146 幸せ
ブックマーク・評価・感想、ありがとうございます!
チュンチュン……。
「ん……」
スズメの鳴き声に、目を覚ます。
(あったかい……)
少しずつひんやりしてきた最近の朝だが、今日はとても温かい。しっかりとした温もりに包まれている。焦点が定まってきたタエは、辺りを見回した。
(竜杏の部屋……)
そして思い出した。
(そうだっ! 私、昨日竜杏と――っっ!?)
目の前に竜杏のドアップ。彼はまだ夢の中のようで、穏やかな寝息を立てている。その表情は、安心しきった優しい顔だ。
そして気付く。何も着ていない。布団代わりの着物を掛けているだけだ。恥ずかしくなったタエは、少し離れた所にあった着物に手を伸ばすが、あとちょっとの所で届かない。
もぞもぞしていると、タエを抱きしめる竜杏の腕に力が籠められた。
「まだこのままでいて」
起きてしまったようだ。
「着物を着たいんで、ちょっと――」
「だめ」
彼の腕の中から、まだ出られないらしい。
タエが着物を着られたのは、それからしばらくしてだった。体を起こすと少しだるい。腰に鈍い痛みがある。
(これが初体験ってやつか。お父さん、お母さん、私は大人の階段を一歩上ってしまいました)
後悔はない。むしろ清々しい。愛する人と一つになるという事が、これほどまでに幸せな事だったのかと、実感している。高龗神の秘薬のおかげもあって、まごつく事もなく、お互い素直な気持ちで愛し合えたと思う。タエの前には、竜杏が同じように着物に身を包んで座っていた。障子の間から差し込んでくる朝日に、部屋も明るくなっている。
「昨日は、ありがとう」
竜杏が照れ臭そうに礼を言った。
「ううん。こちらこそ」
そう答えると、竜杏の手が、タエの子宮の辺りに触れた。
「本当に、俺の魂がここに入ってるのかな……」
実感が湧かないが、確かに高龗神の言う通りにしたので、タエの中にあるはずだ。
「魂が欠けた変化はない?」
タエはそこが心配だった。少しとはいえ、魂を削ったのだ。
「別に何か変わったって感じはしない。心配になってくるよ」
「高様かハナさんに視てもらったら分かるかも。言われた通りにしたし、信じよう」
「ああ」
しっかりと手を握る。この温かさは変わらない。ふんわりと笑ったタエを見て、竜杏がじっと見つめてきた。
「え、なに? 私の顔、変?」
あまりに見つめられるので、あたふたする。またよだれを垂らして寝ていただろうか。
「いや、そうじゃなくて。……なんか、キレイになった?」
「へ?!」
「そう思っただけ。もうハナ殿戻ってるかな。顔洗ってくるよ。タエも支度しなよ」
竜杏が照れたのか、そそくさと部屋を出た。
「よかったね」
ハナも戻って来て、嬉しそうにしている。タエも顔を洗った所だ。
「うん。夢中だったけど、幸せだったな」
思い出すだけで照れてしまうが、竜杏をがっかりさせなかったようだったので、そこは安心している。上司の術のおかげでもあるが、それで良しとした。
「魂魄解離術も発動できたし、安心やね」
「魂が入ってるって感覚がないから、ちょっと不安やけどね」
「そっか。今のお姉ちゃんは、悪霊は敏感に感じ取れるけど、人間の魂は、感じ取りにくいのか」
タエは下腹部をなでてみる。ハナはその部分をじっと見た。
「私でも分かるよ。小さい魂の欠片が、お姉ちゃんの中にある。お姉ちゃんの魂とは、違う魂が。これが竜杏なんやね」
「本当!?」
「ハナ殿、今の話――」
竜杏もハナが帰ってきたので庭に出てきたようだ。彼女の話に、思わず声を上げた。
「ちゃんとお姉ちゃんの中にあるよ。術は成功してる。よかったね!」
タエと竜杏が顔を見合わせた。確約をもらい、希望の道が繋がったと、喜びが込み上げてくる。
「朝餉の用意が出来ましたよー」
藤虎と煉が呼びに来てくれた。竜杏とタエが、手をつないで歩いていく。
「お姉ちゃん、キレイになったね」
ハナが呟いた。
「そ、そう? 竜杏にも言われたけど」
「一つ大人になったから、かな」
竜杏がふっと笑った。タエは思わず顔を赤く染め、俯くのだった。
「御館様」
「ん? 何」
朝餉も終え、仕事に取り掛かろうとしていると、藤虎が声をかけてきた。
「魂を切り離す術、成功して良かったです」
「ああ。安心したよ。タエにも感謝してるんだ」
藤虎が嬉しそうに微笑んだ。
「本当に、穏やかに笑えるようになりましたね。私も嬉しい限りです」
「そ、そう……」
そう言われると、照れてしまう。
「それで、今夜はどうされるんですか?」
「……今夜?」
今夜はタエが代行者の仕事で、自分は代行者の講義をハナから受けるつもりだ。藤虎も分かっているはずだったので、竜杏は何を言われているのか分からず、首を捻った。
「それは、私からも一つ提案が」
いきなりハナが現れて、竜杏と藤虎は二人で「わっ」と驚いた。
「提案? 藤虎も何?」
二人に詰め寄られ、竜杏は珍しくたじろいでいる。側にいる煉はじっと成り行きを見守っていた。
「分からない御館様ではありますまい」
「悪くない相談だから♪」
昼間、竜杏は妖怪についての講義をハナから受け、続いてタエと鍛錬に勤しんだ。妊婦になったわけではないので、タエも激しい運動は大丈夫との事。高龗神に竜杏の魂を取り出してもらわない限り、子宮に魂は入ったままなので、特に気にする事もないらしい。タエも竜杏に戦闘技術を高めてもらおうと、全力で動いた。竜杏は、余計な事を考えないように全力で動く。
そして、太陽が山に沈み、夕餉も終えると、タエが部屋に戻ってきた。竜杏は馬の世話に行っている。
「そんじゃ、今夜は私ね」
「待って、お姉ちゃん」
寝る準備をしようとしていたタエに、待ったをかけるハナ。
「どうしたの?」
「今夜も私が行く」
「えぇ!? 連続なんて、悪いよ」
「いいの。ついでに言うと、明日も私が行くから」
「ど、どしたの、ハナさん?」
かなり上機嫌だ。タエは、ハナの様子が理解できずにいた。
「ハナさん、私、行けるよ? 竜杏の魂は絶対守るし」
「そうじゃないの。今夜と明日は、お姉ちゃんと竜杏の為」
「私と、竜杏の?」
竜杏と言われるとドキリとする。何かあっただろうか。考えてもよく分からない。
「お姉ちゃん、竜杏のお嫁さんになりたくない?」
読んでいただき、ありがとうございました!