149 祝い餅
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「いやぁ! めでたいですなあ!! うっ」
「藤虎……喜ぶか泣くか、どっちかにして」
「嬉し泣きですぅっっ」
竜杏とタエは手を繋ぎ、いつも一緒にご飯を食べる広間に行けば、藤虎とハナ、煉が既に集まっていて、二人を迎えてくれた。婚姻の申し込みをして、タエが受け入れてくれたと報告すると、藤虎が泣きだしたのだ。
「よかったね、二人とも。左手の薬指が眩しいわ♪」
「ハナさん、ありがとう。お帰り言うの、遅くなってごめんね」
タエの指輪にいち早く気付いたハナ。首を捻るのが、藤虎と煉だ。
「ほう。これが、ハナ様が仰っていた婚約指輪というヤツですか」
「そう。それで、結婚式――祝言を上げる時に、今度は二人で同じ指輪を身に着けるのよ」
ハナは人間の色恋には疎くても、プロポーズや結婚についての知識はあるようだ。タエは驚いていた。
「ハナさん、詳しいね」
「天界の知り合いで、ウェディングプランナーの人が飼い主だった方がいたから。パピヨンよ」
彼女は顔が広かった。
「ほぉ。未来の夫婦の形ですか。同じ物を身に着けるというのは、繋がりが目に見えて良いですな」
「人間の風習って、不思議だ」
藤虎と煉は、感心していた。
それぞれが、二人を祝福してくれている。何だかこそばゆい。竜杏も照れていたが、目の前の家族の心を素直に受け止め、微笑んだ。
(俺に、こんな時が来るなんて、本当に奇跡だな……)
「祝言は挙げないぃぃぃぃ!!!???」
部屋に藤虎の叫びがこだました。皆で朝餉を取りながら、竜杏が祝言を挙げない事を話したのだ。乱心の藤虎を見ながら、至極冷静な竜杏は、餅をもぐもぐ食べている。竜杏の隣に座っておにぎりを頬張っていた煉は、その声に驚いて、体から炎がぼんと爆ぜた。火事にはならなかったが、煉のおにぎりが、焼きおにぎりになってしまった。
「貞光殿が、あれほど言っておられたのに……」
「分かってるよ。でも影武者の俺が、家を挙げて盛大に出来る訳ないでしょ。それに、本家には、正直知られたくないんだ。いろいろ面倒な事が起こりそうだから」
「まぁ、晴明殿の親類としているので、家柄は問題ありませんが、巫女に手を出したという事になりますからなぁ」
「あ、そういう設定だった」
今更思い出した。タエも餅を頬張る。シンプルな餅だが、柔らかくて美味しい。
平安時代では、男性が女性の元に通って三日目の夜に、新郎新婦が餅を食べる婚礼の儀式がある。その餅を“三日夜餅”と言う。竜杏とタエは夜に二人で食べた。今は、婚約成立のお祝いで、皆も一緒に餅を食べている。この屋敷に住む者だけなので簡単でスマートだ。煉が餅をにゅーんと伸ばして食べる姿は、ただただ可愛い。
「とにかく、挙げないって事は、タエも了解済みだから」
「お姉ちゃん、いいの?」
眉を寄せてハナが聞いた。タエは笑顔で大きく頷く。
「うん。竜杏の立場もあるしね。今で十分幸せだから、問題ないよ」
「タエ様、何と言うお心の広さ……うぅっ」
「藤虎……」
また目頭を熱くさせる藤虎に苦笑しつつも、竜杏はここまで思ってくれている彼らに感謝の念が湧く。
二人の関係は変わっても、普段のすることは変わらない。竜杏の仕事が終われば代行者の講義、手合わせの訓練だ。体術もマスターしたので、次は弓術。戦でも馬上から弓を射る事があるので、竜杏にも覚えがある。後は、矢を番えてから一瞬の内に敵に照準を合わせ、外さずに射貫く事だけだ。
「なかなか難しいな……」
山の妖怪達にも協力してもらい、彼らが持つ的を狙っていく。的中率は五割程度。
「でも、こんなに早く当ててるのすごいよ。私なんて、教えられても最初、全然当たらなかったもんね」
タエが竜杏を褒めた。そのセリフに目を丸くする。
「え、タエが? ほんとに?」
初対面の時、妖怪が入り込んだ屋敷を一掃した時に見せている弓の腕前。それを見ていただけに、意外だった。
「ホントだって。私、弓にも触った事なかったから」
あはは、と笑って見せる。
「本当の初心者だったのか。それが、あの腕前に」
「毎日鍛錬を欠かさなかったのと、本気で命のやり取りをすれば、度胸も腕も上がるわ」
ハナの言葉に、タエは頷く。
「確かにね。代行者になりたての頃、鬼を前にした時は、めちゃくちゃ震えたもん」
タエが、代行者の仕事をし始めた時の話は以前聞いた。竜杏はタエにもそんな時があったのだと、改めて思い直す。最初から何でも出来る人間なんていない。
「タエは本当にすごいな。頭が下がるよ」
「いやいや、そんな事は。ハナさんの地獄の鍛錬の成果やね」
「タエをここまで育て上げたハナ殿も立派だ」
竜杏が褒めるので、ハナも気を良くしたようだ。尻尾を優雅に振り、ふふん、と得意げにしている。
「やらなきゃやられるからね。竜杏もしっかり鍛えてあげるから、安心して♪」
「ああ。よろしく頼む」
ハナの鍛錬はとにかく厳しい。負ければ魂の消滅へと一直線。勝利の為に逃げる事も大事だが、失敗は許されない事を分かっているからこそ、確実に強さを手に入れなければならないのだ。
竜杏はその思いもしっかり理解しているので、決して弱音を吐かない。タエにも協力してもらい、何度も手合わせをする。そして、自分自身も納得がいくまで鍛錬を続けた。
「今夜は私が代行者の仕事の番だから、竜杏も一緒に行こう」
鍛錬が終わり、汗を拭いている彼にタエが言った。
「え、いいの?」
「うん。私達が、どんな事をしてるのか見るのも、大事でしょ?」
「竜杏は私の背に乗って、見るだけでいいから」
ハナの背に乗れるという所にも興味を惹かれ、竜杏は頷いた。
「分かった。しっかり勉強するよ」
こん、こん……こん……。
控え目なノックが門戸を揺らした。それに一早く気付いたのは、縁側でのんびりしていた煉だった。
「誰か来た」
「え?」
タエと竜杏は、体術の手合わせをしようとしていた。鍛錬の服装のままに、タエはTシャツにジャージ。指輪は傷が付いては嫌なので、外している。竜杏は薄手の着物に袴、膝から下は布を巻いて袴の裾を固定している。そのおかげで動きやすい。
「そういや、藤虎は?」
竜杏がタエ達に問うた。タエは知らないので首を横に振る。
「魚を調達してくるって」
返事をしたのはハナだ。
「いつ行ったの?」
「さっき」
「え、さっき?」
ハナと煉に行ってくると告げ、さっさと行ったらしい。
「藤虎が俺に何も言わずに行くなんて、初めてだな」
竜杏はどこか腑に落ちないようで、不思議そうに首を捻る。そして、タエと竜杏の二人で門へ向かった。
ぎぃ。
門を開けると、見知った顔があった。
「こんにちは!」
ゆきと佐吉が、キラキラの笑顔を見せてくれた。
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