、この子達」

「! ゆき、佐吉」

 障子を開けると、そこには可愛らしく着飾ったゆきと佐吉がいたのだ。ゆきは子供用の小袖と袴、引きずらない長さの袿を羽織っている。佐吉は水干すいかんと呼ばれる狩衣に似ている着物で、有名な牛若丸が弁慶と五条大橋で戦った時に着ていた姿がそれだ。動きやすいように、あまり貴族のようにかっちりとした着付けはしなかった。気楽にとどめたので、子供達も緊張せずに、着物を楽しんでいる。

「改めて、御婚姻、おめでとうございます」

「ござます!」

 二人が祝いの言葉を言ってくれたので、竜杏はもう何も言えない。

「ありがとう、二人とも。佐吉の着物、見覚えが……」

「竜杏が小さい時に着てた物だって」

 ハナが廊下を歩いてくる。

「藤虎の奴、よくキレイに残してたな」

 佐吉の肩に手を置く。さらりとした手触りは、まだ着物の価値を十分に秘めている。

「ゆきも佐吉も、よく似合ってるよ」

「へへー」

 嬉しそうに笑う子供達を見て、竜杏も微笑んだ。


「ま、そういう事。内々でやる祝いの宴ってやつだ。お前も緊張しなくていいだろ?」

「別にしてないですよ。宴なら料理がいるでしょ。藤虎が一人で大丈夫なんですか?」

 竜杏の言葉に、返事をしたのはゆきだ。

「おっとうとおっかあが、藤虎様を手伝ってるんです」

「え、そうなの?」

「前、鬼ごっこをした日。藤虎様に頼まれたんです。御館様とタエ様に内緒で祝言の用意をしたいから、一緒に祝って欲しい。その時は、おっかあ達にも協力して欲しいって」

 確か、藤虎が竜杏に何も言わずに外出した日があった。大量に魚を持って帰って来て、ゆきと佐吉におすそ分けをしたのだ。思い出した。

「それから数日経って、直接、おっかあ達に話をしに来てくれたんです。貴族様の家に行くなんてって、遠慮してたんですけど、藤虎様の話を聞いて、納得してくれました」

 竜杏は驚いていた。藤虎がそんな根回しをしていたなんて、思いもしなかったのだ。今日も、竜杏達に気付かれないように、こっそりゆき達を屋敷に入れた。

「綱と貞光さんも、藤虎に言われて?」

 二人も頷いた。

「言っただろ? 祝言には呼んでよって」

「気心知れた者だけで宴って、最高じゃねぇか!」

 晴明に吉日を占ってもらい、この日の予定を空けるようにしていたのだと言う。もちろん、渡辺家本家には内緒。碓井家にも知られていない。

「藤虎……」

 祝言を挙げないと告げられた時の、乱心ぶりを思い出す。彼なりに、竜杏とタエを考えての行動だった。皆も祝ってくれている。どうして責められようか。

「本当に……俺は、人に恵まれてるな……」

 決してお金で買えない、かけがえのない財産。妖怪を呼ぶ体質でも、恐れず側にいてくれた。竜杏は、彼らに支えられていたと、改めて実感する。

「ありがとう。綱、貞光さん」

「ああ」

「当たり前だろうがっ!」

「いって!」

 ばしんと背中を叩かれる。じんじんと痛んだが、嫌な痛みではない。ハナ、ゆき、佐吉も笑っていた。



「竜杏様、タエ様の御用意、整いました」


 美鬼が音もなく現れた。皆びっくりしたが、タエの部屋へと向かう。竜杏は、つい足早になってしまった。



「開けますよ」

 縁側に出る障子を開ける美鬼。部屋に太陽の光が差し込み、タエを照らす。その姿を見て、竜杏は口が開いたまま、固まっていた。


「あの、竜杏?」

 廊下に出て、彼の目の前に来たタエが声をかけた。長い袴で転ばないよう、細心の注意を払っている。

「ほら、言う事あるでしょ」

 綱が竜杏の背中をつついた。はっと我に返った竜杏は、タエの姿をもう一度見て、短く言った。


「キレイだよ」

「ありがとう。竜杏もカッコいい」


 彼の素直な言葉に、タエは嬉しくて頬を染めた。ふわりと微笑むその顔は、いつものタエではないようだ。竜杏の心臓が速い。藤虎達に心底感謝した。

「タエちゃーん! すっごくキレイだ!! 竜なんてやめて、俺にしなーい?」

 竜杏の隣に出た貞光が、タエを褒めまくる。いつものように、口説きだした。

「お゛い゛」

 竜杏の凄みの利いた声。敬語が吹っ飛んでいる。

「貞光様、綱様! 来てくれたんですね」

「祝言、おめでとう。似合ってるよ」

「ありがとうございます。やっぱり、祝言の用意をしてくれてたんですね」

 照れだすタエ。

「タエ様!」

「ゆきちゃん、佐吉くん!?」

 二人もタエの側に来た。タエは驚いている。

「すっごく可愛いよー」

「タエ様も、キレイです! おめでとうございます」

「かわいい」

「ありがとう。すっごく嬉しい!!」

 涙がにじむ。タエは目の端を拭って、いつもの笑顔を見せた。



「御館様、タエ様。お二人とも、よくお似合いで」

 藤虎もいつの間にか来ていて、うぅ、と目頭を熱くしている。

「藤虎、色々手配してくれたって聞いたよ。俺達の為に、ありがとう」

「ありがとうございます」

 礼を言う竜杏に、タエも深く頭を下げた。

「いえ! どうしても、私がやりたかっただけなので。料理の準備は出来ました。それから、あとお一人、お越しになられましたよ」

「え?」


「仲間外れは寂しいぞ、竜杏」


 藤虎の後ろから現れた人物に、竜杏が声を上げた。

「頼光様っ!」

「え!?」

 タエは竜杏の主と会うのは初めてだった。

「良かった。来られたんですね」

「見てやって下さいよ。二人の晴れ姿!」

 頼光にも声をかけていた藤虎。綱、貞光と同じく、家に内緒で出て来たのだ。密かに連絡を取り合い、良いはかりごとをするのが、とても気持ち良く、楽しかったと言う。



「さぁ、部屋の準備も終わっている。早速、始めようか」


 晴明が呼びに来た。


 いよいよだ。


読んでいただき、ありがとうございました!

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