155 初めての討伐
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「タエ! 行くよ!」
「う、うん!」
夜。竜杏とタエの刀が閃く。目の前にいるのは、大きなムカデの妖怪だ。“百足”という名前の通り、本当に百本あるかもしれないと思えるほどの足の量。八~十メートルはありそうな長い体。長く鋭いギザギザした牙は、一度捕まれば逃げられないだろう。そして、ぎょろりと大きな二つの目玉が動く。身の毛もよだつ、不気味な姿だ。
佐吉の夢の場所を探して各地を回っていた所、山中で出くわした。
タエも初めて見た時は発狂しそうになったが、仕事を放り出すわけにはいかない。しかし、いざ巨大なムカデの妖怪を前にすると、全身が震えてしまった。いつも瞬殺していた虫の妖怪だが、ここまで大きな虫は見た事がなかったのだ。前、温泉に落ちて来たムカデが、どれだけかわいいサイズだったか。
ハナと竜杏が二人で協力して戦おうという事になったが、相手が大きくて長い。毒針の尻尾を押さえる必要があった。しっかり押さえる事が出来る、ハナの龍爪に頼らざるを得ない。今回、煉は見ているだけに止まっている。竜杏の勉強に、自分が出る幕ではないと、考えているのだ。
ハナが尻尾を押さえ、龍尾でムカデの背を貫く。痛みに身をのけ反らせた瞬間を見逃さない。
タエがムカデの顔の下を、竜杏が地面に近い腹を狙い、刀を横に薙ぎ払う。竜杏の刀も妖刀なので、ムカデを斬る事が出来た。ざくりと刃が食い込み、固い体を力で押して斬り込んでいく。どろりとした体液が溢れ、最後の一押しで胴体を完全に切り離した。
ムカデの体が三つに分かれ、じたばたとのたうち回る。何十本もの足が砂煙を上げ、静まる頃には、ムカデもざらりと塵になり、崩れ落ちた。
竜杏は、両手を見た。右手に刀を持っている。じんじんと指先まで熱い。思い切り力を入れたからだ。固い殻のような体を斬った感触が、まだ残っている。
「ふぅ……」
「タエ、大丈夫?」
竜杏が、まだ渋い顔をしていたタエの顔を覗き込んだ。前にクモ一匹で、大騒ぎをしていた事を思い出した。
「うん。大丈夫」
「あのサイズでも、虫じゃなかったら、お姉ちゃん一人で勝てたのにね」
ははは、と乾いた笑いのタエ。これでは、代行者失格だ。鴉天狗の黒鉄に「修行が足りん」と怒られそう。
「がんばります」
「ん? だったら、ハナ殿一人でも倒せたんじゃ」
刀を鞘に納めながら、竜杏が聞いた。ハナはにん、と可愛く笑っている。
「竜杏にも経験してもらわないとね。実戦訓練よ。どうだった? 代行者として初めて妖怪を斬った感じは」
今まで妖怪を何度も斬ったが、彼女達の仕事を初めて手伝った。心持ちが全然違う。自分が生きる為に斬るのではなく、京を守る為に斬ったのだから。
――鬼の肉を斬り、骨を断ったあの時の重さと感触は、今でも覚えてます――
――命を斬るって、すごく重いんですよね――
前、タエに聞いた、代行者になって初めて斬った妖怪の話を思い出す。
(そうだ……。戦で人を斬った時と同じ――)
「命を斬る重さは、人も妖怪も同じだった。自分じゃなくて、誰かの為に刀を振るう事の本当の意味を、やっと知った気がする。戦は、主の為に戦うけど、影武者の俺は、綱の為に戦に出てた。それでも、自分が生きる為に人を斬ってたって今更ながら、思い知ったよ」
源頼光は大切な主だ。忠誠を誓うに値する人物だ。貞光達も大切な仲間だと思っている。しかし父の源宛からの命令で、いつも「綱の為に」と言われているので、父への恐怖心か、反抗心かは分からないが、心が沈み、何も感じる事が出来なくなっていたように思う。
(俺が戦うのは、あんたの為じゃないって、いつも思ってたな……)
自嘲的な笑みが浮かぶ。
「二人の仕事の大きさを、改めて理解した。こうやって、京の為に、誰かの為に戦って来たんだね」
「その重さを忘れないで。邪悪な妖怪も、同じ命の重さを持ってる。それを軽んじてしまったら、高様の眷属としては、失格だと思うから。気持ちの問題だけどね」
ハナが真剣な表情で告げた。命を軽んじたからと言って、実際、代行者の資格を剥奪される事はない。しかし、命のやりとりをする上で大事な事だと、ハナとタエは考えているのだ。
