142 竜杏の望み
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「京を守る代行者に、竜がなるって……? しかも、歴代で最強って」
空いている部屋を借りて、竜杏は貞光に全てを話した。これは藤虎にも話した事だ。藤虎は最初驚いていたが、竜杏が自分で決めた事ならと、納得してくれた。
自分の寿命を全うしたら、代行者として高龗神の眷属になる事。そしてその役割。タエとハナから、代行者としての知識と技を教授してもらう事。代行者は基本、各管轄に一人の契約である事。
それ即ち、未来で竜杏の魂は消える運命である事も。
「竜、お前の魂がいずれ消えちまうって分かった上で、承諾したのか?」
「はい」
「未来で、貴船神社の神様に、竜を代行者にしろって任務を受けて、来たってのか……。竜の魂を神様に引き渡したら、すぐ元の時代に帰るって?」
「そう。同じ時に、別の時代の代行者が存在することは出来ないの。ずっと一緒にいられれば、良いんだけど……」
竜杏とハナが順番に頷いた。とんでもない話に、貞光は頭を抱えている。
「貞光さん。俺は、俺が代行者として役目を果たす事で、未来のタエとハナ殿を守りたいと思ってます。俺にしかできない事があるんです」
「二人が代行者になるのは、お前が消えた後なんだろう? 代行者になった竜の側にいられないってんなら、ここで別れたら……二度と会えねぇじゃねぇか」
貞光が辛そうに顔を歪めた。それも承知の上だ。タエ達が未来に帰れば、もう二度と会う事は出来ない。
「竜。だったら尚更、祝言を上げろ。タエちゃんだって、遊びでお前の相手になったんじゃねぇんだ。お前らには、今しかねぇんだから、後悔しないようにしろ」
「……はい」
「ハナ殿」
「ん?」
頼光の屋敷からの帰り道。竜杏はハナを呼んだ。緊張しているような顔つきだと、ハナは感じた。
「……ハナ殿だから、相談するんだけど……。魂が消えない方法って、あるのかな」
「え、それは――」
竜杏の魂が、叉濁丸との闘いで消える事を言っているのだと理解したが、少し弱気な彼を見るのは初めてだった。
「我ながら、女々しいと思う。一度欲を覚えると、いろんな事にも欲が出るんだな……。自分が消える事は、受け入れるしかないって分かってる。そこに異論はないよ。でも、タエを想えば想うほど、離れがたくて……。俺が未来にも存在していいのか、迷うけど。許されるなら、魂を残す方法がないかなって、思ったんだ」
「魂を、残す……」
竜杏が乗る馬と並びながら隣を歩くハナ。
「例えば、魂を切り離す、とか」
「それは! 邪法だと」
「ああ。知ってる。だから、もし出来るなら、高龗神様に聞いてもらいたいんだ。正規の方法で、消える魂とは別に、魂を残す方法を。自分勝手な我がままで、申し訳ない」
ハナは竜杏を見つめた。彼は困ったように眉を寄せ、少し恥ずかしそうに苦笑している。
「道満の術から思いついたのね」
「まぁね。最近は、その事ばかり考えてた。方法がないなら、諦めるしかないけど」
「……分かった。聞いてみるわ。もし竜杏が完全に消えないで済むなら、私も嬉しい!」
ハナは喜んでいた。彼がただ自分の運命を受け入れるだけではなく、抗おうとしている姿が嬉しかった。ハナも竜杏を気に入っているので、もし彼が消えなくていいのなら、それに越した事はない。
「ありがとう」
ホッとしたように、竜杏は表情を緩めた。
「タエにはまだ、内緒にしてて」
「うん!」
「高様」
「どうした?」
夜、貴船神社にて。仕事を終えたハナが、高龗神に話しかけた。
「お聞きしたい事があるんです」
改まった姿勢のハナに、高龗神もしっかりと向き合う。
「言ってみろ」
「邪法ではなく、魂を切り離す方法って、あるのでしょうか?」
「!」
高龗神の目が見開かれた。
「なぜ、そんな事を聞く?」
「竜杏からの質問です。自分の魂を切り離し、未来に残す方法があれば、知りたいと……」
ハナは少し恐縮していた。まだ代行者として、竜杏の魂を連れて来ていない。それなのに、彼の為に力を貸せと言ってもいいのだろうかと、今更ながら思った。自分は嬉しかったが、目の前の上司が同じように考えてくれるかは、また別の問題だ。
