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月夜の代行者  作者: うた
第三章
150/330

147 二日目の決意

ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます!

「え?」


 一瞬、目の前が真っ白になった。

「ハナさん、今、なんと?」

「竜杏のお嫁さん! 三日続けて男性に通われたら、晴れて婚姻成立なんでしょ?」

「どっ、どこでそれをっっ」

「藤虎殿に聞いたの」

 えっへん、と胸を張るハナ。タエは顔を真っ赤にして固まっている。

「で、でも、竜杏がそんな事考えるとは……」

「お姉ちゃんはどう? もし、なれるなら、なりたい?」

 ハナがいつにも増して興奮状態だ。ハナも女の子。こういう話は好きなのだろうか。

「えぇと……。私、十七やよ? それに、いつかは未来に帰るし……」

「未来で女の人が結婚できる年は、十六でしょ? 年齢は問題ない。でもこれは、お姉ちゃんの気持ち次第やけどね。元の時代に帰ったら、全部なかったことに出来るよ。事実、婚姻って言っても、この時代にいる間だけの事やし」

「今だけって……。そんな簡単には、割り切れへんよ。私は――」

 タエは、俯いてしまった。

「心のどこかでは、思ってた? 昨日の契りを一回目ってカウントしたら――」

「……私、もう、元の時代に戻っても、前みたいな生活……できひんかも」

 何も考えずに、ただ、毎日を学校と遊びに明け暮れる。夜は代行者の仕事。分かってるのだ。誰かを愛し、愛される事を知った今、自分の中に膨れ上がる感情を。



(竜杏と、離れたくない――……。どんな形でも、絆を繋いでいたい……)



「人は変わってく。それが今か、そうじゃないかだけで。考えてみて。竜杏にも、今夜と明日は、私が代行者の仕事をするって言ってあるから」

「えっ、そうなん!?」

 段取りが良い。タエは開いた口が塞がらなかった。

「竜杏も考えてると思う。私は、二人にはちゃんと結ばれてほしいって思ってる。お姉ちゃんにとっても、これからを左右するくらい、大事な事だって思うから」

「ハナさん……」

「絶対に、後悔はしないで。今は、この時しかないんやから」

 そう言うと、ハナは夜の空へ飛び出して行った。それを見送る。

「私――」



 沈黙が竜杏の部屋に満ちている。竜杏はタエの教科書を熟読中。理解できない所があればタエに聞くのだが、今夜はすんなり読み進められている。タエは別の教科書で復習中。文字を見つめているが、なかなか頭に入らない。

(どうすんのかな……。竜杏、今夜も……?)

 そんな事を考えるだけで、心臓がどくどくと激しく脈打つ。夜這いされたいのだろうか。そんな期待が首をもたげる。

(ダメダメっ! 変な事考えるなっ。本に集中しろ!!)

 無理やり思考を戻そうとするが、油断するとまた同じことを考えてしまう。


「……タエ」

「は、はいっ!」

 いきなり呼ばれて、タエは姿勢を正してしまった。竜杏の眉が困ったように寄せられ、苦笑した。

「……鍛錬で疲れてるんじゃない? 今日はもう寝ていいよ」

「え……」

「なんか、頭がぐらぐら揺れてるし。眠いのかなって」

 竜杏の言葉に、心臓とお腹の底がずしりと重くなった。

(……そっか)

 タエは笑顔を作った。

「わかった。じゃあ、そうするね。お先に、お休みなさい」

「ああ……」

 立ち上がったタエが挨拶をして、文机はそのままに、隣の自分の部屋へと戻っていく。それを竜杏はじっと見つめていた。

 襖が閉じられる。


 ばさりと畳ベッドになだれ込んだタエ。歯も磨いていたし、トイレも行きたくない。掛布団代わりの着物からは、タエの大好きな香りが鼻をつく。竜杏の匂いだ。今はそれが少し辛い。

(やっぱりどっか、期待してたんだなぁ……。ハナさん、私ダメだったよ。お嫁さんには、なれないみたい)

 じわり、と目頭が熱くなる。雫がこぼれないように目をこすった。

(竜杏と一回でも繋がれた事を、幸せだと思わなくちゃ。元々、私はこの時代の人間じゃないし、竜杏の恋人ってだけでも、物凄い事なんやから)

