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月夜の代行者  作者: うた
第三章
158/330

155 初めての討伐

ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます!

「タエ! 行くよ!」

「う、うん!」


 夜。竜杏とタエの刀が閃く。目の前にいるのは、大きなムカデの妖怪だ。“百足むかで”という名前の通り、本当に百本あるかもしれないと思えるほどの足の量。八~十メートルはありそうな長い体。長く鋭いギザギザした牙は、一度捕まれば逃げられないだろう。そして、ぎょろりと大きな二つの目玉が動く。身の毛もよだつ、不気味な姿だ。

 佐吉の夢の場所を探して各地を回っていた所、山中で出くわした。

 タエも初めて見た時は発狂しそうになったが、仕事を放り出すわけにはいかない。しかし、いざ巨大なムカデの妖怪を前にすると、全身が震えてしまった。いつも瞬殺していた虫の妖怪だが、ここまで大きな虫は見た事がなかったのだ。前、温泉に落ちて来たムカデが、どれだけかわいいサイズだったか。


 ハナと竜杏が二人で協力して戦おうという事になったが、相手が大きくて長い。毒針の尻尾を押さえる必要があった。しっかり押さえる事が出来る、ハナの龍爪に頼らざるを得ない。今回、煉は見ているだけに止まっている。竜杏の勉強に、自分が出る幕ではないと、考えているのだ。


 ハナが尻尾を押さえ、龍尾でムカデの背を貫く。痛みに身をのけ反らせた瞬間を見逃さない。

 タエがムカデの顔の下を、竜杏が地面に近い腹を狙い、刀を横に薙ぎ払う。竜杏の刀も妖刀なので、ムカデを斬る事が出来た。ざくりと刃が食い込み、固い体を力で押して斬り込んでいく。どろりとした体液が溢れ、最後の一押しで胴体を完全に切り離した。

 ムカデの体が三つに分かれ、じたばたとのたうち回る。何十本もの足が砂煙を上げ、静まる頃には、ムカデもざらりと塵になり、崩れ落ちた。


 竜杏は、両手を見た。右手に刀を持っている。じんじんと指先まで熱い。思い切り力を入れたからだ。固い殻のような体を斬った感触が、まだ残っている。


「ふぅ……」

「タエ、大丈夫?」

 竜杏が、まだ渋い顔をしていたタエの顔を覗き込んだ。前にクモ一匹で、大騒ぎをしていた事を思い出した。

「うん。大丈夫」

「あのサイズでも、虫じゃなかったら、お姉ちゃん一人で勝てたのにね」

 ははは、と乾いた笑いのタエ。これでは、代行者失格だ。鴉天狗の黒鉄に「修行が足りん」と怒られそう。

「がんばります」

「ん? だったら、ハナ殿一人でも倒せたんじゃ」

 刀を鞘に納めながら、竜杏が聞いた。ハナはにん、と可愛く笑っている。

「竜杏にも経験してもらわないとね。実戦訓練よ。どうだった? 代行者として初めて妖怪を斬った感じは」

 今まで妖怪を何度も斬ったが、彼女達の仕事を初めて手伝った。心持ちが全然違う。自分が生きる為に斬るのではなく、京を守る為に斬ったのだから。



――鬼の肉を斬り、骨を断ったあの時の重さと感触は、今でも覚えてます――

――命を斬るって、すごく重いんですよね――



 前、タエに聞いた、代行者になって初めて斬った妖怪の話を思い出す。

(そうだ……。戦で人を斬った時と同じ――)

「命を斬る重さは、人も妖怪も同じだった。自分じゃなくて、誰かの為に刀を振るう事の本当の意味を、やっと知った気がする。戦は、主の為に戦うけど、影武者の俺は、綱の為に戦に出てた。それでも、自分が生きる為に人を斬ってたって今更ながら、思い知ったよ」


 源頼光は大切な主だ。忠誠を誓うに値する人物だ。貞光達も大切な仲間だと思っている。しかし父の源宛みなもとのあつるからの命令で、いつも「綱の為に」と言われているので、父への恐怖心か、反抗心かは分からないが、心が沈み、何も感じる事が出来なくなっていたように思う。


(俺が戦うのは、あんたの為じゃないって、いつも思ってたな……)

 自嘲的な笑みが浮かぶ。

「二人の仕事の大きさを、改めて理解した。こうやって、京の為に、誰かの為に戦って来たんだね」

「その重さを忘れないで。邪悪な妖怪も、同じ命の重さを持ってる。それを軽んじてしまったら、高様の眷属としては、失格だと思うから。気持ちの問題だけどね」

 ハナが真剣な表情で告げた。命を軽んじたからと言って、実際、代行者の資格を剥奪される事はない。しかし、命のやりとりをする上で大事な事だと、ハナとタエは考えているのだ。