「二人の気持ちは、今までずっと見てきたから、理解してるつもり。俺も肝に銘じておくよ」
竜杏は素直に頷いた。そこに、タエが口を挟む。
「でもね、竜杏。勝てないと思ったら、自分の為に、逃げて良いからね」
「え……」
「私達、お母さんと約束してるの。“勝てない時は、迷わず逃げる。次に勝つ為の退却は、弱い事じゃないから”。負けじゃないって思ってる。竜杏も、自分の命を第一に考えて。あれ、前に竜杏にも同じ事言われたね」
自分の為に動く事も、ちゃんと認めている。竜杏は目を瞠っていた。
「今、ムカデの妖怪を倒した事で、この先、襲われたかもしれない人や精霊達を、助ける事が出来た。それが私達の仕事やけど、やっぱり自分も大事にしてあげないと」
タエは笑顔を見せていた。
「敵わない相手に、無茶して突っ込むのは良くないし。引く事も大事だって覚えてね。私も、逃げた事あるし」
「え、そうなの?」
いつも突っ込んで行くタエしか見た事がなかったので、これはとても意外だった。
「さっきも出来れば逃げたかった。実は、暴走した幸成さんと、私も一回戦ってて。肩をケガしちゃって、逃げようとしたの。その前に、幸成さんがどっか行っちゃったけど」
「肩をケガ? そんな話、聞いてないけど」
じとり。竜杏の視線が痛い。
「いやぁ。代行者の仕事の時やったし、話しそびれたというか」
苦笑するタエを見て、竜杏ははぁ、とため息をついた。
「あの時は、まだ知らなかった時だったからな。タエとハナ殿も、気を付けてよ」
「同じ事を、私達も思ってるから。竜杏と煉も、気を付けてね」
ハナの言葉に、タエも大きく頷いている。煉はいきなり自分の名前が出てきて驚くが、心配してもらえるという事は、嫌ではない。皆が気持ちを一つにして、笑い合った。
「夢の場所は、ここじゃないみたい。山は近くに見えたけど、もっと広い平原だったように思う」
ハナが背にタエ、竜杏を乗せ、煉と一緒に空を飛びながら周りを見回して言った。
「特に変な気配もねぇな」
「うん」
ハナと煉の会話を聞きつつ、タエは提案した。
「今夜は帰ろう。竜杏も睡眠が必要だし」
「え、夜明けまでいけるよ」
後ろに座る竜杏がタエの肩を叩いた。
「いーのいーの。でかいムカデを斬ったから、今夜はゆっくり寝て。煉ちゃんが添い寝してくれるから」
「えっ!?」
煉がびっくりして、車輪から炎が上がった。
「……分かった。タエは一緒に寝ないの?」
「なっ!? わ、私は、高様に報告とか、相談とかあるから。終わったら、ちゃんと行きますんで」
最後は照れて小さな声になる。竜杏は、タエの体に腕を回し、肩に顎を置いた。
「分かった」
「素直でよろしい」
屋敷に戻った竜杏は、言われた通りに寝床に入る。煉も隣にいる。すると、どこからか爽やかな花の香りが漂ってきた。良い香りだなと思った瞬間、スッと眠りに落ちる。竜杏がしっかり寝た事を確認すると、タエとハナは代行者の仕事の続きに出て行った。
「うう、ん」
朝日が昇り、部屋がぼんやりと明るくなる。竜杏の意識が浮上し、身じろぎしようとしたが、出来なかった。
「え……ぐふっ!」
竜杏の鳩尾に衝撃があり、腹が急に苦しくなった。そして首回りも重みを感じる。一体何だと目が覚め、見てみれば、なんだかすごい事になっていた。
「嫌じゃないけど……重い……」
彼の腹の上にあったのは、タエの両足。竜杏の右側にタエがいた。約束を守ってくれたのだが、寝相が激烈に悪かった。仰向けで寝ているタエは、両腕を広げ、畳ベッドから頭が落ちている。そして、鳩尾にかかと落としをくらわした後、行儀悪く力が抜けた両足は、竜杏の胴体の上に見事に乗っていた。就寝時に着ている着物は見事に乱れ、袴がまくれ上がり、膝から下が丸見えだ。
煉は最初、彼の左肩の所で寝ていたが、今は首の上にのしかかって熟睡中。ハナは竜杏の足の上で丸くなって寝ていた。ハナと煉は、現世に干渉しているらしい。温もりを感じる。温かい。
自分に触れたいと思ってくれたのだろうかと思うと、苦しいながらも、嬉しいと思う竜杏だった。
「ぐぅ、ぐぅ。にゃはははは」
ぺしぺし。
「タエ……、寝言で笑いながら頭叩かないで」
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