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月夜の代行者  作者: うた
第三章
156/330

153 佐吉の夢

ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます!

「ハナさん。佐吉くんは、どうだった?」


 朝。ハナが帰って来たので、聞いてみた。どことなく、疲れているような印象だ。

「ただの夢じゃなかった。予知夢みたい」

「予知夢……。戦の夢やったよね?」

「うん……」

 頷きながらハナは、タエの畳ベッドに寝そべる。ふぅ、と息を吐いた。

「獏が食べたそうに見てたから、あげたわ。佐吉が、もうその夢を見る事はないけど、なかなかのスケールだった」

 ハナの表情が暗い。タエが側に座り、問うた。

「どんな夢だったか、聞いて良い?」

 ちらりと隣の部屋を見て、口を開いた。


「人が入り乱れて、刀と槍が交わる音が響いてた。そこに黒い影が、いくつも立ち上がるの。その影……私達、会った事がある」


「え?」

 タエはどの影だったか考えを巡らせるが、思い当たらない。

「どの影?」

「魂を切り離した鬼」

「えっ」

 思い出す。それは蘆屋道満が行った禁忌の術。欠けた魂が強化の術を受け、体も力も、元のままに戦う事が出来る鬼だった。

「いくつも魂を切り分けた鬼が、その戦にいたの?」

 頷くハナ。はぁ、とため息をついている。

「晴明殿が、道満は何かを企んでるって言ってた事を思い出したよ。私達が相手をした鬼は、実験だった。きっと、その戦に鬼を放つつもりなのかも」

「ちょっと待ってよ。道満は、晴明さんの監視下にあるでしょ? 術も使えないように封印してる。そんな事、出来るの?」

「私も同じ考えやよ。どうやって術を行使するのか、分からない。でも佐吉の夢は、ただの夢だって見過ごせないの。……見過ごせたら、どれだけいいか……」

 ハナの声が小さくなる。悔しそうな、泣きそうな、そんな表情だ。タエは眉を寄せた。

「まだ何かあるの? ハナさん、全部話して」

 タエの顔を見たハナ。そして、口を開いた。


「その戦に……竜杏がいた」


 タエは目を見開いて、言葉が出なかった。心臓が、どくどくと大きく脈を打ち、耳の側でガンガン鳴っている。

「ハ、ハナさん……。そ、それって――」


「その話、詳しく聞かせて」


「!?」

 ハナが驚いて声がした方を見れば、部屋の前の廊下に竜杏がいた。

「竜杏……。気配を消すなんて、腕を上げたね」

「ハナ殿の鍛錬のおかげだよ。盗み聞きをした事は謝る」

 竜杏はタエの隣に来て座った。不安そうに彼を見るタエの手を、ぎゅっと握る。

「中途半端に聞いて、絶望するのは間違いだから。ハナ殿、夢の俺に何かあったの?」

 彼の瞳の強さを受け、ハナも心を決めた。

「何体もの鬼が、戦の邪魔をして、奴らが見えない人間を蹴散らしてた。見えてる人間は、恐怖に逃げ惑って、戦として成立してなかった」

 竜杏とタエは、ハナの話を聞き洩らさないようにしている。

「鬼が歩くと地鳴りがして、腕を振り回せば嵐が起きた。竜杏は、嵐に呑まれて――」

 そこまで聞くと、タエは握られていた竜杏の手を、ぎゅっと握り返す。微かに、震えていた。竜杏は、もう片方の手をタエの手に重ね、安心させるようにポンポンとしてくれる。

「それから、どうなった?」

 先を促す。しかしハナは、首を横にゆるゆると振った。

「そこから先は、視界が真っ黒になったの。どうなったのかは、分からない。佐吉も苦しそうにしてたから、もう獏に食わせたわ」

「そうか」

 竜杏は、思案するように頷いている。隣のタエを見れば、視線を落として呆然としているので、頭を撫でた。目が合う。


「大丈夫。先は分からなかったんだ。俺の未来は、最悪のものだけじゃないでしょ」


 タエは滲んだ涙を拭いて、ゆるく笑顔を見せてくれ、頷いた。

「そう、やんね。そんな事が起こる前に、私達が鬼を全部倒せば良いんだ」

「うん。予知夢は未来の一つ。可能性の話だから。これを元に、未来を変える事だって出来るよ!」

 ハナも大きく頷いた。

「二人なら、出来る気がする」

 タエとハナは、暗くなる気持ちを改めた。まだ来ていない先に不安を覚えて、何も手立てを考えないのは愚かでしかない。せっかく佐吉が教えてくれた未来なのだ。これを好機と考えた。

「佐吉くんは、また夢で苦しむ事があるのかな?」

 それを思うと、彼が気がかりでならない。

「怖い夢を見たら、遠慮なく言うように言ってきた。私達がいなかったら、晴明殿に相談するようにともね。晴明殿に頼んでおかなくちゃ」

「もう知ってるかもしれないけどね」

 タエが苦笑する。彼は言わなくても全て知っているのだ。これまでタエは、何度も心の中を読まれている。ハナも、「かもね」と笑っていた。

 竜杏は、二人の表情が戻った事に安堵して、声をかけた。

「それじゃあ、藤虎がタエを待ってるから、台所に行こう。俺も手伝う」

「あっ! 朝ごはんの用意しなくちゃ」

 竜杏に手を引っ張ってもらい、立ち上がるタエだったが、足に力が入らず膝を付いてしまった。

「あ、れ?」

 目を丸くする竜杏だったが、彼女の全てを理解した。先ほどの話は、タエにとって、自身が思う以上に衝撃だったのだ。腰が抜けてしまったのだろう。そこまで身を案じてくれたのだと実感して、竜杏は嬉しくなった。

 タエの側で見を屈め、ぐっと持ち上げる。タエは驚いた。

「え? あ、えぇ!?」

 タエは竜杏に御姫様抱っこされていた。彼の顔が近くなり、今度は別の意味で心臓がどきどきする。

「あの、大丈夫やよ。重いでしょ。もう歩けるから――」

「じっとしてなよ。言うほど重くない。……まぁ、腕力を鍛えると思えば」

「やっぱ重いんやんっ」

 いつもの調子に戻ったタエ。しかし、竜杏の優しい笑顔を見て、切なくなったタエは、ぎゅっと彼にしがみついた。「ふーんだ」と言いながら顔を隠すと同時に、感情も竜杏に見えないようにする。

 泣きそうになったが、その瞳は、強さをたたえていた。



(絶対に……竜杏を守ってみせる!)


読んでいただき、ありがとうございました!

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