高龗神は、はぁ、とため息をつく。
「お前なぁ。こないだ竜杏が死にそうだった時に、『次の代行者が死んでもいいんですか』って、脅しをかけたのはどいつだ?」
「あ゛……いや、あれは……」
高龗神がハナの思考を読んだ。あの時竜杏は、自分がタエとハナが探していた人物だと話す前だったのだが、ハナの中では確信に近かったので、どうしても彼を助けたいが為に、最後の手段を使ったのだった。
「最強の代行者じゃろ? なら、すぐ連れて来れば、お前達も任務を遂げられるじゃろうが」
「それはそうですが……。連れて来るのは、今ではないんです!」
「何故じゃ?」
「あの人は……、ようやく幸せを掴みかけてるんです。ずっと苦労してきた人生で、やっと……。あの人に、幸せになってほしいんです!」
時折見せてくれた、竜杏の優しい笑顔を思い出す。そして今、彼の手を握って、回復を願う姉を思い出す。二人が笑い合っていた光景を思い出した。
「どうかお願いします。このまま彼が死んでしまったら、彼は最強の代行者にはなれません! 余計な未練がある者に、代行者は務まらない。なるだけ無駄です!!」
高龗神もその時の事を思い出し、くっと笑った。
「主を脅すなんて、いい度胸をしている。……そうか。だから、あの書状に……」
高龗神は何やらぶつぶつ呟いている。一人で納得しているような。ハナは静かに待った。
「ハナ」
高龗神がにやりと笑う。
「はい」
「あるぞ! 禁忌を侵さずとも、魂を切り離す方法が」
「本当ですか!」
あっさりと答えが出た事に驚きを隠せない。ハナの背中の毛が驚きで逆立った。
「ああ。ただし、これにはタエの協力も欠かせんぞ」
「姉の……ですか?」
「ふあ~~」
翌朝、タエは顔を洗って歯磨きをし、井戸の前で大あくびをしていた。昨日は疲れてずっと寝ていたので、睡眠は嫌というほど取ったはずだが、眠いものは眠いらしい。
「大きい口。どこまで開くの」
「んが!?」
思い切り気を抜いていたので、隣に竜杏が来ていた事に全く気付かなかった。顔は真っ赤だろう。彼も顔を洗い、うがいをした。
「あはは。おはよう」
「ん。おはよう」
言いながら、すっと唇が触れた。掠めるように触れただけだが、眠気は吹っ飛ぶ。彼の顔に滴る井戸の水の冷たさが、タエにも伝わった。竜杏を驚きの目で見つめた後、ふにゃりと笑う。
「へへ」
竜杏も、手拭いで顔を拭きながら、ふっと笑った。彼は、隙を見つけて触れてくるようになった。唇はもちろん、それが無理なら肩だけでも。ぐっと近くなった距離に、最初は照れていたタエも、少しずつ慣れてきて、それが嬉しくなっていた。竜杏自身も自分の変化に驚いている。
(こんなに、タエに触れていたいと思うなんて……)
照れて、ふにゃふにゃ笑うタエの頬をつついてみる。
「お、餅みたい」
「そうかなぁ」
「いちゃこらしてる所悪いけど、朝餉ができたって」
はっ。突然後ろから聞こえたハナの声に、我に返る二人。二人して照れてしまい、赤くなる。
「お姉ちゃん。藤虎殿が待ってるよ」
「行ってきまーす!」
二人に手を振り、タエは先に台所へ向かった。ハナは竜杏へ向き直る。
「高様に聞いてきた」
「! どうだった!?」
意気込み、ハナの言葉の続きを待つ。
「魂を切り離す術があるって。高様は、いつかその相談をしてくるだろうって、分かってた」
「え!?」
竜杏が驚きの声を漏らす。
「未来の高様から書状を預かって来たの。私達の存在と、任務内容とかが書かれてたと思うけど、もう一つ、魂魄解離術の用意をしておくようにって」
「魂魄、解離術……」
竜杏も反復してみる。
「全て知ってるんだな。なら、その術が成功するかどうかも、もう分かってるの?」
ハナが首を横に振る。
「それは分からないって。成功するかは、竜杏とお姉ちゃんの心次第。詳しい事は、夜話すね。今日は体術の修行をするよ」
「分かった」
とりあえず、一縷の望みが出来たと、竜杏はホッと息をついた。
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