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月夜の代行者  作者: うた
第三章
151/330

148 差し出された右手

ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます!

 部屋に差し込む朝日が眩しくて、目を開けた。今日も快晴。タエは頭がまだぼんやりとしていた。


(三日連続……)


 竜杏と体を重ねて三度目の夜が過ぎた。二日目、三日目と、竜杏はタエの所へ通ってくれたのだ。

 まだ少し体がだるさを感じているが、嫌ではない。ぎゅっと抱きしめられている、その腕の主を見て、タエはすぐに目が覚めた。

「おはよ」

 竜杏がしっかりと起きていて、タエをじっと見つめていたのだ。急に恥ずかしさが増す。これは昨日も同じだった。

「おはよ……。間抜けな寝顔でごめんなさい」

 気が抜けて誰にも見せられない顔のはず。とりあえず謝っておく。竜杏はふっと笑うと、片手でタエの顔にかかっていた髪の毛を優しく避けた。

「気を許してくれてる証拠だろ? 見てて飽きないよ」

「よだれ垂らしてる顔が?」

「今日はにやけてる顔」

「はあ! どっちも恥ずかしいっっ」

 タエが両手で顔を隠した。しまりのない顔は、就寝時ばかりは制御できない。時を戻してほしくなる。

「タエ」

 竜杏が優しく呼んでくれるので、目だけ見えるように手をずらす。彼の顔が見えると、額に口付けされた。

「どんな顔でも可愛いから、気にしないの」

「う……」

 そう言われると、恥ずかしさが増してしまうのだが、嬉しさの方が勝った。

「ありがと」

 そういうので精一杯。きっと顔は赤いはず。頬が熱い。



 着物を着て、身支度を済ませる。顔を洗って、髪の毛のセットも出来た。タエは自分の部屋を覗いたが、ハナの姿が見えない。まだ帰って来ていないのかと、首を捻った。

「竜杏、朝ご飯の用意、手伝ってくるね」

 彼に声をかける。

「タエ、ちょっと来て」

「?」

 呼ばれたので、竜杏の部屋に入る。彼は立ったまま、タエが来るのを待っていた。

「あのさ……」

 少し、竜杏の言葉が固くなった。タエが彼を見上げれば、少し緊張しているように見える。

「前に話したでしょ。この時代で三日間、好きな女人の所へ通う意味」

「うん」

 心臓がどくりと大きく鳴る。タエは、彼の話の続きが早く聞きたいと思った。期待が膨らむ。


 すっ、と突然、見上げるタエの視界から、竜杏が消えてしまった。


「え?」

 驚くタエは、目の前の光景を見て、言葉を失う。


 竜杏は、タエの前で跪いていたのだ。握った右手を出す。


「俺と、婚姻してください」

 タエは目を見張った。差し出された右手を開くと、緑色に光る翡翠の指輪があったのだ。

「俺の寿命が、あとどれくらいあるのか分からない……。タエの任務を考えると、俺は……タエを悲しませる。俺の最期を、見せる事になるから」

「っ」

 タエもそれは覚悟していた。竜杏の魂を高龗神の所に連れて行くという事は、彼を看取らなければいけない。その時が確実に来ると思うだけで、タエはその身が締め付けられるほどに苦しくなる。こればかりは、絶対に避けられないのだ。


「夫らしい事も、満足にしてあげられないかもしれない……。大事な人を悲しませる事しか出来ないって、最低だと思う。それでも俺は、その時が来るまで側にいて欲しい。未来で再会出来たら、悲しませた分、幸せにしたいと思ってる」

 竜杏が眉を寄せて、必死に言葉を紡いでいる。余裕がない。タエはじっと彼を見つめていた。

「こんな俺だけど、伴侶になって欲しいんだ。良かったら、指輪を受け取って下さい……」

 最後の言葉が弱弱しくなった。そして俯いている。自信がない分、堂々と言えない。恐る恐る顔を上げると、タエの目には涙が溢れていた。タエは、そっと両手で竜杏の右手を包み込み、膝を付いた。竜杏と視線が合う。

「私で、いいの? 奥さんらしい事、よく分かってないよ?」

「タエはいつものままでいいよ。生活も、何も変わらないし。俺は、タエじゃないとダメなんだ」

 タエの心も決まっている。

「ありがとう。不束者ですが、よろしくお願いします」

 涙を拭いて、竜杏が好きな笑顔で答えた。そして、左手を出す。

「薬指、だったよね」

 すっと指輪をはめると、驚くほどにぴったりだった。

「キレイ……。竜杏の瞳の色やね」

 部屋に差し込む太陽の光にかざしてみる。キラキラと輝く翡翠の指輪は、タエの一部となった。目を瞠る竜杏。タエと同じ色のモノを持っていると自覚し、鼓動が速くなる。

「ありがとう、竜杏!」

 そう言って思い切り抱き着いた。タエの涙はまだ止まっていない。彼もそれに応えて、背中に腕を回して抱きしめ返す。

「ありがとうは、俺の方。俺はこんな立場だから、祝言も上げられない。申し訳ないけど……」

「そんなのなくても大丈夫! 竜杏と一緒にいられれば、それで十分やよ。私は、もうずっと幸せなの。竜杏に、幸せにしてもらってる。だから、自分を最低なんて、思わんといて」

「タエ……」

「ちゃんと竜杏を看取るから。最期まで側にいるから、安心して。悲しいけど、私達はそこで終わりじゃないでしょ?」

 タエの一言で、竜杏の気がかりなど、すっかり消えてしまった。そんなタエの人柄に触れ、竜杏の心もぽかぽかと温かくなる。抱きしめる力が強くなった。

「本当に敵わないな。こんな感じでいいの? ぷろぽーずって」

「うん! 最高のプロポーズだった!」

 見つめ合い、涙を拭いて口付けを交わす。タエと竜杏にとって、最も幸せで、永遠に思い出に残る瞬間となった。




「いきなり跪いたから、びっくりしたよ。かっこよかった」

「ハナ殿に、未来ではそうやるって聞いた。緊張したよ」

 物凄くデキる妹に、タエは頭が下がる思いだった。


読んでいただき、ありがとうございました!

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