「二人の気持ちは、今までずっと見てきたから、理解してるつもり。俺も肝に銘じておくよ」

 竜杏は素直に頷いた。そこに、タエが口を挟む。


「でもね、竜杏。勝てないと思ったら、自分の為に、逃げて良いからね」


「え……」

「私達、お母さんと約束してるの。“勝てない時は、迷わず逃げる。次に勝つ為の退却は、弱い事じゃないから”。負けじゃないって思ってる。竜杏も、自分の命を第一に考えて。あれ、前に竜杏にも同じ事言われたね」

 自分の為に動く事も、ちゃんと認めている。竜杏は目を瞠っていた。

「今、ムカデの妖怪を倒した事で、この先、襲われたかもしれない人や精霊達を、助ける事が出来た。それが私達の仕事やけど、やっぱり自分も大事にしてあげないと」

 タエは笑顔を見せていた。

「敵わない相手に、無茶して突っ込むのは良くないし。引く事も大事だって覚えてね。私も、逃げた事あるし」

「え、そうなの?」

 いつも突っ込んで行くタエしか見た事がなかったので、これはとても意外だった。

「さっきも出来れば逃げたかった。実は、暴走した幸成さんと、私も一回戦ってて。肩をケガしちゃって、逃げようとしたの。その前に、幸成さんがどっか行っちゃったけど」

「肩をケガ? そんな話、聞いてないけど」

 じとり。竜杏の視線が痛い。

「いやぁ。代行者の仕事の時やったし、話しそびれたというか」

 苦笑するタエを見て、竜杏ははぁ、とため息をついた。

「あの時は、まだ知らなかった時だったからな。タエとハナ殿も、気を付けてよ」

「同じ事を、私達も思ってるから。竜杏と煉も、気を付けてね」

 ハナの言葉に、タエも大きく頷いている。煉はいきなり自分の名前が出てきて驚くが、心配してもらえるという事は、嫌ではない。皆が気持ちを一つにして、笑い合った。




「夢の場所は、ここじゃないみたい。山は近くに見えたけど、もっと広い平原だったように思う」

 ハナが背にタエ、竜杏を乗せ、煉と一緒に空を飛びながら周りを見回して言った。

「特に変な気配もねぇな」

「うん」

 ハナと煉の会話を聞きつつ、タエは提案した。

「今夜は帰ろう。竜杏も睡眠が必要だし」

「え、夜明けまでいけるよ」

 後ろに座る竜杏がタエの肩を叩いた。

「いーのいーの。でかいムカデを斬ったから、今夜はゆっくり寝て。煉ちゃんが添い寝してくれるから」

「えっ!?」

 煉がびっくりして、車輪から炎が上がった。

「……分かった。タエは一緒に寝ないの?」

「なっ!? わ、私は、高様に報告とか、相談とかあるから。終わったら、ちゃんと行きますんで」

 最後は照れて小さな声になる。竜杏は、タエの体に腕を回し、肩に顎を置いた。

「分かった」

「素直でよろしい」


 屋敷に戻った竜杏は、言われた通りに寝床に入る。煉も隣にいる。すると、どこからか爽やかな花の香りが漂ってきた。良い香りだなと思った瞬間、スッと眠りに落ちる。竜杏がしっかり寝た事を確認すると、タエとハナは代行者の仕事の続きに出て行った。




「うう、ん」

 朝日が昇り、部屋がぼんやりと明るくなる。竜杏の意識が浮上し、身じろぎしようとしたが、出来なかった。

「え……ぐふっ!」

 竜杏の鳩尾に衝撃があり、腹が急に苦しくなった。そして首回りも重みを感じる。一体何だと目が覚め、見てみれば、なんだかすごい事になっていた。


「嫌じゃないけど……重い……」


 彼の腹の上にあったのは、タエの両足。竜杏の右側にタエがいた。約束を守ってくれたのだが、寝相が激烈に悪かった。仰向けで寝ているタエは、両腕を広げ、畳ベッドから頭が落ちている。そして、鳩尾にかかと落としをくらわした後、行儀悪く力が抜けた両足は、竜杏の胴体の上に見事に乗っていた。就寝時に着ている着物は見事に乱れ、袴がまくれ上がり、膝から下が丸見えだ。

 煉は最初、彼の左肩の所で寝ていたが、今は首の上にのしかかって熟睡中。ハナは竜杏の足の上で丸くなって寝ていた。ハナと煉は、現世に干渉しているらしい。温もりを感じる。温かい。


 自分に触れたいと思ってくれたのだろうかと思うと、苦しいながらも、嬉しいと思う竜杏だった。



「ぐぅ、ぐぅ。にゃはははは」

 ぺしぺし。

「タエ……、寝言で笑いながら頭叩かないで」


読んでいただき、ありがとうございました!

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