 そっと下腹部に触れた。竜杏と共に、未来を願った結果がある。彼の魂は、ちゃんとここにある。それだけで十分だ。

(竜杏への気持ちは、ずっと変わらないしね)

 気持ちも落ち着いて、着物を頭からかぶり、ぎゅっと体に巻き付け、くるまって寝ようと目をつぶった。



「……」

 タエと自分の部屋を隔てる襖。その前に、竜杏は立ち尽くしていた。

「タエも意識してたみたいだな」

「ああ……」

 タエが、心ここにあらずの状態になっていたのは、見ていてすぐに分かった。ハナに言われたのだろう。婚姻を結ぶ機会があると。竜杏も、朝言われた後からずっと考えていた。タエは、期待してくれていたのだろうか。

「行きたいんだろ?」

 煉が竜杏の心を代弁した。

「俺って、こんなに欲深かったんだって、初めて知ったよ」

 襖にこつり、と額をくっつけた。煉は、笑っている。

「人間ってのは欲深い生き物だ。竜杏はやっと人間になれたんだな」

 くくっと笑った。まっすぐな言葉に、竜杏もふっと笑う。

「タエとハナ殿が、俺を人間にしてくれた」

 右手が襖に触れる。それでも、それ以上動かない。

「今、この襖を開けたら……もう戻れない」

 タエをもう一度この手に抱いたら、もう離せなくなる。全てを自分のものにして、誰にも渡したくなくなる。

「魂はうまく切り離せたけど、俺が未来で復活出来る保証は、ないだろう? 俺は、ちゃんと俺として戻れるのか……。神様の力を信じないわけじゃないけど、まだ不安はある」

 どうやって、竜杏の魂を人に戻すのかは、高龗神に任せるしかないのだ。中身は竜杏だが、外見が全然知らない人では意味がない。魂が入る器が、今の自分と全く同じである事は不可能だと思っているのだ。


 未来があるなら、今タエを嫁にしても大丈夫なはず。タエとハナが元の時代に戻り、再会できたなら、今の延長であるだけだ。だが、竜杏は考えれば考えるほどに不安が募っていた。


「後悔すんじゃねぇのか?」

「……え」

「今逃したら、お前ら二人とも後悔するような気がするぞ。竜杏は頭が良いから、先の事を考えちまうのは、しょうがねぇ。でも、欲のまま動いても良いと、俺は思うけどな。欲ってのは、悪い事ばっかじゃねぇよ」

「煉……」

 煉が見た竜杏は、本当は襖を開けたいくせに一生懸命我慢している。困った顔をしていて、とても人間らしい。いつもの冷静沈着な竜杏ではないので、幼く見えた。

「好きなら好きで良いんだ。我慢するだけ無駄だろ。行けよ。タエも待ってる」

「……」

 煉の言葉で吹っ切れた。気持ちを固める。ぐっと拳を握り、襖に手をかけた。



「!」

 そっと頭までかぶっていた着物を少しはがされ、タエはびっくりした。目の前にいる人物を見て、また驚く。

「……りゅうあん……」

「ごめん。寝てた?」

 月明りでぼんやりと見える竜杏の顔は、どこか決意したような目つきだった。

「えと、寝ようとがんばってた所……」

 そう、と返される。竜杏の左手が、タエの髪をかきあげた。くすぐったくて、その手が温かくて、思わず目をつぶる。

「あの、どうしたの?」

 とりあえず、そう聞くと、竜杏はタエに顔を近付けた。


「夜這いに来た」


「へ!?」

「昨日の事が忘れられない。タエをもっと知りたい」

 竜杏の右手がタエの頬をなでる。ぞくりと体が反応してしまう。

「タエを、もっと俺のものにしたいんだけど……良い?」

 タエは微笑んだ。が、目の端に光るものが。竜杏がその雫を親指で拭う。

「うん。竜杏のものになりたい……」

 それだけ言えば十分。すぐに唇が重なり、体の芯が熱くなる。二人とも、求めるものは同じだった。


 もう高龗神の秘薬の効果は切れているはずだが、二人の体が覚えていた。求める気持ちは昨日よりも強く、術など関係なく、ただの男と女として深く愛し合った。


読んでいただき、ありがとうございました!

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